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星火燎原  作者: 更紗 悟
第五章【血戦】
101/117

乱れ、入る

 

  6


「ふぅ……」

 息を吐き平静を取り戻しながら、リェンは周囲を見渡した。

 クウーの参入により戦場は荒れてしまっている。やはり、と言ったところだ。ただ、彼が後ろからごり押しした事により、前線を押し込むることに成功しつつあった。その分密度が高くなり過ぎてはいまいかと気になるが、バシーたちの歩みが止まらなければ、リ・ウ・鵬まで到達する。そこまでいけば、あとは―――。

「――――あいつが、仕事をしてくれているならば、か」

 姿を消したサーカを探して、全体を見渡す。彼が狙うとしたら、それなりの大物だ。三大将はすでに落ちた。リ・ウ・鵬に近づくには、まだその防護は厚過ぎる。であるならば、ダズグスルを先に落としてくれるとありがたいのだが―――、とリェンは期待した。

 元々そのダズグスルを止めるのがリェンの役目である。それを後回しにした一因に、サーカの独断行動があるのだから、上手く仕留めてくれていないと困る。

「お、いた」

 そのダズグスルに視点を合わせたところ、彼のすぐ前で小競り合いをしている一組の統士がいる。

 サーカの得意とする戦法は、隠遁による奇襲だ。本業の暗殺者ですら舌を巻くほどの腕前だと言うが、どうやら見付かってしまったようだ。今回は運が悪かったのか。それとも、ダズグスルへの評価がまだ低かったのか。

 サーカの相手をしているのは、長い手足を持ち、痩せこけた男だった。頬が削げてみえ顎が前に突き出て、しかも眼光が鋭い。山嵐のように尖った黒い毛髪。狼が二足で立ち上がったらこんな感じだろうかという按配だ。獣じみているという点で、近付いて来る気配に敏感なのかもしれない。その所為で察知されたのだろうか。

「リェン様、新手が」 との報せに、意識を戻す。

 新手といっても新規導入された伏兵ではなく、リ・ウ・鵬の陣の最後列にいた者達が前に押し出されて来たようだ。数も大したものではない。だが、彼らの登場で、特にキョウの部隊から動揺の声があがる。

 その部隊は、煌の統士ではなく、明らかに異国の者達で構成されていた。ドウゴたちと装備が似通っており、彼等が動揺していたことからも、キョウの者達なのは明らかだった。おそらく家族か何かを人質にされ、従う事を強いられていたのだろう。その彼らを前面に出し、盾として用いようとしている。

 同胞に対する最低の扱いを見せつけられ、ドウゴは燃え上がる怒りを抑え切れなかったようだ。キョウの部隊を集結させ、リ・ウ・鵬の元へと突撃していく。

 怒涛の勢いで、前にいるバシーらを押し退けてでも進むといった剣幕で、ドウゴは苛烈に突き進んでいく。だがその先に、同胞達が差し向けられる。手を出しににくいと踏んでの、足止めだ。

 ところがドウゴは容赦しない。どこまで近しい者達だったかは定かではないが、彼は立ち塞がる同胞を手にかけた。続く者達も躊躇わず、ドウゴに倣って切り払っていく。

 どういう事情があるにせよ、一度向かい合った相手には容赦しない。キョウの部隊には、そういう覚悟があるらしい。後に側にいたものから聞いた話では、彼らは涙を流し苦しげに顔を歪めながらも、それでも手を緩めず、渾身の力を振るい続けていたと言う。守るべきものがあり、そのためになると覚悟を決めたなら、他の一切を切り捨てる。彼らにはその強い意思があった。



「まあ良い」 と、ダズグスルが言葉を発した。それから、ワンショウ、とサーカの相手をしていた者を呼びつけた。「そろそろあれらも、腹を空かして抑えが利かなくなる頃だろう」

 怪訝な顔をするサーカらに、ダズグスルは余裕の笑みをみせる。ヒヒヒッと、ワンショウと呼ばれた男が嫌な声で笑い、懐から笛のようなものを取り出した。大きく息を吸い込み、そして吹き付ける。遠くでその音に応えるようにして、いくつもの音が連なる。

 ほどなくして、大地が震え、重低音の唸り声が聞こえ始めた。


     *


 リェンは何がやってきたか、すぐに察した。森より帰還した後、ライに詳細を聞き出していた。その時はこういう可能性もあるかと思っていたが、最悪な事に実現したようだ。

「あれは―――」

 バシー軍、キョウの部隊が密集している箇所の、その側面の森から、何かが大勢で飛び出し始めた。

「――――シンバンだっ!」

 それだけではない。追い立てられるようにして、数十頭もの多種多様な獣が戦場になだれ込んで来た。恐慌状態に追い込み、この場へと誘導してきたようだ。

 中には人の背丈の倍くらいありそうな長毛に覆われた獣もいる。興奮しているのか、長い牙をそこら中に叩きつけて、荒々しく足踏みしている。大隊長達が遭遇したという巨獣だろうとリェンは気付いた。

 聞いていた分では、だいぶ穏やかな獣に思えたが、今はずいぶんと違う。おそらくは、シンバンにより感情を操られたか、我を失っているかしているのだろう。それが、十頭もいる。

 密集しているがゆえに、動きの変えられにくいバシーらの只中に、その獣らが突進していく。ある者たちは蹴飛ばされ、ある者たちは踏み潰される。ある者は巨体に怯み、ある者は果敢に切りつけるが、分厚い毛皮と皮膚に阻まれ、動きを止められない。固まりとまどう小さきものなど眼中にないように、獣は人の群れを分断していく。

 綜正規軍に動きがあった。必死になって、とある怪我人の固まりに集まりつつある。念入りに陣を組み、後退していくのは当然で、そこにはバシーがいた。獣に踏まれたのか、ぐったりしたバシーの胸は陥没していた。

 巨獣が闊歩して、その合間を獣が駆け回り、そしてシンバンが飛び跳ね回る。煌はその混沌に巻き込まれないよう距離を取り、なおかつこちらの逃げ道を塞ぐよう圧力をかけてくる。せっかくこちらが押していたのに、あっという間に総崩れしかけている。

「まずいな……」

 流れを変えないといけない。それには、一点を突破できる巨大な牽引力が必要だ。リェンは辺りを見渡し、頼るべき人を捜す。

 バシーは倒れた、ドウゴは怒りで周りが見えていない、ミウムは――――。

「くそ、あいつら」

 ミウムは前線に参加する気がない。それどころか、すでに敗色濃厚と判断したのか、撤退の準備を始めている。彼らがこちらの命を聞かず、役に立たずとも、そこにいるだけで意味があった。いつ動くか分からない一手で居続けたからこそ、敵も警戒し、動きを制限していた。それが、あっさりと逃げを打つなんて。

 ――――いや、違うのか? リェンは思い直した。ただ傍観していただけでなく、罠に嵌めようとしていた、のではないか? 主グントラターグの密命により、我々が全滅するように誘導した、のかもしれない。

 最初にタン・アデオで目撃された統士団というのは、やはり彼らだったのか? そうして、煌に敵意ありと綜の側に錯覚させ、ここまで導いた? いざとなれば味方になると欺き、結局突き放すのか。

 グントラターグに叛意があるようだというのは、以前から彼の態度で問題視されていた。それはやはり、事実だったのか?

「だが最悪ではない」とリェンは呟く。

 直接自分たちを囲い込み、壊滅させようという意志はない。同志討ちを始めたなら士気が極端に落ちる。それに比べたら、まだ自由が残っている。

 追い詰められている。だが、まだ終わった訳ではない。振るえる刃があり、まだ動ける。ならば手の打ちようがある。


     *


 獣達の乱入による混乱は、当然と言うべきか、煌の統士達にも伝わりつつあった。綜側だけを混乱に貶める展開を狙っていたのだろうが、言葉の通じない獣のすることだ。次第に制御が利かない所が出始め、動きが乱れている。

 何とか手の内に収めようと目の前の出来事に集中していた。何とか抑え込もうと必死になっている。当然のことだろう、ここで破綻を起こし、自軍にも被害を出せば自滅も良いところだ。下手をすれば街にも影響を及ぼす。誰もが目の前に必死となるあまり、人の合間を縫って駆け抜ける影は見落されていた。煌の者達がそれに気付き、乱入を防ごうとしたところで手遅れだった。

 陣の一番奥、満足げに戦況を見ていたリ・ウ・鵬。これまでは統率の取れた統士達による壁ができており、バシーが必死に切り込もうとしても阻まれてきた。だが今は、どう動くか分からない獣達に気を取られ、その補助に人手を取られ、隙ができていた。

 敵味方問わずの混乱の中にあって、まさか単身飛び込んでくる者がいるとは思っておらず、周りの者達は驚いていた。だが剣を突きつけられた当のリ・ウ・鵬は、目を細めてどこか楽しげだった。

「サイアトンを落としたのはお前だな。中々やるじゃないか」

 一気に片を付けるつもりであったサイトは、一旦剣を引いて構え直した。

「そちらこそ。中々どころか、一番だな」

 これまでにない威圧感に、サイトは緊張していた。陣の奥で動かず、獣を戦に導入するくらいなので、実戦型ではないと見込んでいた。

 だが、直面してみて分かった。身に纏った覇気からして、戦闘が不得意どころか、三大将以上の腕前だろう。『守』分カント級というのは伊達ではなく、全力で挑んでいても、勝てるかどうか怪しいものだ。

 対してサイトは、サイアトン相手にかなり消耗しており、ここに飛び込むのに多少の無理をした。すぐさま頭を抑えれば問題ないと見込んで短期決戦を仕掛けたが、これは際どいかもしれない。厳しい闘いになるとサイトは覚悟した。




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