勇者の想い
俺とエリザは大教会に戻ってきた。エリザは別室で治療を受けている。俺の怪我は手のひらの皮が剥けて血が出ている程度だったので、包帯を巻いてもらうだけで済んだ。
それにしても、エリザはなぜ俺より先にあの場所にいたんだろう。しかも、魔獣王と戦っていた。戻ってきたら、ちゃんと聞いてみないとな。
俺は剣を持ち上げ、その刃をじっと見つめた。
この剣は、まるで俺のために作られたかのように手に馴染んでいる。それだけじゃない。俺の力を吸い上げ、剣に蓄えた力を一気に解放しているようだった。
まさに、必殺の一撃を放つための剣だ。
そんなことを考えていると、シスターがエリザを連れて戻ってきた。
「エリザさんの怪我ですが、出血量の割には軽傷でした。傷もすでに治りかけていますが、念のため消毒をして、当て布をしてあります」
「そうですか。ありがとうございます」
大したことがなくてよかった。俺が見たときはかなり血が出ていたと思ったが、見た目ほど深い傷ではなかったようだ。
エリザを見ると、どこかばつが悪そうな顔をしていた。
「怪我が軽くて済んだのは不幸中の幸いだったな。けど……」
俺はエリザをまっすぐ見つめた。
「エリザ、お前はなんで俺より先にあの場所へ行ったんだ? いや、そもそもなんであそこにいたんだ?」
「私だって、少しは役に立てるところをエクシア様に見せたかったの……。ごめんなさい。もう、あんな無茶はしないから、アルク……」
「俺はエクシア様から結界の異変を聞いて、すぐに飛び出したんだ。その俺より先にあの場所にいたのは、おかしくないか?」
エリザは困ったような顔をして、視線を逸らした。
何か隠しているのだろうか。もう一度尋ねようとした、そのときだった。
部屋の扉が開き、エクシア様が数人の子供たちを連れて入ってきた。
「……あれ?」
見覚えのある顔に、俺は思わず立ち上がった。
「タスキに、ナーシャ、ジャイロ……それにマークじゃないか!」
子供たちは俺とエリザの姿を見るなり、駆け寄ってきた。
ナーシャは俺に飛びつき、声を上げて泣きじゃくっている。ジャイロもエリザにしがみつき、その胸に顔を埋めていた。
「お、おい、ナーシャ。どうしたんだ? そんなに泣いて……」
声をかけても、ナーシャは首を横に振るばかりだった。
俺は残る二人に目を向け、できるだけ優しく話しかけた。
「お前たち、どうしたんだ? 村で何かあったのか?」
そのとき、エクシア様が間に入った。
「シスター・マール、この子たちを少しお願いします。休ませる前に、何か飲み物と軽い食事を用意してあげてください」
「はい、わかりました。さあ、みんな、こちらへいらっしゃい。大変だったわね。もう大丈夫よ。ここは安全だからね」
シスター・マールは子供たちに優しく声をかけながら、別の部屋へと案内していった。
ナーシャは最後まで俺の服を掴んでいたが、シスターに促され、ようやく手を離した。
エクシア様は子供たちが部屋に入るのを見届けると、自分の両腕を抱えるようにして、静かに口を開いた。
「前聖女のアーシェ様たちが、偶然アズール村を訪れたそうです。ですが、そのときにはすでに、村は無残にも壊滅していたと……。残された傷跡から、魔獣たちの仕業である可能性が高いそうです」
「……壊滅?」
聞き間違いかと思った。
アズール村が壊滅した? 俺たちが生まれ育った、あの村が?
「壊滅って……子供たち以外は、みんな亡くなったってことなの!?」
エリザがエクシア様の肩を掴んだ。
「村長は……村長も、なの!?」
エクシア様は悲しそうに目を伏せた。
「アーシェ様たちの報告では、ほかに生存者は見つからなかったそうです……」
「そんな……!」
エリザの指が、エクシア様の肩を強く握りしめた。
「エリザ、落ち着くんだ!」
俺はエリザを制し、その肩に手を置いた。包帯の下で傷口が開いたのか、赤い染みが広がっていく。
「エクシア様を責めることじゃない。責められるべきなのは、俺のほうだ」
そう口にしながら、俺自身も動揺を抑えきれなかった。
村長の顔が浮かぶ。村の人たちの顔も、次々と思い出された。
あの村には、俺たちが生まれてからずっと過ごしてきた日々がある。それが、もう戻らないというのか。
「魔獣たちは村を襲ったあと、すぐにこの王都へ攻め込んできた。きっと、勇者である俺を狙っていたんだ……」
エクシア様は俺の包帯に血が滲んでいることに気づくと、その手を両手でそっと包み込んだ。
「アルク、あなたは悪くありません。王都を救ってくれたのも、あなたなのですから……」
「でも、俺が勇者でなければ……」
「勇者であることが、あなたの罪になるはずがありません。どうか、すべてを自分一人で背負おうとしないでください」
エクシア様の言葉に、俺は返事ができなかった。
エクシア様は俺の手を離すと、静かに言葉を続けた。
「アーシェ様たちは、亡くなった村の方々を丁寧に弔ってきたそうです。今は国王陛下に謁見しているはずです」
俺は隣で泣きじゃくっているエリザに目を向けた。
そっと肩を抱き寄せ、背中をさすりながら落ち着かせる。エリザは何も言わず、俺の胸に顔を埋めた。
俺だって泣きたかった。けれど、今はエリザを支えてやりたかった。
しばらくして、俺はエリザを部屋まで連れていった。
「エリザ、大丈夫か? 少し休んでおいで」
エリザは小さく頷いたが、俯いたまま顔を上げようとはしなかった。
エリザが部屋に入るのを見届け、俺は再びエクシア様のもとへ戻った。
「……ちくしょう」
拳を握りしめた。
村長は、俺たちを王都へ送り出してくれた。村のみんなだって、俺が勇者になったことを喜んでくれた。
なのに、俺は何も知らずに王都にいた。
「村のみんなが……何をしたっていうんだ……!」
胸の奥から、どうしようもない怒りと悲しみが込み上げてきた。
そのときだった。
包帯の下で、勇者の紋章が輝き始めた。
(……これは!)
歴代の勇者たちの思いが、再び俺の中へと流れ込んでくる。
故郷を襲われた勇者。最愛の人を人質に取られた勇者。そして、魔王に敗れた勇者。
大切なものを失った悲しみ。守れなかった後悔。そして、敵に対する怒り。
そのすべてが、今の俺には痛いほど分かった。
だが、彼らの思いは悲しみだけではなかった。
絶望の中でも立ち上がり、大切なものを失っても、なお誰かを守ろうとする強い意志。
その思いが、溢れるほどの勇気となって俺の胸に流れ込んでくる。
悲しみが消えたわけじゃない。悔しさだって、少しも薄れていない。
それでも、俺は顔を上げた。
まるで、歴代の勇者たちが俺に語りかけているようだった。
――負けるな、と。




