第74話 筋力比べ。0.5ランク差編
筋力のランク差を比べる……二つの案が出た。
一つは地面に寝そべって、腕相撲。
もう一つは、お互いの手をがっちり組んでの押し合いだ。
「押し合いッす」
「押し合いよね」
「押し合いだな」
三人のギルマスがそう言うので俺も異論は無い。確かに寝そべっての腕相撲は押し合いに比べて迫力に欠けるしな。
まず最初に筋力がD+のDランク機体と筋力がCの機体で、0.5ランク差がどの程度のものか調べることになった。
「それじゃ今度こそ俺がCランクのに!」
「ふむ、なら俺がD+で行こう」
クロマツさんと龍角さんが手を上げる……この人達……実験に積極的に貢献してくれると言えば聞こえはいいが、単に乗りたいんだろうなー……おーおー、ギルメンから壮絶なブーイングが。
女子会は余った機体を仲好く乗りまわしたりしているし、実験には副ギルマスの天音さんも参加しているから、男子みたいな騒動は起きていない。
うちは……騒動になるほど人数がいないと言うか、仲良く料理に舌鼓を打っていると言うか、談笑していると言うか。
「? あらあら、そう言えば……」
「どうかしたのですか、桜子さま?」
「このソーセージの味なのですが、多分うちの会社のデータが使われているんじゃないかと……味は大分ボケているのですが……」
桜子の言葉に、そう言えば彼女の母親の会社とロボオンの会社が技術提携していると言う話を思い出した。そして彼女の母親が身一つで起業を成功させたことも。
「つまり、桜子の会社はVRの『味覚』関係の会社ってこと?」
「はい、そうです。ドイツ料理の味をVRに落とし込んだ会社としては有名なんですよ」
VRで五感の再現が簡単な方から上げて行くと、視覚、触覚、聴覚、味覚、嗅覚と言う順になる。
視覚、触覚はVRの基本設計者が情報を公開したために容易くなっているが、今でもリアルに近づけるために色々改良が施されている。
しかし、この世界が嗅覚の再現すらしているリアルな世界だと思ってたら、色々な会社からの技術を買って使っているのか……どんだけ金を使っているんだ?
そんな下世話な話を中学生にするのも何なので、この話題はここまでにしておこう。
「味が大分ボケているのは、あれじゃないか? ランクSSあたりまで行くと原作完全再現とか」
「なるほど……」
それとももっとうまくなるのか……つーか、試しに食べてみたけどこの極太のソーセージ滅茶苦茶うまいんだが……これで味がボケてるって……令嬢の舌は化け物か!?
うん? 味がボケ……
「もしかして痛覚が二分の一になっているせいか?」
「? どう言うことでしょう?」
ソーセージにはスパイスがつきものだ。そして人間の舌が感じる辛味とは実は痛みだと言うのは有名な話。辛いものが好きな人は実はM? と言う様な説も一時期はやったっけな―……
「――そんなわけで、痛覚が二分の一になっているロボオンの世界じゃ、味がボケちまうのかもしれない……」
「なるほど」
スパイスの辛味が半分以下になっちゃうんだからな。味がボケる……つまりパンチが弱いと言うことなんだろう。
俺にとっては辛いソーセージだとは知らなかったから、普通においしいと思えたんだけどなー……本物を知っている人間には物足りないものだったらしい。
こうなると料理を食べる時だけ痛覚を元通りにしてもらいたいもんだな。今度、アンケートに書いておくか。
――と言う様な、本編? とは関係ない内容を話しながら、俺たちはデュラハン同士がガッチリと手を組んで、お互いに押し合うポーズを取るという準備の態勢が整うのを見届けた。
まずは瞬発力を使用しない『通常起動』で確かめることになった。
ハイ・ゴーレムには『通常起動』と『戦闘起動』の二種類の起動モードがある。通常起動には走行モードと言うものがあるらしいが、ぶっちゃけ機体を走らせようとすれば勝手に切り替わり、歩けば元通りになるのでぶっちゃけ走る時は魔力の消費に気をつけましょう、と頭の隅に入れておけばいい。
さて、戦闘起動とは文字通り戦闘するためのモードである。筋力と俊敏に瞬発力の補正を入れて、さらに人の時に使えるスキルを使えるようにする……が、消費魔力のランクで低減できるものの莫大に魔力を消費していくお約束のモードだ。
瞬発力――瞬間的に作動する筋力の力だ。これがあるから、筋力を増やすだけではスピードが上がらないと言われている。意識的に身体を動かしたり、食べ物に気を使ったりして、速筋と言うものを鍛えなければならない。
だが、ハイ・ゴーレムの筋肉は人間のと違う人工筋肉――魔力と言うエネルギーを使って動かす力だ。魔力を大量に送り続ければ一瞬の爆発が、瞬く間に続いて行き……常に瞬発力の補正を得られると言うわけだ。
人間で例えると、握力計で握力を図る時に最初に勢いよく出す力が、常に出せる感じになると言うことかな?
ちなみに、俺はいまだに『戦闘起動』を使ったことは無い。野良ウルフたちを倒した時も普通に通常起動だった。
え? 何故使わないのかって? ……いや、ロボットで普通の大きさの生き物を倒すのにさえためらうのに、全力で倒しに行くって……人間相手にハ○パーモードやト○ンザム使うようなもんじゃないか? 相手がマスターなテリオンさんならともかく。
それにちょっと派手らしいのだ。ただでさえ未だ目立つハイ・ゴーレム……しかも姿を隠せないガラス張りでやりたくは無い。人がいないところまでわざわざ行って試すと言うのもなー……
『いくっす!!』
『応っ!!』
うわ、カッコいい。きっとあのおうは文章に直すと応ッて感じになってるぞ。
お互いにからませていた指がガキンッ!! と言う甲高い音を立てた! それから、ギギギギギギッ……!! と言う金属がこすれ合う音が響く!
腕の押し合いだけにとどまらず、相手を押そうと両足に力が入り、草原の土を削っていく……!!
数秒の停滞――だが、押し始めたのはやはり……!
『おりゃああ!!』
『ぬうっ!?』
徐々に。だが確実に、クロマツさんの緑のデュラハンが押し込んでいく。クロマツさんのゴーレムが一歩前進し、龍角さんのゴーレムが一歩後退する。それが続き、最後にはドシャア!! と倒された。
半ランク差だとほぼ互角……だが、純粋な力比べをすると確実に半ランク上の機体が勝つと言うことか。
このくらいなら決定的な差と言うほどでもないかな。戦闘と言うのは単純な力のお試合じゃないし。パンチ力が強い方が絶対勝つなんて単純なものだったら、格闘家はパンチングマシンで決着をつければいい訳だし。
ん? じゃあ、何で走りの時は半ランク差なのに差が結構開いたんだろうか? ああ、走りは瞬発力の影響を受けるんだったか。さすがに瞬発力だけを比べる方法は無いぞ……?
瞬発力だけ違う機体を造れればいいんだろうが、瞬発力は人工筋肉、コアなど多数のパーツが関わるので、さすがに無理だ。
さて、次は俺のデュラハン一号とDランクの機体で筋力比べだ。俺の機体はB+で、相手の機体はD+なのでちょうど2ランク差である。
「俺はお断りっす!!」
「私も嫌よ」
「俺はさっき負けたぞ……」
完全な負け試合にギルマスもギルメンも腰が引けてしまっていた。公開処刑の開始とその生贄は誰だろうか? 楽しみだなー……なんて思ってませんよ?
「マスター……悪い顔になってます」
「ふっふっふ。アイリス君。君もだよ」
くっくっくっく……と俺たちは笑いながら一号機に向かって歩き始めた。
ソーセージのくだりは実は未来の4ルートの一つへの伏線だったりします。ヒロインがあの人の奴ですね。
この意見が取り入れられて、ダメージを食らう恐れのない安全地帯では食事のときには痛覚が完全再現されるようになり、それから少ししてフィールドなどでもダメージを食らう直前まで食事の時は痛覚を完全再現する技術が生まれるわけなのですが……
ここまで一気に読み進めてくださった新規の皆様なら覚えていらっしゃるかもしれませんが、主人公が都市伝説のように語った『痛覚完全再現で死ぬような~』のも伏線でして、この二つを利用してデスゲームを作り上げるわけなのです。
もとからあるシステムに手を加えるだけならAI達にとっては簡単なことですからね。ログアウトはできるけど、その瞬間に痛覚完全再現で死ぬような痛みを与えるという……確実ではないので死ぬか死なないかは運や心の強さにもよりますが、そのギャンブルに乗れる人はそう多くはないかと。
お気に入り登録、感想、評価ありがとうございます。無茶苦茶、返信したい良いところを突いたご感想が増えているのですが、コラリスの部屋までもうしばらくお待ちください!
来週の日曜にはイベント戦の終りまで書けると信じて。それでは。




