シカク
9
トゼツ亡き後、突撃を得意とするこの部隊は、彼の右腕的立場にいたクロトロという若者が引き継いだ。その他、トゼツと行動を共にすることが多かった部隊が二つある。ドゴイとショウの部隊である。
トゼツの失敗を受け、クロトロは退いた。隊の被害が甚大で立て直しが必要であったことと、さすがに単独行動でいるのは危険だと判断したためだ。だが、トゼツの生き様を慕っていたドゴイとショウは攻めの姿勢に拘り続けた。トゼツのやり方を否定することは、彼に追従した自分たちをも否定することになる、そう思い込んでしまったが故の行動である。
ドゴイ・芥は、奮闘むなしく敵に飲み込まれてしまった。元々ドゴイは支分上がりで武才はない。金に物を言わせた装備増強でこれまでやってこられたが、非力さは明らかになる。あっという間に彼は討たれた。
己の立場が劣勢であるという事実を見せ付けられ、一人残されたショウ・殿は及び腰になった。そこで割りきって退くことができるほど、彼は決断力を持っていなかった。元々トゼツを慕い従うことによって、今の位置に引き上げてもらったのであり、ショウの才能もまた、一人生き抜くには中途半端であった。
ただでさえ疲弊した隊をガデロに両挟みにされては、一たまりもなかった。
速やかにショウの隊を壊滅させたガデロは、満足して攻団本隊の攻略に取り掛かろうとした。この時ガデロは、本隊攻めに大多数の戦力を回していた。そして、自身を含む別働隊で挟撃を狙っていた。通常なら、ソンギに力押しで足止めさせておくか、セイにこの別働隊の役割を任せておきたい所だが、二人とも連絡が取れない。討ち死にという情報もあるが、真偽は分からない。だとしたら余計に、このレクトとかいう若僧を討っておきたかった。
その途中で、小さな部隊がいた。ガデロは、ショウ・殿という小隊長の存在も知らないし、知る必要もなかった。速度を重要視した為、一大隊程度しか引き連れていないが、それで十分だった。名も知らぬ小隊を軽く壊滅させ、本隊の挟撃へと向かおうとした。
小隊を蹴散らしたは良いが、さすがに足並みが乱れた。僅かな間であるが、ガデロの周囲が最も手薄になった時が生まれた。
その隙を逃さず、ガデロを狙っていた者がいた。逃げたと思われていた、サーカ・狸だ。確かに一度は戦線から離れたが、機を窺っていたたのだ。
サーカ・狸は、幼い頃、自分はキョウと呼ばれ差別されたことがあった。幾つかの要素だけで自分を断じ切られることに対して、憤りと失望を抱き、そういう風に見られることを毛嫌いしてきた。それゆえに、一風変わった人間であろうとし続けてきた。分析不可能だと思われることで、勝手にこういう人だと思われることを避けようとしてきたが、結局、自分は何処まで言っても自分だと、生まれは拭い取れないという絶望が、サーカの心を蝕んでいた。
サーカは、所詮そうでしかないのだと認めることはしなかった。それどころか、世界が間違っていると妄信した。しかし、世界が無ければ自分は存在し得ない。そこで、世界は基本的に闇、目の前のことは偽り、仮の出来事だと、思い込んだ。目を閉じれば闇、意識を途絶えれば闇。闇はすぐ側にある。世界は闇であるということの方が、真実味があるように彼には思えた。
そして死は、闇へと通じる。その事を確認する為に、サーカはまた、戦場へと戻ってきた。
「やれやれ、人から学ぶという事はしないのかねぇ」
猪突猛進を信条としたトゼツが負ける所を見ても尚、変わらないドゴイとショウの戦いぶりに呆れながらも、サーカはじっと好機を待っていた。
「まあ、それなりに、良い働きでしたよ」
ショウ達があそこで粘らなければ、ガデロの周囲が手薄になるというこの絶好の攻め時を、サーカは手に入れられなかっただろう。
いつでも弓を引けるようにと指示して、部下達をその場に待機させる。それから、密かに一人でガデロの背中へと近寄ろうとした。
ガデロに手が届くまであと少しという所で、急に護士達が振り向き、慌しく動いた。サーカは、あっという間に囲まれてしまった。
「……待っていたのか」
こちらの存在、狙いに気付かれており、しかもまんまと誘い込まれたと知って、サーカは舌打ちした。ガデロは、ハイルに継ぐ頭脳派でもあった。爪の一員として勇猛さが有名になっているため、勘違いしていたと知り、よけいに己の油断が悔しかった。
くるりと振り返り、ガデロは罠に掛かった獲物を満足そうに眺める。
「どれ、釣れたのは大物か?」 と、サーカの値踏みを始める。
さすがのサーカも、この状況では軽口も叩けなかった。下手な言動は死に直結している。対応は極めて気を使う。
「あぁ。中々良い」 ガデロは、満足そうに頷く。
「誰ですか? 上位のものには見えませんが」
部下達は誰もサーカの事を知らないようだ。ガデロが罠を仕掛けたのだから、それなりの規模の長、またはその部隊と思っていたが、掛かったのは一人の見知らぬ若者だけ。
「さて。位は分からんが、だからこそ、気になる。お前だろう? 先ほどから、見えるか見えないかのところを飛び回っていたのは」
すっかり、ばれている。サーカは、何とか内心の動揺を悟られないようにした。
実はサーカは、これまでも幾度かガデロの隙を窺って、近付いたり離れたりを繰り替えしていた。彼に直に姿を補足される事は無いが、それでも意識の端には止まる程度に、存在感を伝えようとしていた。そうして、下手に動けば背後を狙うぞと、ガデロの行動を牽制していた。
ちくり、ちくりと彼の意識を刺激するだけで良い。そうして苛立たせ、冷静さを欠かせ、全体を観る力を削ごうとしていた。爪の連携は絶妙なだけに、少しのズレだけが致命的な擦れ違いを呼込む可能性がある。そのためにサーカはガデロに狙いを付け、ささやかな牽制を続けてきた。
その途中、トラル隊が壊滅したのは残念だった。トオワに頼まれたこともあり、できるだけ生かして帰そうと思っていた。だが、ガデロの索敵能力は優れていた。居所を特定されないように本隊から離れた合間に悲劇は起きていた。
サーカがこうした地味な攻撃をしていなかったら、爪の動きはもっと活発で精妙になり、被害は拡大していたはずだ。その事態を避けるべく動いてきた影の功労者であるが、もう少し早く戻れていればと、悔やみがある。
それで、いつになく焦ったのがまずかったようだ。ガデロは、ずっと自分の側に張り付いてきていた曲者を密かに特定し、罠を仕掛けていた。普段のサーカであれば、あの人数で、あの状況は不自然だと思い、近寄らなかった事だろうから、余計に悔しい。
さて、とサーカは思考を切り替えた。ではこの状況で、どうすれば生き残れるか。
すでにサーカの行動と目的は見抜かれているようだ。下手に無能を装うのは、この期に及んでまだ抵抗の意志ありと見られて、殺しておくべきか、と思われるだろう。
阿っても、虚勢を張っても駄目。無反応で相手の機嫌に任せるのは、命を駆けた博打でしかない―――。
「お前、隊長格か?」とガデロが話しかけてくる。
「……そうですが?」
「おいおい、ずいぶんとひ弱な隊長さんがいたものだな」 ガデロは言って、周囲の部下に笑いかけた。余裕を感じたのか、部下達は追従して笑い声を上げる。その油断から、ガデロの注意がサーカから離れた。
それで十分。密かに俯いたサーカは、隠遁の技術を駆使して、この場を逃れようとした。
「サーカ様! 今助けます!」 と、どこからか声が聞こえた。敵の救援が来たかと、ガデロは思わず周囲を見渡し、警戒を外に向けた。
そのくぐもった声が、先ほど打ち倒したはずのショウのそれに酷似しており、サーカが顔を隠していたのが声真似をしているのを隠すためであったことに、ガデロが思い至った頃には、一歩遅かった。
サーカは、死角から死角へと巧みに動き回り、ガデロの背後を取った。首筋にひたりと刃物を当て、ガデロの動きを封じる。彼の部下たちにも警告し、誰も迂闊に動けない状況ができあがる。
「さて―――」 と、形勢逆転したサーカは、余裕を持って言う。「先ほど、何とおっしゃっていましたかね」
「お、お前……。一体、何なんだ……」
「そうそう。ひ弱。私を、ひ弱だとおっしゃっていましたね」
「おう。言ったぞ」 と、ガデロは認めた。所詮相手は一人。いつかは隙を見せるはず、それまでは、とガデロは頭を働かせようとしていた。
「その油断が、この事態を呼んだ。どうです? この声真似、中々のものでしょう? もう一度披露しましょうか?」 とサーカは言う。
「いや、もう十分だ」
「まぁ、そう言わずに」 と言って、サーカは空いている方の手で、ガデロの両目を塞いだ。「さぁ、皆様、耳をお澄ませあれ」
それからサーカは、大げさに息を吸ってみせた。
「サーカを殺せ! 弓、射て!」 と、誰とも知れない男の声が響いた。
二番煎じは通じないぞと、ガデロの部下はサーカから目を離さなかった。
「ばっ、馬鹿、逃げろ」 と、ガデロはもがき、叫ぼうとする。その途中で、サーカがその体を離し、どんと突いた。よろけるガデロへと、部下の注意が集中した。
サーカは軽やかに後退しつつ、言った。
「おっと、下ばかり見ていて、良いんですかねぇ?」
サーカは諸手を広げ、天を仰いだ。釣られて、河津統士達も空を見上げた。その先に、無数の矢が降り注いで来た。
サーカを殺せという声真似は、置いてきたサーカの部下を真似たものだった。その物騒な言葉に従い、サーカの部下たちは容赦なく矢を降らせた。構えていればなんてことのない量であったが、意識外から受けたため、ガデロの部下は無防備に矢を受けてしまった。
「こいつ、このまま生かしては……!」 とガデロは悔しがるが、もう遅い。彼の元にも矢が降り注いでくる。已む無く、大きく後退せざるを得なかった。
矢の雨が地面に降り注ぎ切った後、サーカは一人、立っていた。手を広げたまま、足元の矢を見つめ、黙っている。その表情は、満足そうでもあり、残念そうでもあった。
それから、サーカは身を翻し、迅速に身を隠した。当然ガデロらはその後を追うが、あれだけの動きを見せた者を、この混沌とした戦場で見つけるのは難しいと分かっていた。それに、いつまでもここにいるわけには行かない。挟み撃ちできないと、正面から差し向けた部隊が単純に圧し負けてしまう。すでに、そうなっているかもしれない。やはり、関わってはいけない男だったかと、ガデロは悔しがった。
サーカは、上手く逃げ切り、部下たちの下へ戻った。出迎えた部下達に向かって、サーカはぽつりと言った。
「私まで殺す気でしたか?」
「殺せ、との指示でしたから」 部下の一人が飄々として答えた。
「確かに、そう言った」 と、サーカは満足げに笑った。
*
ソンギ死亡、セイ捕縛。
頼みとする爪を、次々とへし折られた事を知った河津守団は、さほど間を置かずして、撤退の合図を発した。
自慢の爪を撃破されたことが信じられず、統士達の歩みはのろのろと遅かった。数量的な損害はまだしも、精神的な衝撃が強いようで、意気揚々としてきた開戦前と比べるとまるで別物だった。
追いかけて攻撃を仕掛ければ、まだ相当の戦果を挙げられそうにも見えた。こちらも無傷ではないが、それでもここは一気に殲滅すべきという声も上がった。だが、レクトは追撃を厳禁とした。危うく全滅の憂き目に陥るところだったことが、彼の選択を慎重にさせていた。サイトもまた、ここは深追いすべきではないと思っていた。逆襲に備えて、陣形を維持したまま遠く敵を見据えていた。




