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星火燎原  作者: 更紗 悟
第二章 【烙道】
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堕ちた街


     4


 サイトはダウスを出て、近くにあるガーレという町へ向かっていた。

 ガーレは先代綜真であるクスル・青の出身地である。彼が活動の場を移すまでは、綜国の首都の座にあった。その後ガーレは寂れて、ビド階の無頼者達がより集まる、治安の悪い街と成り果てている。

 鍛練の後、自分もお供するというトオワの申し出を断って、サイトは単独でやって来た。位はそれほど高くはないとはいえ、育ちの良さがにじみ出るトオワなどは獲物と見られ、背後を狙われかねない。けれども、サイトは一人でも平気で、むしろ古巣に帰ってきた気すらしていた。


 サイトは『統』分の成家に属している。ただし、子供の頃の育ちは名家のそれではない。

 昂国では通常、幼年期の教育を、その子が住む地域の年長者や『考』分の教視により施される。

 教育者は子に対して平等に接するが、教えることは、己が得意とする事と、その子の将来に役立ちそうな事と、偏りがでる。『考』分の者が多く住む地域にあっては、その子達を教える教視達もまた知識が高く、学識豊かな教えとなる。『統』分の者が多く住む地域では、教視役から授かる知識は、実技や戦闘に偏ってくる。

 『統』分の家柄では、成長したその子も親を継いで同じ分を選ぶ。サイトが属する成家は、家名をよく知られた『統』の名家であり、そうした者達は優先的に良い土地を引き継ぎ、固まって住む傾向がある。サイトもまた、『統』の中でも良質な環境の中、技量の優れた教視に見てもらえるはずであった。

 ところがなぜか、サイトは家を出され、ラヅモ・(ショウ)という男に託された。ラヅモはサイトの父の親友であるが、統分ではなく、『支』分に属していた。

 自分は、成家の正当な一員として認められないということか―――。

 サイトは愕然となった。あまりの衝撃に、文句を言うどころか、現実を受け入れるまでに時間がかかった。

 自分は他の兄弟とは違う。何か別物、として見られている。幼いながらもサイトはそう感じていた。

 異国の血を強く感じさせる容姿を受け継いでしまったがために、浮いて見えるのではないか。そのことは認めており、母を憎みはしなかった。むしろ誇らしかった。

 サイトはこの頃からすでに、他の兄弟より優れた才能があると認められていた。突出していると、才を妬まれ、(うと)まれていると、自分でも弁えていた。

 ―――疎外感の原因が才能にあるならば、あるべき姿でいられるよう、きちんと教育を受ければ良い。誰もが認める強さを身に付けてしまえば、文句はないだろう―――。そう思って、教視が付くのを楽しみにしていた。

 ところが、ようやく引き合わされたのは、『支』分の者であった。さらには、その家に住み、『支』の教えを受けろという。

「何が悪い――――」

 次第に湧き上がってくる怒りは、小さなサイトの中に納まり切る量ではなかった。

「俺は強い。誰よりも、強くなれる。そうなれば、誰も文句は言わない。父上もきっと――――。そう思ってきたのに。それが、この……。これは、何だ! どうしてこうなる、何が悪かったと言うのだ。分からない!」

 ラヅモは、激昂するサイトを黙って見ていた。媚びるでも同情するでもなく、ただ値踏みされている気がした。だから、余計に腹が立った。内側にあるものをぜんぶ、吐き出そうとして、サイトはラヅモに怒鳴った。

「俺は! 一人でだって強くなれるんだ。俺は特別なんだ!」

「ほぉ、そうか。お前さんの言うとおりだとすれば、それは大したものだ」

「そうだ! それなのに、そんな、『支』の教えなんて、俺にはいらない。お前なんていらないっ! 俺が、欲しいのは――――」

 その先は、口にできなかった。ラヅモが思いがけず素早く動き、掌でサイトの口を覆ってしまったからだ。

 がっしりと頬骨ごと掴まれており、息が出来ない。両手でもって力づくで外そうとするが、まるで動かない。

 精一杯ラヅモを睨み付ける。だがまるで意に介していない。巨岩でも相手にしているかのようだ。

 顔が赤らんで、意識の何処かが白んできた。

 サイトは、一度両手を下ろし、体の力を抜いた。それから足を振り、体を捩る。その勢いに乗せ、利き手を下から突き上げる。ラヅモの手首、その付け根を狙って、掌を突き上げた。

 大人の腕力には敵わない、それは承知している。前にも、年上に絡まれたときは、こうやって外してやった。そして、その後体勢を崩した所を――――。

 ――――効いていない。ラヅモはまるで、動じていない。

 焦ったサイトは、蹴りを何度も繰り出す。だがラヅモは、微動だにしない。

「これはな―――」 と、ラヅモはどこか物憂げに言う。「今、お前さんが敵わなかった、この力。これは、俺のもんじゃねぇぞ」

「――――?」

「人のもんだ。言うてみれば、借りもんだな」

 ―――分かるように言え。そう言いたかったが、サイトの口はがっちり塞がれたままだ。声にならない呻きにしかならない。

「それもこれも――――」 と言って、ラヅモは腕を上げた。

 その辺りで、サイトの記憶は途切れている。最後に聞こえたのは、お前さんのためだ、だったと思うが、確信はない。



 その後、サイトはガーレのラヅモの家で過ごした。

 親に見捨てられたと言う憤慨は常に熱を失わず、噴出し先を求めていた。ラヅモの態度は変わらず、丁重に扱うでもなく、邪険にすることもなく、実子と同様の扱いをしてきた。意中にあるものを読まれること無く、よほどのことをしない限り、大らかに笑っていた。

 その鷹揚さが癇に障り、サイトは憮然として、親身になって面倒を見てくれるラヅモの家族にすら反発した。

 ラヅモの生業である農については見下して、ラヅモのこと細かい説明を聞き流していた。このまま飢えようとも、受け入れてなるかと頑迷だった。

 ひねくれたサイトは、ユトやビドの家の者が教わる、下層社会で生き残る術に対して興味を持ち、時折その子供たちの教場に紛れ込むようになった。当時のガーレは今よりも活気があり、子供が遊びに来られるくらいの治安は維持されていた。

 ここでサイトは、どんな状況でも強く生き抜く強さを得た。武家の血筋もあってか、同年代で敵うものはいなかった。そのままであれば、ガーレの裏社会を占める大物になっていたかもしれない。

 ある日、リンズ・楼という男がサイトの前に現れた。彼の誘いを受け、サイトは正規の『統』分とは違う、特殊な闘い方などを学んだ。ガーレの生き方に馴染んでいなければ、烙道に当たると毛嫌いしたであろうことも、すんなり受け入れた。

 サイトはすぐにリンズに同行できる腕前になり、人に誇れない仕事を幾つかこなした。そして、ハルロと共に、隣国へと潜入した。

 そこでオウ・青奪還という功を挙げ、成人の折には『統』分の身分と、後に真穿大隊長という立場を与えられた。

 望まぬ形ではあったが、この街で過ごした日々は、今のサイトに至る大事なものを与えてくれたのである。






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