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星火燎原  作者: 更紗 悟
第五章【血戦】
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動と静



「へヒっ、どうしたどうした、お前、腕は大したことないな」

煌の統士、ワンショウ・()が顔を歪ませて嘲ってくる。

「強すぎるのですよ、お前さんが」 と、笑みを維持したまま、サーカは答える。

右へ左へと、後方へと下がりながら、サーカはワンショウの攻撃を避け続ける。背後など見えているはずもないに、どこにもぶつからず、サーカは下がり続ける。闘っている統士たちが固まっているところに出ると、サーカはその中にするりと混ざりこんだ。

 す、す、と統士の間を駆け抜けて、背中ごしにワンショウの隙を窺うサーカ。壁代わりとされた統士達も、当然武器を持っている。厳しい顔でワンショウが迫ってくれば、敵であっても味方であっても、反射的に武器を構えてしまう。ワンショウの気がそちらに逸れた瞬間に、サーカはまた別の者の背後へと移動して、ワンショウの死角に入ろうとする。

「ヒャ、ヒャ、それがどうしたァ!」

ワンショウは、けたたましく笑い声をあげ、敵味方を考えず、壁とされた者を切り伏せて行った。

「酷い人だねぇ」 と、サーカは呆れていた。

「何がァ! ここは戦場だ。殺すか殺されるか、だろぅ? 誰に殺されるかは、大差ねぇことだ」

烙道な理屈を述べるワンショウ。彼にそれなりの腕が伴っていることがさらなる不運だった。逃げ回るような行動、他人を盾にするような非道、それを目にしても、ワンショウには動揺の欠片も見当たらない。憤りすら見せず、目の前の者を打ち倒していく事を愉しんでいる。

「どけよォ!」 と言いつつ、容赦なく味方を斬るワンショウ。その意識がそれた一瞬を狙って、サーカは駆け出した。

今度は背を向け、一目散に逃げるといった体で森へと向かった。ワンショウは、倒れた統士の剣を拾い、無防備な背中に投げつけようとした。が、その動作を止めた。

 舌なめずりして、おもしろい、と呟いた。誘いと知りつつ、ワンショウはサーカの後を追って、森の中へと駆け込んだ。


     *


茂みの中に飛び込むと、一転して視界が暗くなる。ずっと拓けた場所にいたため、急に環境が変わると、手近なものがずいぶんと大きく見える。葉がこすれる音すら、気に障って聞こえる。

敵対する男サーカが得意とするのは、相手の意識外に逃れること、そして隙を狙って攻撃してくること。そう見抜いていたワンショウは、サーカが森を選んだ意図も読んでいた。ここは戦場よりも、さらに隠れ蓑となるもので溢れている。彼が実力を発揮できる場所の一つなのだろう。

 だが、とワンショウは思う。ワグンの林ならともかく、ここは煌の森。生存競争を常とする環境であり、どこから何が狙っているか分からない。よそ者にとってここは、闇夜に等しく、そこら中に潜む脅威に対し、気が気でいられない場所であろう。

 けれども、自分は違う。シンバンの指揮者となるべく、鍛えられ、生き残った奴らに言う事を聞かせてきた。誰か教えている者でもいるのか、変な知恵をつけているシンバンどもを、力でねじ伏せてきたのだ。

 入る際は、わざと物音を立てて、誘いに乗ったことを知らせた。だが、ここからは違う。シデンのようにはいかないが、極力気配を抑えて進むことができる。見失って慌てて動いた所を、仕留めてやろうではないか―――。ワンショウは先程までとは違う愉しみに浸っていた。



ワンショウは息を殺して物音を拾おうとする。だが、辺りにそれらしき音をたてるものや人の気配はない。

見事……。ワグンと侮っていたが、サーカの隠密技術は一流で、この森にも適応している、と思い直した。この環境に慣れているワンショウですら、どこにいるかすぐに察知する事ができない。

 じっとしていると、何に襲われるか分からないという不安で集中しづらいが、ワンショウには知識がある分、心理的有利にある。上手く隠れていても、何があるか分からないというのは、不安を呼ぶ。すぐに焦りから動き、ボロが出ると踏んでいたが、どうやら、それも裏切られた。物音はぴたりと止み、動きだす様子もない。


 やるなぁ……。

ワンショウは唇を少しだけ舐めて、顔を四方へと向けた。

 だとしたら、こちらからか? ある方向を向いて、ワンショウは姿勢を変えた。

サーカはただ逃げるために隠れたのではないだろう。姿を消して、こちらを狙っている。とはいえ、ワンショウもただ突っ立っているわけではない。森の一部と化し、辺りを探っている。そうした中、どうやってワンショウの位置を割り出してくるのか? 近づいてくるとしたら、どちらからか?

その方法にあたりをつけたワンショウはじっと待ち受けていた。


しゃり……。


 ほんのかすかだが、音がした。落ち葉などを踏んで音を立てないように気を遣っているだろうが、それでもほんのわずかな物音が生じたようだ。間を置いて、その音が繰り返され、次第に近づいている。サーカの気配を背後に感じて、ワンショウは興奮していた。

やはり、こちらからか……。

視覚に頼れない時、何をあてにするか。そういう時のため、ワンショウは嗅覚を鍛えてきた。狗と称されるほど、人の平均をはるかに越える数の匂いをかぎ分けることができる。サーカのそれは、おそらく人並みだろうが、精一杯集中すれば、ワンショウの体にたっぷりと染み付いた血の匂いを辿れるだろう。そして、遠くからその匂いを感じるには、風にのってきたものを捉えるのが一番だ。

つまり、風下から奴は近づいてくるとワンショウは読んでいた。果たして、風上にむけた顔とは逆方向から、何かが迫ってきている。あとは、充分ひきつけた所で、振り向いて一撃、だ。

声は出せないが、ワンショウの顔面は引き攣った笑みを浮かべていた。それから、ワンショウはいきなり振り返った。

「――――うん?」

そこには誰の姿もなかった。視線の端に、小さな獣がいた。犬程度の大きさの、お(こぼ)れを狙ってくる肉食獣だった。ワンショウの匂いを死臭と勘違いして近付いてきたのであろう。小心な質なので、発見されたと知るや、慌てて逃げ去った。

「ち……」

当てが外れたワンショウは前に向き直った。再び周囲の気配を探り把握し直すまで、僅かに時間がかかる。その僅かな間に、何かがワンショウの背後に迫った。

ふんわりと、あくまで緩やかに、ワンショウの背後から腕が回された。その動きは静かなだけではなく、一切の険しさもなかった。優しさすら感じられ、女の腕に抱かれている時を思い出したほどだ。

やんわりと、それでいてしっかりと、背後から回された腕は、ワンショウの首へと巻きつき、もう片方がワンショウの利き腕を抑えた。

「が……!」

一転して、万力のような力で締め付けられ、ワンショウはうめいた。

耳に息がかかるほど側で、男の声がする。

「足元を掬われたな――――(いぬ)に」

「き、貴様っ!」

突如背後に現われ、ワンショウを羽交い絞めにしているのは、サーカ・狸だった。

ワンショウの読み通り、サーカは風下から近寄ってきていた。ただ、狗が先行していた。何らかの手段で獣を誘導したのか、偶然に乗じて迫ったのかは分からない。ワンショウの気が背後から途切れた一瞬の隙を逃さず、サーカは距離をつめ、ワンショウを捉えた。

「獣の同類らしくないというか、らしいというべきか。なあ、どう思う?」

「……なっ! なめ……」

ワンショウが何か言い返そうと息を吐いた瞬間、サーカは腕にさらなる力を込め、ワンショウの首を捻った。そのまま締め続け、意識を無くしたのを確認して、サーカは力を抜いた。

「どっちでもいいよ、そんなこと」

それから、抱きしめた時の優しさが嘘のように、無造作に突き放した。



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