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星火燎原  作者: 更紗 悟
第五章【ククカの混戦】
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お楽しみは、これから

 

     8


 その頃、クウー・骸の率いる隊は、ソンギ隊と闘っていた。

 守りに徹した守団をこじ開けようとしていたソンギ隊を見つけるなり、クウーは迷いなくぶつかって行った。

 さすがに多勢に無勢で、皆、大なり小なりの傷を負っていた。それでも、この隊の士気は高い。それは、隊長の生き様に心酔している者が多いからだ。

 クウーは揺るがない。

 これと定めた狙いがあれば、真っ直ぐそこに向かう。劣勢であろうとなかろうと、目的を完遂するまで歩みを止めない。少しづつでも着実に、前へ前へと進んでいく。

 単なる無謀ではない。普段はどっしりと構えているが、やれると踏んだら、やり通す。その潔さに惚れた男達が、クウーの後に続いている。

 数で圧しても退かないクウーらに、河津統士たちは恐怖を感じ始めていた。少数部隊ゆえに適当にあしらっていれば、数が減って逃げ帰るだろう、と低く見ていた。ところが、彼らは不屈の闘志で退かない。簡単に粉砕できると踏んでいた守団も、同調して歯向かってくる。

 負けはないが、厄介だ。爪の一つとして連携する為には、ここ一つにいつまでも手間取っている場合ではない。どうにか、士気を落さないと、離脱すらできない。

 彼らの支えを断たねば。業を煮やしたソンギは、自ら前面に顔を出した。

 ソンギは、巨躯の上に小さな頭が乗っているといった不恰好な男だった。その顔は渋面のまま固まっており、めったに表情を変えることがなかった。クウー同様、実戦の中で生きる猛者であった。

「―――貴様らは、強い」

 ソンギは、綜守団に向かって言い放った。

「不屈の闘志とは、貴様らのような男達が持つものをいうのであろう」

 見事である、とソンギは頷く。ただし、敵を褒め称えるその表情は、一向に緩む気配はなかった。

  名高いソンギからの賞賛を受け、素直に嬉しがった者もいた。興奮して雄叫びを上げる者もいた。だが、クウー隊の者は、喜ぶ所ではなく、何を言っているんだ、という顔をしていた。

 彼らは誉められるためにしているのではない。そうすべき事を、全力で行なう。隊長に習い、ただそうしているだけなのだ。相手が話し掛けてくるものだから、手が止まり、迷惑そうな顔をしている者すらいる。

 ソンギは、だが、と凄んだ。心持ち、顔の皺が深まったようである。

「俺は強い。貴様らを統べる者よりも、強者である」

 誰も言い返しはしなかったが、空気が一転して緊迫した。ソンギは構わずに、自信有りげに言う。

「それを今から証明してやる。戦が終わったならば、俺の所に来い。新たな統道に下れ」

 隊長は後衛にいると思い込んだのか、出て来て勝負しろ、とソンギは叫んだ。

 隊長を出せと言われ、素直に部下達が顔を向けたのは、最前線に立ち、最も傷を受けていた者であった。並の者なら動けなくなっているのではないか、と思えるほどの傷を受けていた。

「お前が……?」

 クウーは皆の手が止まり、おかしな雰囲気になっているのが気に入らない。血で滑る手で斧を握りなおし、ソンギを指した。

「ソンギとやら、お前は、口しか動かせないのか?」 

 ソンギは、爪の一人であり、最も勇猛で知られる男である。その自分に向かって、口しか動かせない、つまり、口ばかりで闘えない男かと言われた。そういう侮辱だと分かっていているだろうに、ソンギは何も言い返さなかった。凝り固まった顔面が、静かに赤く染まって行った。

「俺が、お前の最後の相手になってやろう」 と、ソンギは言った。

「それは助かる」 と、クウーは笑みを浮かべた。「そろそろ疲れてきたからな。どうやって終わらせるのか知らないが、お前がそうできるってなら、感謝するぜ」

「俺もお前に感謝する」 と言って、ソンギは走り出した。「よく今まで生きていてくれた! 俺に殺される為に、よくここまで来た!」

 クウー・骸は、全身から声を発するように、応と答えて、ソンギを迎え撃った。

 一対一では無類の強さを誇るクウーであるが、彼にも勝負に負けた過去がある。その時感じた敗北感を拭い取る為に、クウーはひたすら強者に勝負を挑み、勝ち続けてきた。

 幾多の戦いを経た今となっては、初志など忘れ、挑み、勝つことだけが大事となった。それでも、適わなかった相手と対峙にした時、全身の血が沸騰したようなあの緊迫感だけは忘れられない。

 そのため、そうした強者の存在に対して敏感であり、気配を察知したら、排除に向かわないと気が済まない。いつしか物事は単純化して行き、挑戦することのみが、クウーの生き甲斐と成っていた。

 二人の激突を止めるものはいなかった。皆、尊敬する隊長同士の対決から目が離せなかった。

 ソンギは肩にかけていた大型の斧を振りかぶり、クウーの両断を図る。対するクウーは、血を失った事により眩暈でもするのか、ふらついていた。

「さあ、眠れ!」 と、ソンギが叫ぶ。力任せの一撃が、クウーの脳天めがけて振り下ろされる。剣で受ければそれをへし折り、避けようとしても手足のどこかをぶった切る、そんなソンギ必殺の一撃であった。

 クウーはゆるりと、片手で斧を持ち上げた。

 ソンギ隊の誰もが、倍の巨大さを誇る大斧の有利さを確信した。同じく、クウーの隊の誰もが、勝利の行方を確信した。

 重い鉄と鉄が激しくぶつかり合った。だが片方が予想した結末は起きなかった。へし折れる音すらしなかった。クウーはなんと、片手で大斧の一撃を受け切っていた。

「なっ……」 ソンギの目が、生まれてこの方在り得なかったほどに見開かれていた。

「おいおい」 と、クウーは残念そうな顔をした。「手負いだからと言って、手を抜いてくれるなよ。全力で来い」

「……は、ははは」 と、ソンギは笑い出した。それは年に一度か二度の、忘れかけていた衝動である。それから、全身の筋肉に力を込め、クウー目掛けて渾身の一撃を振り下ろした。ところが、またしても片手で防がれてしまう。ソンギは一旦下がり、今度は助走をつけて打ち込もうとする。

「分かったよ。ほら」 と面倒そうに言って、クウーは持っていた小斧を、ソンギに向けて放り投げた。

「な、何の真似だ」 と足元に転がる斧を見てソンギは言った。

「そんな無駄に重いものを使うから、力がでねぇんだろ。それ、使っていいから、全力で来い」 とクウーは気だるそうに答えた。

 ソンギの部下達の多くが、「え、素手で?」 と心の中で突っ込んでいた事だろう。

「貴様―――」 ソンギは、額の血管が破れそうなほど怒りの表情を見せた。「舐めるなぁ!」と戦場中に響くかのような大声を上げた。そして、小細工一切なしで、全身で大斧を振りかぶって、徒手のクウー目掛けてぶつけようとする。

「ガデロだかソンギだか知らないがな―――」 と、クウーは言った。

 雄叫びを上げ、大斧を脳天に叩きつけようとしてくる。クウーの手が素早く動いた。ソンギの手首を、がしっと掴んだ。ソンギの動きが、ピタリと静止する。血が止まりそうなほど強く締め付けられ、尋常ではない握力だとソンギは悟った。相手の武器が小振りの斧だから、非力なのだと侮った自分を恥じた。

「――――小熊よりもかわいらしく見えるぞ、お前!」

 そう言って、クウーはもう片方の手で、ソンギの顔面に鉄拳を叩き込んだ。数歩引き下がったソンギは、大斧を放してしまう。その手を離れた大斧を攫んだクウーは、「落としたぞ」と言って、ソンギ目掛けて放った。ソンギは対応できず、大斧が体に深くめり込んだ。あっけなく、ソンギはそのまま崩れ去った。

「ふぅ……」 とため息をつき、クウーは自分の小斧を拾った。それから、残るソンギ隊統士達を見渡した。頼りの大将を簡単に葬った化け物に、統士たちは及び腰になってしまっていた。

 クウーは動かなくなったソンギを見下ろし、首を捻る。

「――――こいつ、どっちだったか? ……まぁ良い。まだソンギってのが、いるんだったな。今日はまだまだ、楽しみが残ってやがる」

 そう言って、クウー・骸は笑みを浮かべた。



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