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星火燎原  作者: 更紗 悟
第五章【ククカの混戦】
45/117

崩れ落ちる


     4


 一度穴が開くと、もう手に負えなくなっていた。内側に侵入したセイは、方向転換して盾の背後を突いてくる。統士達は前方に集中できなくなり、そこをすかさずガデロ、ソンギらが力押ししてくる。全ての爪の侵入を許した後は、暴れまわる彼らを止められなくなっていた。

 とはいえ、レクトも手をこまねいていた訳ではない。最寄の隊に身を寄せ合って、全方位を警戒できる塊を作れと指示が出た。

 爪が蹂躙した後であり、事前に想定していたようにはなれなかったが、幾つかの集団が防御体制を取った。幹隊規模には満たないものの、それらは守りを固め、爪らの攻撃を上手くいなすことができていた。

 取り残された小隊や大隊に狙いをつけると、爪は連携して飲み込んだ。そうした者達を救おうとすると、いずれかの爪が突っ込んでくる。

 そんな中、果敢に挑んでいく集団があった。トゼツ、クウーらの部隊である。

 元々は大隊の半数にも満たない規模だが、途中で指揮系統から取り残された隊がその後に続いていた。見捨てられたように思っていた彼らとしては、血気盛んに爪に挑もうとしているトゼツらを頼もしく思ったようである。

 本隊を含めた真穿の残り半分も、ただ見ているだけにはいかない。トオワらも同じように逸れた隊を吸収しつつ、トゼツらの後を追っていた。

 トゼツらは、セイ・靭の部隊に挑みかかった。戦場を駆け回り、また隙を見せた塊を強襲しようとしていた所に、横から攻めかかった。まだ動き回っている元気な部隊があるとは思っていなかったのか、対応が遅れたセイ部隊の足を止める事が出来た。

 爪の中では速度を売りにしているだけあって、セイ部隊には重い装備を備えた者はそれほど多くない。一方トゼツらは突貫力に優れている。これはもしや、と思えるほど、小気味良い快進撃であった。

 周囲から歓声が上がる。皆の視線がトゼツらの進撃に集中する。トオワも思わず見蕩れていた。

「いけませんよ」 と、声をかけられた。

 はっとして振り返ると、サーカがやってくる所だった。いつもと違い、厳しい顔をしているように見えた。

「危険です。あれを!」

 サーカが指差す先を見る。トゼツらの集団の、その背後。そこには、忍び寄ってくる敵がいた。

「ソンギ隊か!」

 セイ隊への攻撃に気を取られていた。その油断を付くようにして、ソンギ部隊が迫っていた。重武装の者が多い為、決して移動の早い部隊ではないが、かなり迫ってきていた。まだトゼツ達は背後の異変に気付いていない。

 通常は逆で、腰をすえてソンギ隊と遣り合っていると、そこに疾風のようにセイ部隊が駆け込んでくる。それで集中力を乱され、ソンギ隊に粉砕されてしまう。

 ところが今は、セイ隊を逃がすまいと躍起にやっていた所を、ソンギ隊により囲まれようとしている。逃げようとすればセイが追ってくるだろうし、両方を相手するのは厳しい。

「俺が行く!」とトオワは決断した。

 まだ今なら間に合う。僅かでもソンギの足を止め、トゼツらが態勢を整える間を作る。

 トオワは素早く指示を出し、連れて行く部隊を選出した。それからサーカを振り返り、真穿本隊の事を頼むと言おうとして、はたと止まった。

 この時、トオワはどことなく不安を覚えていた。サーカは有能だ。爪の動きに気付けるほど視野が広く、どうすれば窮地を脱せるのか思案できる頭脳もある。だが……。

「行かれるのでしょう。早くしないと、彼らが―――」 と、サーカが急かす。

 時間は無い。トオワは決断し、動く事にした。

「信じている」

 そう言い残して、トオワは本隊から離れた。


     *


 幾つかの小隊を引き連れ、トオワは駆けた。トゼツらの背後に牙をむこうとしていたソンギ隊に追いつき、横槍を入れた。

 挑みかかっただけで、彼らの恐ろしさを感じた。まるで大地を押しているかのような、重さと堅さを感じた。ただ、真っ向からやりあう必要はない。トゼツらが背後の危機に気付き、対処できるようになるまでソンギを牽制する。それだけで良かった。

 トオワは何とか踏みとどまり、トゼツらが動くまで粘った。ところが、とっくに自分達に気付き、意図は分かってくれているはずなのに、中々トゼツは動いてくれない。逃げを打つのが恥と感じ、玉砕してでもセイを討とうと考えているのではないか、本気でそう思えてきた。と、そこへ―――。

「トオワさま! ガデロが!」 と切羽詰った声で配下が叫んだ。

「今度はガデロか。どうした!」 トオワが振り返ると、恐ろしい光景が見えた。

 ガデロの部隊が、今度は真穿本隊へと向かって来ているではないか。

 ガデロが得意とする、意表を突く攻撃だけではなく、セイ隊の御株を奪うかのような、迅速な展開であった。

「トラル……!」

 トオワの後を追おうとしたのか、あるいは増援に来てくれようちしていたのか、トラルの隊だけが突出していた。ガデロ隊は、明らかにそのトラル達に狙いをつけて迫っていた。

 武力に乏しいトラルの隊では持ち堪えられない。誰か対処を、と期待するが、その動きはなかった。

「バイロー! 何をやっている! トラルを! トラルが!」 本隊には聞こえないと承知しつつ、トオワは絶叫した。

 大隊長代理に、トラル達の所へ援軍を差し向ける動きはなかった。それどころか、迫るガデロに危機を感じたか、バイローは自らの周囲に統士を集め、防御体制を強化していた。

「見捨てる気か! バイロー!」

 ふいに、トラルの微笑みが思い浮かんだ。トオワと二人でいる時だけに見せる笑みだ。

 トオワはすごいよ、と彼は言っていた。華の身分を鼻にかけず、あくまで実績を上げた者を尊重しようとする。それは、功を成したものがより重要な位置に立てるという、層の思想に準じたもの。その理念を実践しよう姿は立派だ。君はより深みへと出世していくべき人材だと思うよ、とトラルは語っていた。

 また、自分の不甲斐なさに情けなく思い、それでも笑おうとしていた泣き笑いの顔も思い浮かんだ。

 トラルが怒った顔は思い浮かんで来ない。敵を殺そうとする時、いつまでたっても必死な顔をしていた事も思い出した。

 トオワは、視界が滲みそうになるのを必死で堪えた。まだ、トラルは死んだわけではない。だが、喪失を惜しむかのように、良い思い出ばかりが、トオワの脳裡に浮かんでは消えていく。

「サーカ! 何をしている!」

 彼ならば。サーカならば、まだどうにかできるのではないか。頼んだではないか。トラルを、よろしく頼むと。

 いや、違う。頼んだのは、真穿だ。彼だけを、守ってくれなどと、言えたものではない。

 殺し合いに不向きな性質のトラルでは、相手になるはずもない。実際、まるで障害とならず、爪の餌食となっていき、トラルに死が迫っていた。

「トラル! 良いから、逃げろ!」 と、トオワは声の限りに叫んだ。

 己を統べる者の価値を相手に知らしめる為ならば、そのための戦死ならば、統士として誉められる行為だ。

 だがお前は―――。トラル、お前はこんな所で死ぬな。そうトオワは願った。

「ガデロ! そんな小物は無視しろ! こっちだ! こっちへ来い!」

 奇跡が起きたのか、ガデロと一瞬眼が合った気がした。彼は、何かを探しているように視線を廻らせていた。

 そうだ、こっちへ来い、とトオワは念じる。そんな小物放っておいて、こっちで、俺と勝負しろ。声が届かないならと、眼に力を込めてガデロを睨んだ。だが、ふいっと、ガデロは眼を逸らした。

 懇願空しく、ガデロはトラルに狙いを定めた。トラルは目の前の敵に必死になっており、無防備な背中にガデロが迫っていることに気付いていない。

 向かい合っていれば、トラルでも少しの間くらいは抵抗できただろう。おそらく結果は同じなのだろうが、せめて闘って、全力で足掻いて欲しかった。背後から一撃入れられ、何が何だか分からないまま、崩れ落ちていく姿は見たくなかった。

「トラル……!」

 親友の死に、トオワは怒りのあまり我を見失いかけた。隊長格であることを忘れ、ガデロに向かっていこうとした。

 いとも簡単にトラルの隊を粉砕したガデロは、そのまま勢いを落とさず、先へと進んで行った。その先には―――。

「真穿が……!」

 本体にまで、ガデロの牙が届こうとしていた。



 

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