乱れ
3
ハイル・淑は、森に伏兵を置く。そのようにレクトは予想していた。
綜守団は動きの限られている地形を活かして爪の動きを封じようとする。ハイルはそう予測し、攻団は何とか陣形を崩そうとしてくるはず。意表を突いて、その隙に捩じりこんでくる、とレクトは読んでいた。
西側の台地に登ってしまっては、降りは険難で荒地に到達するまでに手間が掛かる。そこから投擲や矢を届かせるには、枯れ川もあり距離がありすぎる。となると、東の森に潜む手段を取る可能性が高かった。
想定外の行動を取るのが得意なガデロが森に駆け込んでいくか、足の速いセイが回りこんでくるか。一旦姿を消して、それから側面、もしくは背後を突こうとしてくる。
その対策として、レクトは横列の一部を状況に応じて配置を変えられる様にした。ただ、敵を発見してから向かわせたのでは、十分な態勢を取れないかもしれない。
盾の準備が整うまでの足止めがいる。そのために、真穿が選ばれた。
前線をはずされ、仲間達が華々しく闘う姿を薄暗い木立から眺めていた真穿だが、ようやく役割を果たす時が来た。
誰よりも早く行動を開始したトゼツ、クウーらは、すぐに敵と接触した。自分達も、と続こうとしたトオワらは、違和感を覚えた。
「弱いな、やけに」 と、部下達も訝っている。
新手は確かに河津攻団の者達なのだが、前線の猛者達は、全く手ごたえを感じていないようだ。攻めてきても大した圧力は無く、押せば簡単に引いて行く。数はそれなりにいるようだが、トオワ達が参戦するまでもない。前衛だけで軽く蹴散らせそうである。
この錬度の低さ、違和感はどういうことか。すぐに、自分達が誰を相手にしているかが、分かってきた。
「なんという非道を……」
討った数人を確認した所、統士ではない事が判明した。隊を指揮しているのは手馴れた統士のようだが、大多数は素人。急遽武器を持たされただけの、支分の者達のようだ。
どちらの方が、大勢を統べる力が強いのか。それを決するのが統士の戦いである。そこに、ただ頭数を増やす為に、素人の支分を投入するとは。統道に悖る行為ではないかと腹を立たのは一瞬で、トオワは別の事が気になった。
なぜこんなにも大勢の支分の者達が、戦場に身を投げたのか。国を思い、自分達を統べる士のために尽力を、と思った者も当然いるだろう。だが、彼らには妙な粘りがあり、しかも、統士に対して憎しみを抱いているようだ。
叶わないと知りつつも、怨嗟の声を投げつけ、挑んでくる。どうやら、彼らを戦場へと駆り立てた、強い動機がある。
それは、すぐに明らかになった。彼らは、イマラの民だった。
トオワ達もアヌンから引き上げる途中で遭遇している。敵国の統士だと知りつつも、挑みかかってくる者達もいた。彼らを掻き立てていたのは、街を焼き討ちされた怒りだった。
叶わなくても、役に立たなくても良い。直接怒りをぶつけられるならば、それでも構わない。陽動でも何でも引き受ける。
イマラの恨み、思い知れと、彼らは口にしていた。
使い捨てられてでも、怒りの捌け口を求めた彼らの激情を思い、ぞっとした。同時に、自暴自棄にならざるを得ない境遇を、憐れに思った。
だが今は……。無理やり気持ちを切り替えようとしたトオワは、ある事に気づいた。
使い捨てられても。そう思ったのは、この部隊はほぼ素人で構成されている。仮に真穿がおらず、守団の側面をつけたとしても、それほど深くは進めない。しかも、後続として続くはずの爪の姿が無い。現れるなら、気付かれると同時に迅速に仕掛けようとするだろう。
「セイ・靭は? 奴を見かけた者はいるか? 奴の部隊でも良い、誰か見た者はいないか?」
トオワは周囲に問いかける。
歯ごたえの無さに飽きたのか、相手にしているのが支分と気づいて追う気が失せたのか、トゼツやクウーの部隊が戻ってきている。その誰も、それらしい者達を見ていなかった。
森に潜んでいたのは、本命ではないという事か。では、一体何の為に?
「見ろよ、ご苦労なことだ」と、興味を無くしたトゼツが、嘲るように言う。 「あれを崩して、俺たちの力を見せ付けてやろうか」
その視線の先を追う。真穿が迎撃に出た直後に、守団の陣形が変化していた。側面を突かれない様にと、横列の一部が移動してきている。折角備えが整いつつあるのだが、そこまでするほどの脅威ではなかったので、意味の無い移動となった。真穿を犠牲にして時間を稼ぎ陣を整えたことになるので、トゼツが皮肉を言いたくなる気持ちはよく分かった。
そこでトオワは攻団と守団の接点を見た。真穿が任務をこなしている間、戦況が変わっていた。
ソンギが右に、ガデロは左に偏っていた。守団もその偏りに合せて、貫かれないようにと、横列の厚みを変えている。つまり、中央だけが窪んだ形になっている。そこが減っているのは、側面に人員を配したから、その分手薄になっている、ということだ。
中央の攻団は、いつの間にか、退いていた。
彼らも、おそらくはイマラの支民だったのだろう。
敵は憎いが、無駄に命を散らす事を恐れ、腰が引けたのか? しかし、部隊を指揮していた統士もいたはずだ。そう思って、視線を廻らす。
―――いた。中央隊、その背後の奥に、砂塵が見えた。先ほどまでは無かった。目を凝らし、何が接近していているのかと考えるまでもない。
「来たぞ!」
トオワは指差し、絶叫する。こんな所で叫んだ所で、今更手遅れだと思いつつ。
「セイ・靭だ! 奴が来る!」
攻団の中央隊が真ん中で割れる。その動きに迷いは無い。予定された行動ということだ。そして、開けられた道を、猛烈な速度で、セイの部隊が駆け抜けて来る。あっという間だ。さすがに、素早さで名を売る部隊だけはある。
セイは中央隊の、そのさらに奥にいたのだ。こちらからは確認できない位遠くにいたのだろう。そして、準備が整ったので、一気に駆け出してきた。動き出したのは、おそらく、森の伏兵に気付き、守団がその迎撃に向かった、その間だろう。
こちらがセイの真の位置に気付いた時、前振りは済んでいる。ガデロ、ソンギは中央から注意を逸らす為、わざと端に寄るようにして攻め立てる。それで薄くなっていた盾が、さらに左右に散ってしまうことになる。相当手薄になった中央に向けて、セイが勢いをつけて駆け込んでくる。
レクトもすかさず、セイ隊の出現と同時に、移動させた盾を戻そうとしている。だが、間に合うかどうか。引き戻して、しっかり組み直さないと意味がない。戻るには、順を追って態を動かさねばならない。けれども、ガデロらにより左右に振られ、横列が乱れているので、移動も滑らかにはいかない。
「まずいな……」
噂に違わぬ速度で、セイ隊は守団と接触した。ここを抜かれては、爪に良いようにされてしまう。中央の盾も必死に抗戦したが、勢いづいた特攻に押されている。しかも、本隊に道を開けていた支分達も加わり、追い込みをかけてくる。
「楽しくなってきたじゃないか!」
トゼツが言って、そして、駆け出していく。陣形が崩れ、乱戦になる。そう読んだトゼツは、力を振るう場を求めて、勝手に飛び込んで行った。
「待て、トゼツ!」
トオワは止めようとするが、彼の後に、ドゴイとショウの二隊も続く。さらに、クウーも無言で新たな戦場へと足を進める。
「駄目だ、行くな!」
乱戦となれば、それは爪が一番力を発揮する事態となる。ここでバラバラに動いていてはいけない。死地に飛び込むとしても、大隊規模で纏まって対応せねば。
トオワは必死になって呼ぶが、男達は振り返らない。すでに、混乱している守団を押し退けて、前に出て行こうとしている。
トゼツらを眼で追う傍ら、ついに守団の壁が貫かれた所が見えた。




