彼はずっと
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自分の名前を呼び、駈け寄ってくるトオワは、全身傷だらけになっていた。不在の間に相当負担をかけてしまったようで、痛ましく思えた。もう少し遅ければ、いつかのトゼツの忠告通りに、この忠義の男を失う所だった。
「待たせたな」 と、サイトは一言だけ声をかけた。トオワは眼を潤ませていた。
サイトは周囲を見渡して、言った。
「トゼツ、トラル、サーカがいない……」
「サーカは、逃げたものと思われますが、あと二人は……」
「そうか」 と、サイトは目を瞑り、しばし二人の死を悼んだ。
「……成様、私は、裏切りの噂を、信じませんでした。綜真暗殺に来るだろうなんて馬鹿な噂もありましたが、笑いの種ですね」
「裏切り、か」 サイトは言って、苦々しい笑みを浮かべた。「それは、間違ってはいないがな」 と、小声で呟いた。
トオワは聞き取れなかったようで、疑いが晴れたと思い込み、興奮していた。
「やはり、牧様と共に、誰かに襲われ、囚われていたんですか」
「すまない。そのことについては、話すと長くなる。今は―――」 と言って、サイトは目聡く標的の姿を見つけた。「俺の為すべきことをする」
「成様! しかし―――」
「今はただの統士だ。構わないだろ」 と笑って、サイトは駆け出す。
今サイトが乱入して行っても、バイローは素直に指揮を譲らないだろう。少なくとも、押し問答が繰り返されることが予想できる。配下の者達は混乱して、余計に足並みを崩すことになる。それならば、叩ける敵を叩いて、負担を軽くすることをサイトは選んだ。
接近に気付いて、標的がこちらに向き直った。すかさず、サイトの前方に、二人の統士が立ちふさがる。息の合った動作で、二人同時に槍を繰り出してくる。
息を吐いて、サイトは急加速をかけた。そして、すぐさま急制動。さすがに二人の反射速度までは同じではないようで、片方の反応が遅れて、突き出してくる槍の穂先が揃わなくなった。身を翻してかわして、すぐさま長柄の部分を切り落とす。統士たちは動揺したが、それでも尖った木片を再度突き出してくる。
一方を剣で受け流し、回転して、もう一方を避ける。踊るような流れのまま、一方の敵を撫で切る。間髪を入れず、残る片方へ剣を振るう。
「す、凄い……」 と、トオワは興奮していた。
二人を簡単に倒したサイトに、新手が向かってきた。
その小柄な男は、細身の太刀での鋭い突きを、目にも留まらない速さで繰り出してきた。それらを、紙一重でサイトは避け続けた。
「やるな」 と、サイトは敵が身近に来た際に、裏拳を叩き込もうとする。それを掌で受けた男は、太刀を引くついでに、サイトの腹をなぎ払おうとする。サイトは手首を返して、切っ先を下向きにした剣で太刀を受けた。
束の間、組み合ったまま、力比べをするかのように、二人は動かなくなった。ぎらりと光る目で、至近距離から睨み合う。
「成様、そいつは……!」
「分かっている」 と、サイトは言う。「セイ・靭だろ? お前」
爪の一人と指摘された小男は、薄くニヤリと笑った。
どちらからともなく、素早く離れたかと思うと、またすぐに打ち合う。数度打ち合い、また飛び退る。時に疾風のように鋭く、時に稲妻のように力強く、剣を交わす。目で追うのが精一杯の素早いやり取りに、誰も加勢することができない。二人の実力は拮抗しているようであった。
まるで息のあった演舞を見せ付けられている、そう思われたが、それは最初だけだった。次第に均衡していた状況が崩れてきた。
息が上がった訳ではないだろうが、セイの方の動きが鈍く見え始めた。一撃一撃が完全に押さえ込まれ始めた。対してサイトの剣が少しずつ相手の皮膚を削りだした。力や速度は同じ程度でも、サイトの方が相手の動きを読み、上回りつつあった。二人の表情に変化が現れ始める。
焦りからセイの動きが荒くなり、それがまた精度を落とし、サイトの方が有利になってきた。それなのに、サイトは苛立ち始めていた。
「もっと速かった!」 サイトは叫び、剣を突き出す。その切っ先がセイの頬を掠める。慌てたセイは、力任せの一撃を返そうとしてくる。
「もっと強かった!」 サイトは余裕でかわすことができたが、敢えて力任せに太刀を跳ね返した。
「く……!」 セイは劣勢を認め、一旦退くべきかと迷いを見せた。腰が引けたのを見逃さず、すかさずサイトは距離を詰めた。
セイは完全に焦り、滅茶苦茶な反撃を試みる。その全てを、サイトは完膚なきまでに捌き切った。セイは、恐怖で引き攣った顔を見せた。サイトは、渾身の力を込めて、突きの姿勢を取る。
「そして! 彼はずっと――――!」
「や、やめ……」
凄まじい速度で、サイトは剣を突き出した。胸板も貫く渾身の一撃だったが、途中で止めた。セイが胸に下げていた位を示す玉だけが、ピシリと音を立てて砕けた。腰が抜けたように、セイは尻餅をついた。
サイトは物憂げな顔で呟いた。
「――――気高かった」
サイトは静かに剣を下げた。何の事を言っているのだろうと首を傾げるトオワに、こいつを捕らえておけと命じた。




