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星火燎原  作者: 更紗 悟
第五章【ククカの混戦】
47/117

再び、その名を

 

     6


 空を見上げ、大きく息を吐いた。身勝手な思想がぶつかり合う地上と異なり、上空はあくまで澄み切っている。戦場を旋回し続ける鷹がいつの間にか三匹に増えている。人物を喩える時、鷹は孤独を好み、価値観の異なる生き物として表される。あの人は鷹だったのだろうかと、トオワはいなくなった大隊長のことを思った。

「トオワさん。大丈夫でしょうか?」

「え?」 と、我に返ったトオワは聞き返した。よほど気の抜けた顔をしていたのだろう、サーカの片方の眉がつりあがる。

 途中でサーカの隊と合流して、真穿本隊を救いに行く途中だった。ガデロ隊の襲撃を受けて、真穿は、いやバイローは早々に退却している。追いすがるガデロの背後を突いてやる。そう思って追いかけていた所だ。

「ああ。平気だ」 と答えるが、平気ではなかった。

 頭の中では、先ほど受けたトゼツ憤死の報せが駆け巡っている。トラルを助けられなかった己の無力さが心を苛んでいる。考えまいとしても、彼らの最後の姿が思い浮かんで来てしまう。

「いえ、貴方の体調を聞いているのではないですよ」

 ああ、と頷いて、「何とかする」とトオワは言った。

「そうは思えないんですよ。ほら」 とサーカは指差す。その先を見て、トオワは苦境に追い込まれつつあると悟った。真穿がガデロ隊により粉砕されるまで時間の問題だった。

「だから、言ったんですよ。駄目だなぁ。皆、好き勝手に何やっているんだ?」 とサーカは肩をすくめる。

「……トラル、それから、トゼツは、死んだ」

「ああ、死にましたか。戦の中でなら、本望でしょうね」

「おい、サーカ! その言葉は取り消せ」

「おぉ……?」 と、サーカは大げさに驚いてみせる。「どうしたのです? あんなに反目しあったのに。やっと口うるさい奴が消えたって言うのに」

「そうだ。口うるさい奴だった。だがサーカ、今はお前の方が、―――煩い」

 温厚なトオワらしからぬ物言いに、サーカは怪訝そうな顔をした。

「……本当に、大丈夫ですか?」

 トオワは、無言で返した。その頑な顔を、サーカはじっと観察していた。

「後ろ、来ていますよ」 と、唐突にサーカは言う。それから、数歩後退した。

 トオワは、何のことだろうと戸惑った。それから、はっとなって振り返る。すぐ目の前に統士が一人、迫ってきていた。

 向こうの方が勢い付いていた。今から助走無しにぶつかっても、跳ね返される。一か八かと、トオワは敵に向かって転びこむ。懐を掻い潜って、敵をやり過ごす。

 すかさず跳ね起きて、向き直る。斬り返そうとして、腕の反応が鈍くなっていることに気付く。ぞっとするが、構わず強引に攻撃に出る。

 敵の腕は大したことがなかったが、すれ違った際にトオワも傷を受けていた。ギリギリの戦いに冷や冷やしながらも、なんとか打ち倒すことに成功した。

「いけませんねぇ」 とサーカが不機嫌そうに言う。珍しい声色だったが、トオワはそのことにも気付いていない。

 もうここは駄目か。聞き取れるか否かほどの声だったが、サーカがそう呟いたのが分かった。トオワは、構う気力も無くしていた。

 サーカは、急に不自然なほどの笑顔で、分かりました、と言った。

「私がガデロの気を引きます。その隙に、トオワさんは大隊長の所へ」

「ああ……」 と力ない声でトオワは答える。

 それから彼は、ガデロの気を引くために仕掛けに行くと見せかけて、少し離れた所で向きを変えた。逃げに転じたように見えるサーカの動きを知りつつも、トオワは何も行動を起こさなかった。

「隊長、まずいです」 と配下が悲痛な声で言う。一拍遅れて、トオワは顔を上げる。

「セイ・靭の部隊が、こちらに向かっています。もう、すぐそこです!」

 ガデロを背後から突こうとする部隊を察し、またもセイ隊が仕掛けてきたようだ。この分だと、近付いた所でガデロが反転して、こちらが挟み撃ちにされてしまうこともありえそうだ。

「トオワ様! 敵が!」 との声に反応して、トオワはゆっくりと向き直ろうとした。もう聞いた。だが、今更どうしようもない、と投げやりに答えようとした。

 だが、さらに、「違う! 貴方のすぐ側に!」と、警告が続いた。

 振り向く途中で、右から槍を構えた統士が迫っている事に気付いた。さらに、すぐ背後にも人の気配を感じた。隊の話ではなく、自分が狙われていたのだ。

 前後同時に相手はできない。

 避けねば。

 右、左? 一か八か、どちらに飛ぶ? だが、それは明らかに敵の予想していることだ。

「くっ……!」

 鋭く息を吐いて、トオワは自ら後方に飛んだ。意表を突かれたか、背後の敵はトオワの体当たりをまともに受けた。それからすかさず横に転がり、トオワは二人の間から抜け出た。

 逃がすまいとして、二本の槍が追いすがってくる。トオワはそれを、辛うじて避けた。周囲の部下は、それぞれ自分の敵で精一杯だ。ここは何とか一人で乗り越えないといけない。

 どうする? 不利と知りつつ闘うか? しかし、疲労からか精神的衝撃からか、思考が鈍っている。それは体にも影響している。先ほどかすり傷を負ったように、全然思い通りに動けない。とても勝ち目は無い。ならば逃げるか? 隊長としての威厳など忘れて、命を守ろうとするか。

 こんな時、とトオワは父の姿を思い出そうとした。あの人なら、どうするだろう。迅家の者なら、こういう事態には、と考える。

 だが、少し前までは、はっきり像を結んでいた父の背中が、今ではおぼろげにしか思い起こせない。緊迫状況だからだろうか、いや、前はそうではなかった。代わりに、強く印象に残っている背中が、やけに頼もしく思える。

 二人がじりじりと迫ってくる。手負いと知りつつも、油断していないようだ。

「……トゼツ、貴方ならどうする?」 と、トオワは口にした。それから、「ふん、言うまでもない」 とトゼツの口調を真似て言った。

 トオワは背筋を伸ばし、敵を睨み付ける。

「来いっ! 俺は只ではやられんぞ。道連れを十人は選ぶ!」

 雄叫びを上げて、槍が繰り出されてくる。最初の突きは、両方とも避けきった。連携もせず、各自突き出してくるだけ。大した腕ではない。避ける事は可能だが、さすがに体勢が乱れて、反撃する余力はない。それでも、トオワは何度も繰り出された槍をかわし続けた。

「どうした、そんなものか!」

 トゼツを真似て、挑発してみた。焦って、反撃の隙を与えてくれないかと思っての事だが、不慣れな挑発は裏目に出た。

 かわしたと思った槍が、引き戻されず、力任せに横に振られた。柄の一撃を肩に当てられ、踏ん張り切れずにトオワは弾き飛ばされた。

 急いで顔を上げる。

 目の前、一人、だ。無理な動作でへし折れた槍を捨て、小刀で刺そうとしてくる。

 辛うじて、その一撃を受けた。だが、それで手一杯。押し返そうとして、動けなくなった。

 もう一人も駆け寄ってきている。トオワを狙って、槍を突き出そうとしている。

 ―――これで、終わりか。思わずトオワの心に諦めが入った時。

「させぬ!」 と、気合の入った声がした。

 閃光が煌めく様に、一撃また一撃と、鋭い斬撃が空を走った。

 トオワに止めを刺さそうとしていた槍は半ばで切り取られ、次いで、トオワに圧し掛かっていた男にも一撃。

 二人の統士は力を失い、倒れこんだ。視界が開けたその先に、一人の男がいるのが見えた。その手に持った長剣は、新調したばかりのように真新しいものだった。

「まさか、こんなことが……」

 こんな事が起こりうるのか。トオワは我が目を疑った。

「サイト・成!」

 トオワは、目の前に立つ男の名を叫んだ。同時に、自分がいかにその名を呼びたく思っていたかを知った。


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