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死にそうな魔術師と崖っぷち家政婦の結婚事情  作者: 猫の玉三郎


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8 家政婦は見られた

 びっしょりと濡れた服を着替えてこいと言われ、カティは例の客室へと向かった。足はまだ痛むもののだいぶマシになってきたし、頬はもう気にならない。動きは少しぎこちないかもしれないがもう仕事はできるだろう。問題はそれを伝える術がないことと、伝えたところでルドルフが却下しそうなことである。


 部屋には小さなテーブルとベッド、クローゼットがあっていつも掃除している風景となんら変わりない。ただ壁に見慣れない金属板がはめ込まれているだけだ。カティが自宅から持ってきた荷物も置いてある。ルドルフから今日はここに泊まれと言われているので内心ドキドキだ。


 着替えをすませてリビングへ戻る。びっくりしたのはあんなに具合が悪そうだったルドルフが回復していたことだった。自分で着替えたのか服も綺麗になっており、小難しい顔のハルトと話をしていた。


「にわかには信じがたい」

「別に信じなくていいさ。僕が回復した事実さえ理解してくれたら」

「本気でまた戻るつもりなのか?」

「ひまを持て余すのも苦痛なんだよ。それに、僕に戻ってきてほしいのは本部のほうだと思うけどね」

「……しかし」


 お茶でも差し入れようと思った。それくらいならできるはずだ。台所へ行ってケトルでお湯を沸かす。食器棚からティーカップとソーサーををふたつ取り出して、ポットに入れた茶葉を湯に浸した。


 お茶受けにハルトが買ってきてくれたフルーツをカットして小皿に盛ると、そのフルーティーな匂いに先ほどの口付けが思い出された。ぼっと顔が火照り、両手で頬を押さえる。むずむずする羞恥心に悶えていると、背後に人の気配を感じた。


「きみはこんな所でなにをやっているのかな」


 振り向くとルドルフがいた。

 笑顔だが目が笑っていない。


「しばらく仕事しちゃダメだって言ったよね? 僕の言うことが聞けない?」


 正直、怖い。けどカティだって仕事がほしいのだ。じっとしているのは性に合わないし、何よりルドルフの役に立ちたい。


 カティがふたり分のお茶を淹れていたことに気付き、ルドルフはそれを乗せたトレーを軽々と持ち上げる。自分でリビングへ持っていくつもりだと気付いたカティは咄嗟にルドルフの服を引っ張った。


「……なに」


 じとりとした視線が刺さる。でもカティにとってルドルフは雇用主だ。そんな彼に給仕の真似などさせたくない。原因が自分の過失ならなおさらだ。


 涙目になりつつも意思表示する為に首を横に振る。


「そんな顔してもダメだよ。足、まだ痛いんでしょ」


 ルドルフはぷいっと背を向けると、トレーを持ってスタスタとリビングへ行ってしまった。そしてすぐさま戻ってくると何故かカティを抱えて歩き出す。


「????」


 目が点のままルドルフの座っていたソファーの隣に座らせられる。向かいにいるハルトが気の毒そうな視線をなげて寄越した。おまえも振り回されて大変だなと言われている気がする。


「ひまなら僕の隣で話でも聞いてなよ」


 話題は、ルドルフが設置した謎の金属板のことだった。



 ◇



 全ての説明を噛み砕いてひと言に要約するならば、あの金属板は『転移装置』だという。そして転移とは離れた場所へ一瞬で移動できることだとカティは理解した。本当ならばすごいことだと思う。


「オートマタの応用だよ」

「はあ……」


 ハルトの反応を見るに、ルドルフはとんでもないコトをさらっとやってのけたのだろう。転移の条件を満たすアイテムが別途必要なのでまだ運転はできない。だからカティは今夜この家に泊まるという事だった。


「泊まるってなんだ。貴様らは夫婦だろうが」

「ハルトは黙ってて」


 説明の最中、事象の簡略化だとか世界の証明だとか意味がわからなくて、フェノ・メノン術式がどうの、フェノ・ツェクラ術式がどうのと話が盛り上がってもカティにはちんぷんかんだった。ハルトがケイン予想について進捗具合を聞いていたが、それが何を指しているのかすら分からない。


 ただ彼らの会話から、ルドルフは一般的な魔術師とは一線を画した、それはそれはすごい人なのだと知った。すごすぎて、頑張りすぎて、だから体調を崩してしまったのだと。


 魔術というのは、あの金属板に文字や記号を掘り、そこに魔力が通ることで発動するらしい。カティが普段何気なく使っている便利な魔術具も、彼女の持つ魔力を動力として動いている。


 不思議なことに、術式は発明した術者には大きな負担をかけるという。世界の理に干渉するにあたり、なんらかのペナルティーが発生しているのではと囁かれているが定かではないそうだ。


 一度発明してしまえば同じ術式を用いても何も起こらない。それは発明した術者が開いた理へのゲートを利用しているからだと言われている。


 つまり、ルドルフの体がぼろぼろになったのは、魔術師として精力的に働いた結果なのだ。それも常人には真似できない偉業をこれでもかと打ち立てた結果。


(……ルドルフ様)


 隣に座るルドルフの肩にそっと寄り添う。ルドルフはハルトと本部の近況について語っているようで、カティは眼中にないようだ。それが今はありがたい。


(どうして優しくしてくれるんですか)


 魔術に詳しくない自分でもわかる。ルドルフは、カティの為に無理をして転移陣を作ってくれたのだ。目を閉じると、帰りの馬車でつらそうなルドルフの顔が思い浮かぶ。


(どうか無理をしないでください。それで寿命が縮まるのだとしたら……私は……)


 そこでカティの意識はふっと途切れた。



 ◇



 肩にかかる重みでカティが眠っていることに気付いた。そのまま体を寝かせて膝に頭を乗せてやる。よっぽど疲れていたのだろう。深く眠っていて起きる気配はない。


「それにしてもおまえが結婚するとは思わなかった」

「あのタヌキじじい共にひと泡吹かせたかったんだよ。ざまあみろさ」

「当てつけで結婚したわりには大事そうだが?」

「自分のものを大事にするのは当然でしょ」


 顔にかかる髪を後ろに払ってやりながら、ルドルフは目の前の男を睨みつけた。ハルトは肩をすくめてやれやれと息をつく。


「なあ、本当は回復に心当たりがあるんじゃないか? 特別な薬とか、食べ物とか」


 都ではどんなに手を尽くしても回復しなかったのに、実際にみるルドルフは確かに活力を取り戻していた。喜ばしいかぎりだが、やはりその方法は気になる。


 ルドルフ自身、実はもう見当がついている。しかしそれをバカ正直に言う必要はない。無意識に手がカティの頭を撫でた。


「知らないよ。だいたい、この地で療養しろと言ったのはきみだろう。空気と水がうまいとか言ってさ。そっちこそ何か知ってたからここを勧めたんじゃないの」

「……いや、白状するがな、俺の家に代々伝わる胡散くさい迷信というか、口伝なんだが」


 言いづらそうに視線をさまよわせながらハルトは続きを口にする。


「バートルモントには癒しの妖精がいると」

「……妖精? 歴史にその名を残すシルゼライセン家の魔術師たちが公にすることなくひっそりとこの町の名を残す理由が、妖精?」

「そう言うな。俺だって半信半疑だ」


 バートルモントの町は都から歩いて二時間ほどだ。水と空気がきれいで景観のいい田舎町。療養地としてぴったりで、癒しを求めて訪れる人の為に宿泊施設や別荘が用意してあった。今ルドルフが住んでいるこの家も、かつて貴族が建てた別荘を買い取ったものだ。


「妖精というのが比喩の類いだとは分かっているが、どうにも掴めなくてな。おまえが突き止めたのなら、今後の魔術師のためにも情報を公開したいが」

「公開ね……」


 ルドルフの思う通りであれば、情報の公開は何やら騒動が起こりそうな気配がする。救いの手があるのにそれを知らずに苦しむ日々を過ごすのはつらいだろう。しかし。


 目を閉じたカティの横顔をちらりと見て、ルドルフは面白くなさそうに小さく息を吐いた。


「……この子、親がどこぞの駆け落ち夫婦で、実家からの圧力なのかこの町ではまともに扱われていないらしい。だからあんな変な男に付きまとわれる訳だけれども」


 結婚した翌日にここの町の住人からイヤと言うほど聞かされた。腹立たしい話だ。


「なんの話だ」

「まだまだ雑務を任せたいってこと」

「なんだそれは。自分でやれ」

「僕は用事があるんだよ」


 そう言って笑うルドルフの瞳はひどく冷えている。


「害虫駆除しなくちゃいけないからね」


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