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エリアナ(4)

 鐘の音が聴こえる。


 ニアの死を告げる鐘の音。


 ニアの死。


 これは、悪い夢。


 これは、悪い夢だ。


 あの子は今も戦場にいて、自分の望み通りにやりたい事をしている。


 そうよ。


 ニアは私の結婚式には参列しなかったじゃない。


 こんな事実は無い。


 そう思いたいのに、今度は流される血の匂いが私を非情な現実に引き戻す。


 教会でニアに折り重なるように息を引き取ったオスカーを前にして、私は放心状態だった。


 自分がどこにいて、何をしているのかもわからなくなるくらいに。


 その間に、オスカーの死はアレックスによってルーファスに伝えられた。


 ニアとオスカーの遺体はそのまま教会に安置され、まずそこに訪れたのは、ずっと疎遠だったルーファス兄さんだった。


 彼は、自然と寄り添うように並べられた二つの棺を無言で見つめ、しばらく動かなかった。


 それが終わると私が非難されるのだろうと思っていたのに、クルリと背後に立つ私を振り向いたかと思うと、同情するような、そして気遣うような表情を浮かべて言った。


「大丈夫か?」


 と。


 私はその時、口を開きかけて何を言おうとしたのか、でも言葉が出てこなくて何も答えることができなかった。


「明日、オスカーのご両親がここを訪れる。ニアの戦死を伝えただけで、オスカーの両親はまだ彼の死を知らない」


 オスカーの死を知った二人は、非難の矛先を私に向けるはずだと、自然と震えていた。


「俺からお二人には伝える。だから、お前はここにいない方がいい。ご両親には会わない方がいいだろう。ここに来る途中で、近くの別荘に滞在できるように手配してきた。そこに向かうといい」


「でも……」


 前伯爵夫妻は納得しないはずだ。


「代わりにルーファス兄さんが責められるんじゃ……」


「そうかもしれない。でも、一時的なものだ。動揺から回復すれば、エリアナが悪くないことはわかってくれる」


 そんなはずない。


 悪いのは、周囲の人のことなんか何も考えずにのほほんと、そして時には踏みつけながら生きてきた私なのに。


 ルーファスは再び私に背を向けて、二つの棺に視線を向けた。


 そんな彼にかける言葉など無く、アレックスに促されて馬車の方に向かおうとした。


 二つの棺から目を逸らし、逃げるようにそこから背を向けると、もう何かを考えるのが億劫だった。


 でも、兄はいつから、何を知っていたのか。


 私はそれを知る必要があるのだと、踵を返して安置室に戻ると、


「やっと、侯爵家の借金を返済し終えて、ブルーピグ伯爵を告訴するところまできたと言うのに……」


 それが聞こえて、部屋に駆け込んだ。


「ルーファス……侯爵家の借金って何?」


 兄は憐れんだような視線を私に向けてくる。


「今さら知ってどうする」


「だって……」


「知っていたところで……エリアナがニアの代わりにあの男に嫁いだわけでもないだろうし、俺も、エリアナが身代わりになればいいと思ったことはない」


「でも、私のせいで、ニアとオスカーは……」


「二人が決めたことだ」


 ルーファス兄さんも、アレックスと同じことを言った。


 誰も私を責めない。


 それが、酷く苦しい。


 再びかける言葉を失って力無く教会の外に出ると、そこには三人の人影があった。


 戦場から帰ってきたばかりなのか、薄汚れた兵服を着た男性が二人の幼い姉妹を連れて教会を訪れていた。


 男は怪我をしたのか、両腕を吊っている。


 これではもう戦場に立てないはずだ。


 言葉を発せない私の代わりに、アレックスが男に声をかけた。


 その人はまず、ニアは戦場の英雄だと話した。


 誰もがニアに感謝しているが、みな戦場から離れられないからお別れができないと涙ながらに語り、一緒にいた姉妹もニアに助けられたと話した。


 驚くことに、ニアが命を落とした場にこの姉妹がいたそうだ。


 ニアを失って、ニアが敵わない魔法使いも現れて、これから戦況は厳しくなると男性は続けた。


 頼みの綱のセドラン男爵も奮闘しているが、見通しは甘くないと。


 姉妹は今からそのセドラン男爵の妹に預けられに行くと最後に聞いたので、そんな三人に旅費の援助をして見送ることしか出来なかった。


 ニアは……必要とされた子だった。


 それを初めて知った翌日。


 オスカーの両親が到着して、棺の前で泣き崩れていた。


 爵位や財産なんか手放して、オスカーが愛した女性と添い遂げさせてあげるべきだったと。


 ディエム侯爵家を許さないと、恨みをぶつけるその声は別の部屋にいる私の所まで届いていた。


 ルーファスは、私の代わりに伯爵夫妻の感情を受け止め続けた。


 私は隠れて逃げることしか出来なかったけど、せめてと、ニアとオスカーの埋葬地に一緒に行くことは許してもらえた。


 ニアとオスカーは同じ場所に埋葬される。


 それは自然なことであり、伯爵夫妻もそのつもりだった。


 伯爵夫妻の乗る馬車に続いて、私とルーファスの乗る馬車、最後にニアとオスカーの棺を乗せた馬車の車列が、ディエム侯爵領からシニストラ伯爵領へと進んでいく。


 この先をずっとずっと進んでいくと戦場となり、ニアが戦死した場所へと通じる道でもあった。


 誰もが無言だった。


 息苦しくなるほどの静寂を打ち破ったのは、埋葬地へと向かう車列の先頭が突然真っ白な煙に包まれた時だった。


 それは煙ではなく冷気なのだと気づいた時には、伯爵夫妻を乗せた馬車が凍り付き、直後に粉々に砕け散っていた。


「エリアナ!!」


 ルーファスに腕を引かれ、転がり出るように馬車から降ろされる。


 守られるかのようにルーファスの両腕に抱き締められて見たものは、たった今私達が乗っていた馬車が凍り付き、そして砕け散っていく光景だった。


「あの魔法使いの女。家族がいたのか」


 呆然とする私達の背後から、男の忌々しげな声が響いた。


 棺を乗せた馬車が見えない何かで横倒しにされると、そのはずみで蓋がずれてニアの顔が見える。


 あれは……凍傷…………?


 ニアの顔を見ることができなかったから、彼女の死は何によってもたらされたのか知る由もなかった。


 ニアを殺した魔法使いが、今この場にいる。


 何故だかすぐにそれを理解した。


 アレックスが、魔法使いの男から庇うように私達の前に立ったけど、彼も私もわかっていた。


 剣など役に立たないと。


 瞬きの間に、剣のような氷柱がアレックスの胸を貫き、その命を奪う。


 私は、一言も発することができない。


 ガタガタと震え、ままならない呼吸を何度も繰り返す。


「立て、エリアナ」


 強引に腕を引かれて立たされると、突き飛ばすように背中を押された。


「逃げろ!!」


 その直後、今度は氷柱がルーファスの体を貫いた。


 彼は顔を苦悶に歪め、地面に倒れ込む。


 魔法使いの男は気軽な様子でアレックスの剣を拾い上げると、地面に横たわるルーファスの元に、私の腕をつかんで引き摺っていった。


「殺せ。そうすれば、お前の命は見逃してやる」


 その言葉を理解する前に、無理矢理に剣を握らされて、その切っ先がルーファスの胸にあてられた。


 ルーファスの視線が私に向けられた。


 それは、責めるものじゃなくて……


「いやっ。こんなことできない」


 拒絶の声に顔を顰めさせた男は、私の手を剣に無理矢理添えさせて、そして一気にルーファスの胸を貫かせる。


 一瞬見開らかれたルーファスの瞳は、すぐに光を失い、事切れた瞬間をただただ見続けることしかできなくて。


 解放された自分の手に視線を落とす。


 生々しい感触。


 小刻みに震える両手。


 この手がたった今、ルーファスの命を奪った。


 こんなこと、認めたくなんかない。


 何かの間違いだ。


 それを強要した男を見上げ、そして初めて、その顔をちゃんと見た。







 ああ……この人を知っている…………







 それは成長したノインの姿なのだと、私が私に囁きかける。


 彼は満足そうに微笑むと、私と私の見知った人達の亡骸を置き去りにしてその姿をくらませた。


 私達の元にジャン=バティスト・デュゲが訪れるまで、私は一人震え、座り込むことしか出来なかった。


 これが、ニアが亡くなった後に起きた、全てのこと。


 アレックスもルーファスも私なんかを守ろうとして、ルーファスは私の手によって命を奪われた。


 私なんかじゃなく、ニアが生き残らなければならなかった。


 こんな私なんかじゃなく、ニアがいなければならなかったのに。









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