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星火燎原  作者: 更紗 悟
第三章【悪意の凝り】
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29/118

巻いて


     3


 森の中で守団を追撃していたクウー・骸は、遠くサイトの絶叫を聞いた。

「ふん、やっと気付いたか」 と、言い捨てる。

 その時、両側から敵が飛び出てきた。けれどもクウーは焦らず、近い方の一人に向かって手斧を投げつけた。哀れな統士は顔面を潰されて絶命した。

「だが、手遅れか」 と、呟きながら、怯んだもう一方の敵の顔面に、岩のように固く握った拳を叩きつける。

「おら、てめぇら、上手く逃げろよ」 と、クウーは背後に向かって言う。得心がいかない隊員達に、グズグズしていると焼け死ぬぞと、凄んだ。

 ようやく窮地にある事が想像できたのか、青い顔をして隊員達は後退を開始する。だが、四方八方から白い煙が漏れ出てきて、視界を奪ってしまう。後退させまいとして、潜んでいた敵が煙を炊いたのだ。視覚を奪われた隊員達は、闇雲に煙の中に飛び込んで行き、隊列が乱れる。そこへ、敵が襲い掛かってくる。完全に罠に嵌ってしまっていた。

 一段と大きな火種が巻き散らかされ、本格的に森が燃え始めた。乾燥していた木々は、まるで水を吸い込むように火種を引き寄せ、そして我が身に火を纏わせていた。

 森の奥に消えた守団を追えない様にと、行く先にまで炎が放たれていた。出口は最早火で塞がれている。

 火の粉は風に乗って自由に飛び回る。火の素ジは蝗の姿で顕現すると聞くが、正に周囲の物を食いつくさんとしているかの様だ。

 灼熱を帯びた空気に体中の外皮が焼け付き、煙で視界を奪われ、不純物にまみれた空気を吸っては動きが鈍っていく。右往左往する者に狙いを定めているかのように、次々と炎がその背に取り付く。

 地獄のような只中にあって、クウーは焦りを見せなかった。

「ふう。呆れたヤツラだ」 と、先ほど投げつけた手斧を見つけて、拾い上げる。「飼い慣らせる訳がねぇだろうに」

 クウーが吐き捨てた言葉通り、炎は誰の言う事も聞かなかった。罠にはまった真穿はもちろん、火付けをして立ち去ろうとしたアヌン護士も、同じように炎に撒かれる者が続出した。

 火を用いる事に躊躇しないとはいえ、ここまでの規模のものを扱うことは無かったようだ。炎の勢いを完全に見誤っており、自ら作り出した火事場に巻き込まれていく始末だった。

 その中には、身を焼かれる苦痛に遭いながらも、狂気の笑みを浮かべている者もいた。炎の行動力を舐めていた訳ではなく、巻き込まれることを受け入れていた者もいるようだ。火を崇める彼らにとって、その手にかかって最期を迎えることは、喜びなのかも知れない。

「気持ち悪い顔しがって」 と、そんな心理など全く理解の外であるクウーは言う。

 周囲を見渡し、火の壁の薄い所を見定めようとする。入ってきた付近の火勢は猛烈である。退路を断つために真っ先にそこに火付けをした所為だ。それに比べるとまだ、前方が手薄に思えた。守団が通り抜けるのを待ってから火をつけたから、その分火勢がまだ弱いのだろう。

 クウーはそれだけ見極めると、灼熱の空気など意に介さないかのように、のしのしと歩き始めた。呼吸を押さえ、目を細め、ただ前方を見据えて前進していく。払っても払っても、体に炎が纏わり付いてくる。それでもクウーは、ただ前へと歩み続けた。行く手を塞ぐ炎があれば、そこらに倒れている敵を引っつかみ、ぶんと投げた。生じた突風により、炎は一時怯んだ。その傍らをクウーは通り抜ける。

 やがてクウーは、炎の壁から抜け出ることに成功した。諦めきれない火の粉達を、まるで埃を払うように手で除けながら、クウーは眉を顰めた。前方を走っていく者が見えたのだが、その人物がそこにいることが意外だったからだ。

 後方に控え、追撃には加わる事のないはずのリェンだった。クウーと同じようにして壁を抜けて出た訳ではなく、火の回り方を読み、薄い所を避けて来たようだ。守団の退路と炎の動きを見極め、最低限の回り道をしてきたことになるが、あの若者はそれだけのことをやってのけるだろうとクウーは思う。

 リェンは、炎の壁を突っ切ってきた命知らずがいるとは思わず、クウーの存在に気付かずに走っていく。やがて彼は、前方にいたアヌン守団に追いつき、そして、護士に親しげに声をかけた。



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