第57話 白銀の咆哮と、世界の真実
――ガキィィィィンッ!!
リゼルの両手から放たれた青い閃光が、氷の竜を縛る黒い鎖に直撃した。
凄まじい衝撃波が洞窟内を吹き荒れる。
『無駄だと言っているだろう。それは「神の理」そのもの。下等な大地の力などで……』
嘲笑う影の男。
だが、その言葉は途中で凍りついた。
ピシッ……。
絶対に壊れないはずの黒い鎖に、亀裂が入ったのだ。
リゼルの光は、単なる魔力の束ではない。
トムさんの守る力、シルフィの背中を押す風、そして何より「生きたい」と願うリゼル自身の強烈な意志が、限界を超えた熱を生み出していた。
『な……馬鹿な! システムが、ただの個体の意志に負けるなど……!』
『私は個体じゃない! 一人じゃないわ!』
リゼルが叫ぶ。
『砕けぇぇぇぇッ!!』
パァァァァァァァン!!
眩い破砕音と共に、太い黒の鎖が粉々に砕け散った。
拘束を解かれた瞬間、洞窟の空気が一変した。
圧倒的な、冷たくも清らかな気配。
『……グルル……』
伏せられていた白銀の竜が、ゆっくりと首をもたげる。
閉ざされていたまぶたが開き、サファイアのように澄んだ巨大な瞳が、リゼルたちを映し出した。
『おおお……!』
『すっごい……!』
トムさんとシルフィが、その神々しい姿に息を呑む。
『チッ……忌々しい! 回収フェーズを前倒しにする!』
影の男が焦ったように腕を振り上げ、無数の黒い靄を竜へ向けて放とうとした。
だが、遅い。
完全に目覚めた神話の生物を前に、薄汚いシステムの手先など無力だった。
『――【絶対零度】』
竜の口から、言葉ならざる声が響いた。
次の瞬間、竜の顎から吐き出された白銀の息吹が、影の男と靄の群れを完全に飲み込んだ。
『ギ、ガァァァァァ……! システムは……止まらな……!』
男の体は瞬く間に氷漬けにされ、そのまま細かい氷屑となって空中に霧散した。
後に残されたのは、巨大な黒い結晶――男の「核」だけだ。
カラン、と音を立てて核が床に落ちる。
同時に、湖の底から空に向かって伸びていた邪悪な気配が、嘘のように消え去った。
*
『……終わった』
リゼルはその場にへたり込んだ。
肩で激しく息をする。限界以上の力を引き出した反動で、指先が痺れていた。
『リゼル!』
トムさんとシルフィが駆け寄り、両脇から抱き起こしてくれる。
『大丈夫か!? 無茶しやがって!』
『すっごい光だった! 風が喜んでるわ!』
『ふふ……二人のおかげ、です……』
三人が笑い合っていると、頭上から静かな、しかし直接脳に響くような声が降ってきた。
『――感謝する、小さき人の子らよ』
見上げると、氷の竜が長い首を垂らし、三人を真っ直ぐに見つめていた。
その瞳に敵意はない。深い慈愛が満ちていた。
『竜様……。お怪我は、大丈夫ですか?』
リゼルが尋ねると、竜はゆっくりと頷いた。
『汝の青き光が、我を癒してくれた。……かつて「聖女」と呼ばれた娘よ。汝は自らの意志で、あの忌まわしき鎖を断ち切ったのだな』
『……はい。私はもう、あのシステムには従いません』
リゼルは毅然として答えた。
竜は目を細め、静かに語り始めた。
『あの影の言う通りだ。汝らが「神」と呼んでいたものは、この世界に寄生し、命を刈り取る巨大な機構に過ぎぬ。奇跡という餌で人を操り、不要になれば世界ごと回収する……それが奴らの目的だ』
トムさんが舌打ちをする。
『クソみたいな神様だな。……で、その親玉はどこにいるんだ? 空の亀裂を塞ぐには、そいつをぶっ飛ばすしかねぇんだろ?』
竜は首をもたげ、はるか南の空――王都よりもさらに向こうの方角を見た。
『この世界の中心。絶海に浮かぶ「始まりの島」……そこに、世界樹を模したシステムの本体が存在する。全ての亀裂は、そこに繋がっているのだ』
『始まりの島……!』
リゼルはペンダントを握りしめた。
目的地は決まった。
そこに行けば、全ての元凶を断つことができる。
しかし、絶海の孤島となれば、船を手配し、長い航海を経なければならない。
時間がかかりすぎる。
リゼルの焦りを察したのか、竜が静かに笑ったように見えた。
『汝らには、我を救ってくれた恩がある。……世界を救う覚悟があるのなら、我が背に乗るがよい』
『え……?』
『この翼ならば、「始まりの島」まで半日で到達できよう』
竜が巨大な白銀の翼を広げた。
その神々しい姿に、三人は言葉を失った。
『りゅ、竜の背中に乗る!? 俺たちが!?』
トムさんが目をひん剥く。
『すっごい! 最高の風に乗れるわ!』
シルフィは目を輝かせてピョンピョンと飛び跳ねている。
リゼルは、竜の瞳を見つめ返した。
もう、遠回りしている暇はない。
物語を終わらせる時が来たのだ。
『竜様……お願いします。私たちを、始まりの島へ連れて行ってください!』
『承知した。しっかりとしがみついているのだぞ』
竜が短く咆哮を上げる。
次の瞬間、洞窟の天井を覆っていた分厚い氷が、竜の魔力によって音もなく溶け去り、巨大な縦穴が開いた。
外から、眩い太陽の光が差し込んでくる。
猛吹雪は既に止み、澄み切った青空が広がっていた。
『行くぞ、野郎ども! 最終決戦だ!』
トムさんが盾を背負い直して叫ぶ。
リゼルとシルフィ、そしてトムさんの三人は、竜の巨大な背中によじ登った。
『風よ……私たちを導いて!』
『――飛翔!』
バサァァァァッ!!
竜が力強く翼を羽ばたかせた。
凄まじい風圧と共に、竜の巨体がふわりと宙に浮き上がる。
そして、一直線に空へと舞い上がった。
眼下に広がる、凍りついた湖。
だが、黒い脈が消えた湖面は、本来の美しい鏡のような輝きを取り戻していた。
湖畔の町グレイシアの住人たちが、天高く舞い上がる守り神の姿を見て、歓声を上げているのが小さく見えた。
『すごい……! 世界が、こんなに広いなんて……!』
リゼルは竜の鱗にしがみつきながら、眼下に広がる壮大な景色に涙ぐんだ。
かつて大聖堂の狭い窓からしか見られなかった世界。
逃げ出したフェルナ村の小さな温かい世界。
そして今、私はこの世界全体を守るために、空を飛んでいる。
『待っていて、偽物の神様』
リゼルは前を見据えた。
風を切り裂き、竜は南の海を目指す。
目的地は「始まりの島」。
世界を喰らうシステムとの、真の最終決戦が幕を開けようとしていた。
(第57話・終)




