(20)二人の優しさ
「ニア……ごめんなさい……」
「エリアナ。大丈夫?」
気遣いをいっぱいに込めて名前を呼ばれて、ふと目を開けた。
目の端からは涙がボロボロと溢れている。
すぐにニアの心配そうな視線を受けていることに気付いた。
まだ、少女と呼べる頃のニア。
私はベッドに横になっていたのか、体の上には布団がかけられていて、汗で額に髪の毛が張り付いているのが気持ち悪いと、次に覚えた感覚だ。
「ニア。洗面器とタオル。そっちに運んでもいいか?」
その声に、今度は扉の方を見た。
そこには、ワゴンを押してきたノインの姿があった。
「エリアナ、目が覚めたのか?」
ノインは不安そうな様子で、ベッドの横にワゴンを押してきた。
「顔、拭くからな」
「わぷ」
そう言ったかと思えば、パシッと顔の上にタオルが置かれた。
思わず変な声が出てしまうのは当然の話だ。
「ちょっと!淑女の顔はもっと丁寧に拭きなさいよ!」
「何言ってんだ。淑女ってやつは、倒れているやつを蹴ったりしないだろ」
「あれは仕方なく!」
「意外と元気だな。死にそうな面でうなされていたから、ニアが心配していた」
ニヤッと笑ったノインの顔を見て、怒るのはやめた。
「ノインも、たくさん心配していたんだよ」
それは本当のことなんだ。
顔は笑っていても、私を見るノインの視線にはいまだに不安が多分に含まれていた。
それは、ニアにも言える。
「まだ辛いよね。体は私が拭くから、着替えよう。さっぱりした方がゆっくり休めると思う」
「食うもの持ってくる」
ニアの言葉を聞いて、着替えと清拭の道具を置いたノインが部屋から出て行った。
ここは、おばあ様の御屋敷。
今は長期休暇中で、ひと足先にここに滞在していたニアの所に、私とノインも訪れていたのだけど……
ノインはすっかり元気になったのに、今度は私が何をやっているのか。
ノインは10日もあれば元気になっていた。
さすが子供の回復力だと言える。
体は細いけど、食べればすぐに活力に繋がった。
すぐに動き回れるようになっていたから、子供の回復力には本当に驚く。
それで今度は私が体調を悪くしてお世話になってるのだから、何とも言えなくなる。
そんなに疲れるようなこともしなかったはずなのに。
少しの間はノインと一緒にデュゲ先生の手伝いをしていた。
その直前にあった私の試験の方は触れてもらいたくないこととして、学園は長期の休みに入って今に至る。
試験を受けに行った以外は学園を休んでいたから、しばらくニアに会っていなかった。
寮で一人で過ごさせてしまったからニアに会いたかったのに、こんなお世話をさせるつもりはなかった。
ノインも結局無理矢理連れて来たようなものなのに……
素性の知れない平民を屋敷に連れて行くことを、おばあ様に反対されたら帰省は見送ろうと思ったけど、意外にも、私が任されたのなら最後まで責任を持つようにと、許可を得られていた。
だから、
『ノイン。私、おばあ様の家に行くけど、あなたも一緒に来る?おばあ様から許可をもらったから、あなたが困ることはないと思う』
『行かない』
『わかった。じゃあ、一緒に行きましょう』
『は?俺は行かないって』
『私はあなたを任されているから、あなたをここに置いていけないし、私は妹に会いたいから、おばあ様の家に行かなければならないの』
『強制なら、聞くなよ!妹……あんたの、妹か?』
『双子の妹がいるの。私と違って、優しくていい子よ』
『あんたと違って?』
ノインはそこで、首を傾げた。
『学校が休みに入って会えていないから、会いたいの。ノインと同じ緑色の目をしているの。とっても色がよく似ているから、私は好きよ』
こんな風なやり取りを経て無理矢理連れて来たのは、私のお世話をさせるためじゃない。
「どこか気持ち悪いところはない?」
体を拭いてもらって着替えると、気怠さはあっても気分は良くなった。
「ありがとう、ニア。すごく気持ち良くなったよ」
「どういたしまして」
ニコッと笑うニアの顔を見たら、内容なんか覚えていないのに私を苛む怖い夢の恐怖も薄らぐ。
「もうすぐお兄ちゃんも来るから、ますますこのお屋敷が賑やかになるね」
あ、そうか。
長期休暇になれば、ルーファスはおばあ様の家で過ごしていたのか。
そんなことすら今にならなければ知ろうともしなくて、って、こんなことを思うのは何度目か。
「お兄ちゃんが帰ってきたら私からノインのことは紹介しておくね。お兄ちゃん、とても面倒見がいいから心配することはないと思うよ。だから、しっかり栄養を摂って安心して休んでて」
そのタイミングでノインがミルク粥を運んできてくれた。
二人に甲斐甲斐しく世話をされてお腹が満たされると、すぐに眠気がもたれかかってくる。
ベッドサイドで言葉を交わすニアとノインを見上げて、二人が仲良くなるのは早かったなぁって思いながら瞼を閉じた。
心地良い眠りが訪れ、今度は、怖い夢を見ることはなかった。




