おはよう
「ふああぁぁ・・・・ん?ああ、泊めてもらってんだっけ」
ブンザバンザはカランの家で、この里に来て初めての朝を迎えていた。
色々と図太い彼は堅い地面で野宿してもまったく気にもならないが、久しぶりのちゃんとした寝床の寝心地は素晴らしいものだった。おかげで目覚めも爽快、眠気はすっかり取れていた。
昨晩は料理が無くなってからもひたすら二人で蜜玉酒を飲み交わしていた。彼の故郷の酒と比べると酒精は大したものではなかったがその分量を飲めてしまい、最後の方は二人とも顔を真っ赤にして笑っていた記憶がある。カランもなかなか強いらしく、故郷でもかなり強い自信があるブンザバンザと張り合えるほど飲んでいた。
そのカランだが、部屋から出てみてもどこにもいない。どうしたのかと首を傾げていると、家の外、庭の方で音がした。カランの臭いもするのでそちらに向かう。
「おっ、ようタロ」
庭に出てみると、真っ先に相棒のタロと目が合った。タロは庭の端、朝日のよく当たる芝生にどっしりと座り込んで寛いでいる。
タロは普通の馬と比べて良く座る。馬は外敵が来てもすぐに逃げられるように立ったまま寝たり休んだりと出来たはずだが、タロの生物的な頑強さや感覚の鋭さは並みの馬など及びもしない。頻繁に座れるのは強者の余裕なのだろうなと、ブンザバンザは勝手に思っている。
そのタロの視線の先、ぶんぶんという音がする方向に顔を向けると、木剣を握ったカランが激しく動き回っていた。
着ているシャツと長ズボンは薄手でなんの装飾もなく、おそらくは部屋着だろう。だが額に汗を滲ませ真剣な面持ちで踊るように木剣を振る姿は力強く、素人であるブンザバンザですら戦士の在り方を見せつけられている気分にさせられる。
カランは目で追うのも大変なほど素早く激しい動きで回ったりしゃがんだり飛び跳ねたりを暫く続け、やがてぴたりと止まった。そこでようやく彼女の纏っていた空気が緩む。
「ふうっ」
「凄かったな」
「ああ、おはようブンザバンザ・・・あっと、ブンだったな」
「別に言い直さなくても良いんだけどな。訓練か?」
「そうだ。さぼると鈍るからな」
カランはそう言いながら手拭いで汗を拭いている。一昨日ぼろぼろになっていたのが嘘のような回復具合だった。
「精霊人の回復力っていうのは凄いんだな、もうすっかり健康体か」
「うん、ほぼほぼな。栄養と休息が足りていればこんなものだよ。ほら、ここの傷も塞がってるだろ?あとこっちも」
「良かったよ。にしてもさっきの動き、あんた本当に戦士団長なんだな」
「ええ?信じてなかったのか?」
「いやいや、そうじゃなくてな。訓練の様子を見せられてようやく実感したというか」
「そうなのか。戦士団があるからと言って常に戦闘続きなわけじゃあないからな、空いた時間はこうして自分を鍛えて有事に備えるんだ。あとは警備をしたり里の皆の手伝いをしたりだな」
そこまで言って、カランは何か思いついたような顔になる。近くに立てかけてあった長い棒を掴んでブンザバンザに向かって放った。ブンザバンザは良く分からずに飛んできた棒を掴む。
「お?」
「せっかくだ、稽古に付き合ってくれ。得物はそれでいいだろう?」
「は!?いやいやっ、俺戦士じゃねえぞ!狩人だ狩人!」
「でも槍は扱えるだろう?昨夜トロゥとやり合ったという話を聞いてから興味があったんだ」
「やり合ってない!剣を防いでただけだって!対人で槍を使ったことなんてほとんどねえよ!」
「ますます興味がある。トロゥのことはもう嫌いだが、奴の剣は本来素人がしのげるものじゃない。あなたの動き、私にも見せてくれ」
言うなり、カランは木剣を軽く振って構える。口元は楽しそうに笑い、瞳はきらきらしているように見える。すうすうした緊張感を煽る空気も鼻に届き、本当にやる気のようだ。ブンザバンザは急な話の流れに困惑しつつ、取り敢えずで棒を両手で握り体の前で構える。
「まじでやるのかよ・・・」
「なに、加減はする。それに運動した後の朝食はきっと美味しいぞ。私が攻めるからブンはそれを防いでくれ、行くぞ!」
「いい!?」
本当に突撃してきたカランは、右手に持った木剣を流れのまま振りブンザバンザの胴横を狙ってきた。ブンザバンザはそれに対し技術もなにもない動きで棒を振り、胴体を叩かれる直前で防いだ。
するとカランは彼の目の前で弾かれた勢いそのままに横回転し、逆の方向から肩口を狙う。棒を斜めに持ち上げ、またもぎりぎりで防ぐ。
すると防がれた木剣をするりと引き戻し、カランは突然体勢を低く落とす。嫌な予感に従ってブンザバンザが後ろに飛び退くと、数瞬前まで彼の右足があった場所にびゅんと音を立てて木剣が薙ぎ払われた。飛び退かなければ脛を殴られて酷い目にあったことだろう。
たった三手だが、もうこの時点でブンザバンザの全身には汗が滲んでいる。二度木剣を防いだだけの両手はじんじんと痺れていた。
カランはすくっと姿勢を戻し、驚いたような喜んでいるような表情をしている。
「うん、なかなかだ!」
「本当に加減してるか!?手がびりびりするぞ!」
「何言ってるんだ、まだ本気の半分、そのまた半分くらいだよ」
「嘘だろ・・・」
「いやしかし素晴らしいな!対人の素人とは思えないよ。反射神経がずば抜けているのかな?」
「まあ、やり合うとしたら基本魔獣相手だったから、反射神経はあるかもだが・・・」
「そうかそうか!いや思ったより楽しくなってきたぞ、もうしばらく付き合ってくれ!」
「ちょっ、おいっ!?」
手は抜いているらしい、しかし本当に楽しそうなカランの相手をしているうち、彼女は戦闘狂の気があるのではと不安になるブンザバンザだった。
しばらく後、カラン宅の庭にはあちこち叩かれたブンザバンザが汗だくになって転がっていた。
「ぜえ・・・ぜえ、はあ・・・」
「いやあ、良い運動だったな。ブンもとても良い動きだったよ」
「そりゃ、ぜえ・・・どうも」
「本気は出さなかったとはいえ、こんなに防がれるとはなあ。これは才能がありそうだ。いくらか当たったが、そんなに痛くなかっただろう?」
「いや痛えよ・・・これで本気じゃないとかどうなってんだ・・・。あのトロゥとかいう奴よりずっと早いし・・・」
「あっはっは!そりゃあ団長だからな、私」
そう言ってこちらに手を差し伸べてくるカランは、汗だくながらも実にすっきりした笑顔だった。どうやら大満足の様子だ。手を取り、ひいひい言いながら立ち上がる。
「よし、水浴びをしたらご飯にしよう。裏に水浴び用に色々置いてあるんだ、先に使うか?」
「いや・・・もうちょい息整えてから・・・」
「そうか。じゃあ先に私が使わせてもらおうかな。終わったら呼びに行くから、それまで裏には来ないでくれよ?」
「おう・・・・」
なんとも朗らかに家の裏手に入っていくカランの背中を目で追い、ブンザバンザはぶへえと大きく息を吐く。視界の端では我関せずと言った様子でタロが寛いでいた。




