絡む雷
4
綜統国の都ダウスは、同心円状に広がる五重の円から成っている。
シンレイが建つ中心までは幾筋かの大通りが設けられている。そこを伝っていけば比較的容易に中央広場にたどり着けるため、大通りは一番人の流れが多い。各層毎に特色のある露店や店舗が立ち並び、活気に溢れている。
その立ち並ぶ出店を冷やかしながら、スクル・桧は、気分良く歩いていた。
ユトから昇格してシトとなり、つい己の力を過信しがちなのは、よくあることだ。これまでは、その都度、サイトやトオワにより気を引き締めろと注意されていた。今は二人ともいない。それなのにスクルは、往来の最中で自分が注意散漫になっていることに気付いていなかった。
「ああ、失礼――――」
三人組の男達とすれ違った時、スクルの不注意から肩をぶつけてしまった。にもかかわらず、あまり悪く思っていないスクルの態度に、男達は眉間に皺を寄せる。苛立ちを含んだ顔で振り返り、男達は目配せしあった。
あからさまに発せらている怒気に、その通りにいる者は面倒の予感を察知した。巻き込まれては適わないと距離を取る。ただ、完全に立ち去らないのは、興味もあるからだ。
一番小柄な男が、剣の柄に手をかけた。重心を沈め、スクルの無防備な背に狙いを定めた。斬られる、と遠巻きに見ていた誰もが、スクルの災難を想像した。
シュッと鋭い音が響いた。男の足に何かが絡みつき、転げそうになる。空気を切り裂き飛んできたのは、植物の蔦のようなものだった。
その端を掴んでいたのは、事態を見守っていた一人だった。
「やめておけ。未人でもあるまいに」 と、その初老の男は低い声で諌める。
今さら気が付いたスクルを無視して、三人組は無言で標的を変えた。邪魔された怒りよりも、男が纏う得体の知れない雰囲気に対して、隙を見せてはならない敵だと察知したのだろうか。
足首に絡まっていた蔦が、しゅるりと解ける。と、同時に跳ねるようにして宙を跳び、男の手元に戻っていく。その鮮やかな手並みに驚く間もなく、また何かを切るような鋭い音がする。
男達二人の武器が地面に落ちた。遅れてやってきた痛みに、手の甲を叩かれたのだとようやく気付く。
「成りは成人でも、やはり未人か。叩かれねば、分からぬか」
そう言って、男はまた蔦を手元に引き寄せようとした。手首の返しに応じて、蔦が高速で移動する。だが。
「おぅ?」
蔦はあっさりと断ち切れ、あらぬ方向へ飛んでいってしまった。
男は無言で手元に残った蔦を眺める。
「ふむ――――」
苦笑しながら、男は言う。「未人じみているのは、儂も同じか」
せせら笑いを浮かべて、男達は示し合わせたかのように、一斉に動こうとした。
「おい、貴様ら―――」と、スクルが声をかけた。
「烙道を行くというなら、ただではすまさんぞ」
どこな上ずった声で、威嚇の効果は怪しいが、意外な反応があった。
三人ともスクルの方を振り返えろうともせず、バラバラの方向に、脱兎のごとく駆けて行った。
「逃げた、か」と、息をつきながらスクルは顔を弛ませる。
スクルは追いかけもせず、すぐに諦めた。どうせ顔は覚えている。見つけたら今度はこっちが人数にものを言わせてやる。
いや、その前に礼を言わねばとスクルはようやく気付き、割って入って来てくれた男に向き直る。
背が高く、細身で、枯れ木を思わせた。ぎょろりとした眼差しはどうにも不安を煽る。彫りが深く、頬もこけている。蓄えた髭は立派だったが、伸び放題で整えられていない。見たところ、壮年の終わりといった年代だ。
スクルには見慣れない格好から、まずビドだろうか、と思えた。薄い草皮衣を何枚も重ね合わせている姿に、むしろキョウの格好に近いかと思い直した。
行商用の荷車が側にあり、なるほどとスクルは納得した。先ほど鋭い鞭のように用いた蔦も、荷が滑り落ちないように使うものだった。
男はなぜ切れたのだろうと、考えているらしい。きちんと編み混まれた鞭などではなく、ただの植物の切れ端なのだから、過度の負担をかければ断ち切れるのは当然だろうとスクルは思った。そうして、頭が鈍いと思い込み、自分を救ってくれた機敏な動きの事をすでに失念していた。
「助かった。礼をしたい。もし良ければ、なのだが……」
育ちの良さから、スクルは自宅への招待を申し出た。とはいえ、身分の差は明らかで、恐縮して引き下がるものだと思っていた。ところが男は迷う間もなく頷いた。
「そんなつもりじゃなかったんだが、それは、良いな」
ずうずうしい奴、長居はさせないぞ、と内心では思いつつ、スクルは男を招くことにした。
「家の者に紹介しなくてはならない。何と呼べば良いか?」
「名か。うぅぅむ……。いや、キョウ・ウと呼び捨てにしてもらえるか?」
「いや、さすがにそれはまずい」
二度三度男は頷き、にやりと笑って、言った。
「カイ―――、いや、ウカイルというのはどうか」
「わかった。ウカイル殿、どうぞわが家へお越し頂きたい」
深く考えることなくスクルは受け入れ、男を客人扱いとした。ただ、この時、辺境の地で戦った事のある統士がその名を聞けば、驚いたことだろう。
キョウの言葉において、カイルという言葉が意味することは、稲妻。ウは名も無き男を示す。
電光のように鋭く、灼熱のように激烈なる男。カイル・ウ。キョウにおいては、ウ・カイルとも呼ばれている。
そのウカイルが、西の英雄ヅフ・ラターグ・グントの渾名の一つであると、遠征の経験もろくにないこの時のスクルは気づきもしなかった。




