兆候
5
スクルは、友人であるジエルに向かって愚痴っていた。その話題は、まずは客人について始まる。
ウカイルを家に招いてご馳走などを振舞っている内は良かった。豪快な性格のウカイルは、意外にも父親の気に入る所になり、異国情緒溢れる語り口は、母や従姉妹達の気を引いた。
自分が連れて来た者が皆を愉しませた事に気を良くして、もう少し居てほしい、皆を楽しませてほしいと、スクルは口にしてしまった。もう少しというのは、スクルにとっては数日のつもりだった。その言葉に甘えて、そのまま居着いてしまうなどと考えなかった。
華属の暮らしをしていると、待遇は良くないが自由に生きるキョウなどの生き方に興味をもつ事が、不思議とある。けれどもそれは、物慣れなさからくる刺激であり、いつしか体に染み付いた性質とは相容れず、拒絶を示すようになる。
初めは気さくなウカイルと親友のように振舞っていたスクルの父も、次第に粗雑な奴だと疎んじるようになった。〈どこか遠くの人達〉の生活も、遠くにあるから引き寄せようと思うのであり、近くにあるものがそれに染まってくるとなると、話は別だ。母達がウカイルの不始末に顔をしかめているのをよく見るようになった。
それでも、一向に出て行く気配のないウカイルへの不満は、直接自分たちの口からは出てこない。不満の捌け口は、客として呼んだスクルに向けられるようになる。実際は一人ぐらい増えても別段やっていけるだけの財がある家なのだが、そろそろ帰ってもらえと、スクルは皆に言い寄られている。
ならば真っ向からお引き取り願いたいと言えば良いではないかと、友人のジエルは呆れて言う。呼んでおきながら追い出すなんて体裁が悪いと、スクルはごねる。ウカイルだか何だか知らないが、そんな小汚い奴、俺が箒を持って追い出してやろうかとジエルが親切で言うと、なんと無礼な、とスクルは腹を立てる。
ジエルは長い付き合いゆえに、この面倒な性格は承知している。適当に相槌を打っていると、スクルの主張は飛躍していく。
何故窮しているのか? それには誰か元凶となった者がいるはずだ。まず、悪いのは自分ではない。厚かましいあの男も、まあ、恩人である。そこで、とスクルは思いつく。
あの三人だ。そもそも彼らがあの時絡んでこなければ、こうした面倒は生じなかったはずだ。あの三人が今の事態を導いたのだと、スクルは言い出す。
ここまで来ると被害妄想に近いので、さすがのジエルも匙を投げる。一人残されても、スクルの妄想は止まらない。
あの三人組は、自分を狙っていたのではないか? そう、実は、クドゥの息のかかった者達だったのではないか?
その目的は何だ? とスクルは問いかける。ジエルは聞き流している。
自分が真穿の者だから、だ。後々が邪魔になる事態を想定しており、人を削っておこうとしたのだ。
では、真穿が障害となる事態とは? いがみ合っていても、同じ国の部隊。直接闘い合うことない、はず、だ。
いや、もしかして……?
闘うつもりなのか? 例えば、反乱を起すつもりだとか……?
ジエルは驚きの顔を隠さない。
スクルのこの発想の内、三人組が暗殺者だったというのは、全くの見当違いである。単に虫の居所が悪い荒くれ者達に行き会ってしまっただけである。これは、さすがのスクルも時間が経つに連れ、認めざるを得なくなる事実である。
ただ、そうした論理の飛躍は時には有効で、通常の思考では辿り着けない裏の事実に触れてしまうこともある。スクルの妄想の内、今、反乱の準備が行なわれているのではないかという点だけは、突拍子もない事では無かった。実際に今、綜統国の都周辺で、そうした動きがあるのではという疑いがある。
反乱は、己の全てを一旦捨てて、現状をひっくり返そうとする試みである。入念に準備をしておかないと力不足になるが、練れば練るほどその計画は明るみに出やすくなる。
巧みに動きを隠す必要があるが、動く以上、そこに埃が立つことは否めない。身の周りにいくら気を遣ったとしても、意外な所で、動いた形跡が残り、裏切りの証拠とされる。
その一例として注目されるのが、シユと呼ばれる人々の動向である。
シユは、ビド蒐人という渾名の通り、ビドを蒐集する。彼らは、戦で疲弊した上にシンレイを抜かれ、国の庇護を失った街に現われ、民を攫っていく。その街は、誰の持ち物でもなくなるので、どんな保証も無くなっている。
金や情報など様々な物が手元に集まってくる上の階級は、そうした状況に落ちると分かるとすぐに、別の街へと逃げ落ちる。そうでない者は取り残され、等しくビドと見なされる。誰のものでもないがゆえに、そこにいるビドを持ち出しても、咎められない。人的資源として活用できるビドが大量に発生する時を狙って、かき集めにくる者達がシユである。
労働に組み込みにくい異人などは、額に烙印を押して、人間以下の扱いを強いる事もあるという。人でありながら人をものとして扱う非道の集団であるシユは忌み嫌われている。
ただ、闘いで権利を奪い取ったからといって、即シンレイを抜き、どの街をも滅ぼしてしまうわけではない。有用な街である場合は、古いシンレイを抜き、入れ替えに新しい支配者が造ったシンレイを建てる。街の組織をそのまま流用するのである。
大抵の場合、上級の者がビド扱いされることない。身分を剥奪されない代わりに、どの程度権利を手放すのかと決めておく。そうした取り決めが、上層階級と敵対勢力との間で交わされる。もちろん、現政権にとっては、民が勝手に負けた後の算段をしているなんて、心地よい話ではない。よって禁止されているのだが、それでも秘密裏に話が進んでいることもある。大きな街を巻き込んだ戦の場合、特にその傾向は高い。
そうした〈調整〉の匂いをかぎつけ、シユは群がってくる。いち早く唾をつけておいた方が有利になる。どれだけ秘密にしても、彼らの嗅覚は馬鹿にできないもので、嗅ぎ付けて来るのである。
統治者側は、こうしたシユの増減を見逃さないようにしておけば、反乱の兆候を捕むことができるのだが、その兆しと考えられる報告が、一例二例と、挙がって来ているのである。
もちろんその報告は全員に知らされる訳ではないが、長が知っていれば、薄々感づく者も居る。スクルもまた、サイトの言動に引っ掛かる所があり、怪しんでいた。それはスクルの頭脳が明晰だったというより、たまたま妄想が裏の真実に近づいたというのが正しい。
*
煌へ向けて進軍する二日前。
出発前夜は召集場所に集まり、皆で朝を迎える事が決まっている。その前の最後の休息をと、他の隊長格はそれぞれ我が家に戻っている。
こういう時でも、完全に真穿の詰め所が空になることはない。血戦の予感に興奮しているクウーなどは残っているし、事前に作戦を何度も検討したがるトオワも居残ることが多い。だが、今回は二人とも不在なので、宿直の者以外はおらず、隊舎はしんと静まっていた。
同じく留守番役になったジル隊長くらいはいるかと思ったが仕方がない。時間を持て余したスクルは、外へ飲みに出掛けた。普段にない状況が訪れることに、スクルの気持ちは静かに高ぶっていた。それで、いつもなら寄り付かない、格が高い呑み所を選んだ。
そこで、大隊長であるサイトと出くわした。連れらしき男が隣にいたのだが、スクルを知り合いと察し、席を立とうとした。その男が傍に寄って来た所で、スクルは身が竦んだ。その時は動揺していたからだと思ったが、男が纏う覇気に当てられていたというのが大きかった。
「任せたぞ」 とその背に向かって、サイトが言う。
「ああ、分かっている」 と、男が答える。
まともに目を合わせられなかった所為で、思いつくのが遅れたが、彼は有名人だった。
名をレクト・殊と言い、綜統国統分・正規軍の大黒柱たる統士である。サイトとそう歳は変わらないが、その発言力の差は大きい。河津戦では、不遇の死を遂げた大将の代わりとなって指揮を採り、そして見事な戦績を残している。
個人としての武の資質も高く、屈強な部下にも恵まれている。家柄も良く、見栄えも良く、運も持ち合わせている。若くして綜の要となる日は近いとまで言われていた。
真穿は、このレクトとは縁遠い。なぜなら、このレクトを擁護して今の位置まで引き上げてきたのが、サイカクという政人だからである。シンの直属部隊である真穿を認めず、設立時より何かと絡んできた男である。
そんなサイカクの駒であるレクトは、必然、真穿とは対立する側になる。それは周知の事なのだが、サイトとレクトが個人的に親しいということもまた、知られていた。スクルは詳しく知らないが、河津戦で共に前線を張って以来の付き合いだという。互いの才能を認め合うがゆえに友情が芽生えたのだろう。
「まぁ座れよ」
思わぬ形で見られたことが気恥ずかしいのか、気さくな口調で色々話し掛けてくれたのだが、スクルはまともに受け答えできなかった。頭が一杯で、何を話しているのかも分かっていないところもあった。
だから、何故あの男と一緒にいたのですか、と素直に口にしていた。言った後で、しまった、これではまるで詰っているように取られると気づいた。
だがサイトは、少しの間考え込み、そして言った。
「本来ならお前を信頼して、何が何でも任を果たせと命じる。だが、不在の間、窮地に立ったならば、レクトを捜せ」 と、サイトは言った。
「あの人を、頼れと?」
「ああ。彼は志も知れている。彼ならば、きっと……」
どうしてそうなるのかは、問い直しても答えてくれなかった。
さらに、「万が一、レクトを見つけられなかったら、即座に撤退せよ」 とサイトは言った。
このときのことを思い出し、スクルは己を奮い立たせる。
個人的な付き合いはともかく、表面上は対立する組織同士の長だ。弱みを見せる事は許されない。それでもなお彼を探せというのならば、何らかの重大な理由が隠れているのだろう。そこまでの変事が起きると、サイトは予感しているのではないか。
やはり、何かが起こりつつあるのだ。ここは目を光らせておかねばならないと、スクルは意気込んでいた。




