第61話 たまには大人らしい対応を
東方院 桜子の話を聞こう。
そう考えた俺を、俺のことを良く知っている人間ならあれ? と思ったことだろう。一週間と少し前……俺は、香坂に話しかけこそしたものの、厄介事だと思って逃げ出そうとしたのだ。
そう、俺のスタンスは逃げられることなら逃げる。逃げられないことなら立ち向かう……だ。
――今回の件は、確実に厄介事だ。間違いない。
……だと言うのに。俺は逃げると言う選択肢を除外した。その理由はアイリスにあるだろう。
アイリスの心の成長に、俺の行動が少なからず関わっていると言うのなら。アイリスの前だけでは、大人として間違った行動はできないな……と思ったのだ。
十四歳の家出少女(修行中・未遂)を放って、後でラムダさん辺りに丸投げするというのはカッコいい大人とは言えないだろう。
――そんなわけで、俺は東方院さんの話を聞くために、近場にあった巨大な木の根っこにお互い座った。アイリスとチビ白虎――シロコ(女の子)は近場を駆けまわって遊んでいる。
「それで東方院さん。話したくないなら話さなくていいけど、家出したいってどういうことかな?」
横に座ると、同じくらいの身長なのに彼女の方が低くなることに軽く絶望しながらも、胸の中で足なんて飾りですよ! と言う謎の励ましメッセージが鳴り響いて何とか立ち直る。
東方院さんは困った顔をしつつ、自分の身の上話をした。
曰く、家は凄いお金持ちなんだとか。
曰く、家はお城みたいなんだとか。
曰く、使用人がたくさんいて、コックもお抱えが十人ほどいるんだとか。
……他にも乗り物は自家用ヘリ、自家用ジェット、エトセトラエトセトラ……正直、狭い日本そんなに急いでどこに行く? というフレーズが普通に浮かんだほどだ。
金持ちな理由を聞くと言うのは、結構バカらしいと思うのだが、彼女の家の金持ちな理由は結構ドラマチックだった。
彼女がこの仮想世界で使っている身体は当たり前の如く仮のもの。とはいえ、性別を偽ること、身長を変えること、体格の大幅な変更は出来ないだけで、別人の様に造り変えることも可能だが、彼女曰く、ほとんど現実と変わらないらしい。
彼女の金髪とルビーな瞳は、なんでもドイツ人の母親譲りのものらしい。ルビー……たしか赤色の瞳はものすごい珍しいんじゃなかったか? 吸血鬼にとってはテンプレなんだけど。
そして彼女の父親は、日本の旧家の人間らしく、彼女のその高貴な所作は家の人間の手によって幼いころから教育されて身に染みてしまったものらしい。身につけたものと言わないのは、オン・オフが出来ないかららしい。そこらへんも、安全かつ、様々な人間と出会えるVRMMOで学びたいらしい。
俺が思ったのは、旧家……家柄が大事な人間が良く、外国人の人と結婚したなと言うことだ。
「どうも父は、先祖が遺してくれた金を削って過ごす毎日に、このままでは何世代後かに家がすたれると思ったらしく、家に新しい風を入れようと――つまり、自分の身一つで海外で企業を立ち上げた母と結婚することにしたんです」
彼女の母親は海外で大きな会社を造ったが、家柄、人脈が普通の家出身だったので足りずに、さらに事業を拡大させるにはそこら辺を補ってくれる人間を探していた。
そこで、政界にすら通じる人脈を持ち、日本の中では高貴な家柄の東方院の父親が最適だった。
家の財産を浪費するのではなく、使いこなせる新しい風を求めていた父親と、家柄と人脈を求めていた母親の目論見は一致し、二人は結婚することになった。
そして――彼女の家は大金持ちになった。
二人ともそんな理由で結婚したためか、仕事ですれ違ってばかりいたが、三十半ばで子供が出来てからはラブラブになったらしく、家はドイツ人の母親が夢見ていたお城チックな新築を立て、子供の教育は父親の家を継がせるために日本古風のものを。
そんな中で育った彼女とその兄だったのだが、彼女は常々そんな生活に疑問を思い浮かべていたらしい。
漫画などを読むと、自分の様な金持ちの少女は世間を知らず、凄い意地悪なキャラばかりだと言うのだ。もしくは世間知らずで天然か。
そんなわけで、使用人に頼むだけでほとんどの願いがかなう彼女は、口調と所作だけは直せなかったものの、割とまともな良識や常識を得てしまった。
――そう。得てしまったのだ。
将来、人を使う人間にいらないモノ。あっても困るモノだ。例えば数十億の資金を会社で使う時に、この金があれば飢餓で苦しむ子供が何人助けられるかなぁ……とか、こ、こんな大金使うのが怖い……! と言う、一般庶民の良識、常識、そして感覚は邪魔でしか無い。
まあ、得てしまったものはしょうがない。問題は得てからだった。
良識、常識、一般人の感覚を手に入れてしまった彼女は、金を湯水のごとく使う生活に嫌気……と言うほどではないが、疑問と言うか、違和感が付きまとったのだと言う。かと言って、使用人全員をクビにして、母親の夢だった城の様な家を壊して質素な家にしろとは言えるわけもない。
だけど、違和感は消えるわけもなく……気づけば、
「一度家を出て、自立した生活を送ってみたいと思ったのです。一人で、誰の助けも借りずに生きていける力が欲しいと思ったのです」
それは家出とは言わないんじゃないか? と思うのだが、両親が許してくれるはずもないし、一人暮らしが許されても普通にセキュリティが万全なマンションに、外で歩く時は屈強な護衛付きになりそうなので、結局は家出に近い形になるらしい。
まあ、何と言うか……贅沢と言うか……衣食住すべてが満たされて、さらに一般家庭と比べて金に困ることもない生活を捨てたいと言う願いは、贅沢としか言えないだろう。
――だが、それは俺と言う人間の感覚だ。彼女の苦しみは贅沢の一言で切り捨てていいものではないのだろう。
もしかしたら、性同一性障害と同じような苦しみなのかもしれない。一般庶民の感覚や考えを持ってしまったのに、目の前に広がる光景はそれとは真逆のもの……そして、それは自分ではどうしようもないものなのだ。そう考えると、苦しいのだろう。
うーん……これは……俺ではどうしようもないな。人の精神的な悩みを解決できるほど人生経験が豊富なわけでも無ければ、そこら辺の授業科目を取ったこともないから。
俺ができるのは、彼女が見た目とは違う年相応な勘違いを正してやることだろう。
「なあ、東方院さん」
「はい?」
「家出はともかく、自立した生活って言うのは、誰かの助けを否定することじゃないんだよ」
彼女は言った。『誰の助けも借りずに生きていける力が欲しい』と。
俺も彼女の年頃の頃、家出を考えたことや、全ての人間関係が煩わしく、一人で生きて行けるかと考えていたこともあった。
まあ不可能だ。山奥で仙人の様な暮らし……自分で作った野菜や、自分で取った動物の肉を食べて生きて行くと言うのは不可能ではないだろうけど、それは大病を患ったらそのまま死ぬしかないと言う生活だ。
一人暮らしができるかと、一人孤独に生きていけるかは全く別物だ。俺も一人暮らしはできるが、誰の助けも借りないのは不可能だ。それには死にそうになってもだれの助けも借りないと言う、死ぬ覚悟に似た悲壮なものが必要だろう。
風邪の時は誰かに助けてほしいし、困った時は誰かに声をかけてほしい……そう思うのは弱いと言うことなんだろうけど、それは人間に必要な弱さだと思う。
「俺は一人暮らししてるけど、親の金でやっている分、偉そうなことは言えないけどさ。一人暮らしに必要なのはいざという時、誰かに素直に頼れる力だと思う」
――時に米がないとか、ゲームとVRシステムを買う金がないとか……って、これは違うか。
「その点で言えば、君の相棒、シロコは優秀だと思う」
「シロコさんがですか?」
「ああ……君の装備から見るに、今日あたり生まれたわけだろ? なのに、助けてくれるかどうかもわからない、もしかしたら辛辣な対応をされるかもしれない相手に、言葉すらも通じない相手に……自分のマスターのために必死で助けを求めたんだから」
「……!!」
倒された所で死ぬわけじゃないにしても、それは俺たちの感覚だ。彼女たちにとってマスターが倒されると言うのはとても悲しい事なのかもしれない。それは自分が役に立てなかった証みたいなものだから。
「君も必死に頼んでみろよ。一週間でも期限を区切れば、一人暮らしの許可は下りるかもしれない。それで、そこでしか生きられないと思ったのなら、家出するしかないんだろうけど……」
彼女はフラフラ立ち上がり、アイリスとシロコの元へ向かう。俺はその背中に俺ができる最後の言葉をかける。
「このロボオンの世界で自立できる練習をするって言うのは、無駄じゃないと思うから続けてみれば良いと思うよ。そして……困ったことがあったら、俺を頼ってくれ。知った相手になら頼りやすいだろ?」
「……はい」
……さて、うちのアイリスが空気を呼んでシロコの元から離れてこっちへ向かってくる。何だか甘えたそうなので久しぶりに抱っこしてやる。
――そんな俺たちの視線の先で、森の静かな空気と木漏れ日に包まれながら、涙を流しながら白虎を抱く少女と、困った顔をして鳴く白虎の姿があった。
一人で生きていけるキャラが弱さを受け入れるシーンは、結構好きだったりします。ガ〇ダムWの最終回のやり取りは、たまに見ると胸にジーンと響きます。
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これでロボオンに登場する主要キャラの実家の話は終わりですかね。退屈に思うかも知れませんけど主要キャラは大事にしたいので……ん? 何気にネタバレをしたような……気のせいか(笑)
それでは次回で。
追伸・性同一性障害を例に出すのはどうかと言う感想が入りましたが、主人公がその病気をバカにしているわけではないこと、もしかしたらと同じものと扱っていないこと、名前を出すだけでタブーにするのは逆に失礼なんじゃないか? と言う考えからそのままにさせていただきたく思います。
今回の話が不快に感じる方がいたら、申し訳ありませんでした。




