十二話 迷宮の暴走Ⅳ
『とうとう倒されちゃった。……後二体よ。討伐できる……かな?』
アルトラがそう言う。その通りみたいで黒虎はピクリとも動かない。確かに死んだようだ。まぁ、念の為虫を出して生死を聞くか。銀獅子が激情しているので、無駄足になりそうだけど。
それから銀獅子は今までの動きが嘘みたいに早く動く。今は時間的にすっかり夜になって月みたいなのが浮かんでいる。偶にたてがみに反射して位置は分かるのだが早すぎるので撃っても当たらない。探知系のスキルが欲しい。
偶に来るアルトラからの攻撃を避け続けていたら立体的な行動が楽に出来るようになった。……これはスキルを得たな。
今までの感覚からそう決めつける。そして、今度は三半規管が大丈夫なのかというくらいな動きをする。流石の銀獅子もこう動かれては難しい様で、一度動きを止めた。
俺は風を銃身の前に作って音を消すようにする。所謂サイレンサーと言う奴だ。これで銀獅子の両脚に氷弾を撃つ。上手く、右前足と左後ろ足に命中し、地面に縫い付ける。動けなくなった所をすかさず雷弾で頭を貫く。突貫に特化させていたので肉片をぶちまける事にはならなかった。流石にそれは可哀そうだ。
後はアルトラだけだが、そろそろ決着をつけたい。疲労もかなり酷い。
俺は片方の銃を仕舞い、自身を『風の鎧』で包む。空いた手で氷の魔力を集めて収縮する。合わせて水を加え、どんどん冷たくしていく。吹雪属性の魔力と風属性の魔力も加えてさらに冷やしていく。球はとっくにマイナスを下回って、風で冷気を弾いていても寒い。
始まりの時みたいな氷球を作り出す。しかし、大きさはあの時の比じゃなく、半径一メートルの球が五メートルまで大きくなった。
氷球に攻撃しようとしたアルトラはその手を止めた。そして、自身の体を抑え込み、自ら逃げないようにした。
『……ようやく……倒してくれる……のね、レイン』
「あぁ。後少しだ」
『そう。……私も後ちょっとしか……止められないわ。……その後は……理性も……無くなって……しまう。その……前に……お願い』
アルトラの声が震えている。それは何かを必死に我慢しているみたいだ。文字通り、自身の最期の力を振り絞っているアルトラの為に急ピッチで進める。
溜める事に集中できたお陰で氷球は思ったより早く出来た。極寒の冷気を纏い、掌に浮いている。これは生身で触ったら間違いなく凍るな。体の芯まで。
俺は作った氷球をアルトラに向けて投げ、頭に浮かんだその名前を言う。
「全てを凍らせ、『獄氷世界』!」
中二臭くて嫌なんだが、言わないと途中まで発動しなかったので言うしかない。恥ずかしい。
精神的に受けたダメージの分はあって、アルトラに当たると一瞬で凍り、銀獅子と黒虎も飲み込んだ。森に移る前に風魔法で押し返す。暫く、拮抗していたがやがて氷の勢いが無くなり、ようやく止まった。
俺は風の鎧+宙に浮いていたので問題は無い。そのまま移動し、アルトラを見る。アルトラは幸せそうな顔をしていた。
俺は風魔法でアルトラと銀獅子、黒虎を削り出して収納箱に入れる。後は魔力に物を言わせて辺り一面凍った所を溶かしていく。
***
全て溶かし終え、休んでいると珍しくキャロとサンから話しかけられた。それも最悪の報告を連れて。
『主様! ミーナ様が連れ去られました!』
『すいません! 私達が油断した隙に……』
『キャロ、サン。それは後だ。ミーナはどいつに連れ去られた? どっちに向かった?』
『はい。ミーナ様を連れ攫ったのはゴブリンです。南の方に向かいました』
『そっちにはゴブリンに関する何かあるか? それと他に連れ去られた人は?』
『南にしばらく進むとゴブリン達の巣があります。恐らくはミーナ様達に子を産ませるつもりです。合計で十人の女性が連れ去られています』
ちっ。折角、一仕事終わったってのに面倒ごと持って来やがって。その巣、ぶっ壊すか。
『主様!』
呼ぼうとしたらアルが既に来ていた。アルもずっと戦って疲れているはずなのにそんな顔は見せずに指示を待っている。
「アル。キャロ達の話は聞いたか?」
『はい。私ならミーナ様達が巣に連れ込まれる前に追いつけます』
「そうか。迷惑かけるがよろしく頼む。目安としてどれくらいでつけるか?」
『おそらく一時間弱です』
「分かった」
俺はアルの背に乗り、トップスピードで駆ける。水魔法の疲労回復と回復魔法でアルの傷や疲れを癒し、風魔法で支援する。この調子ならもっと早い時間で着くかな。
アルの背に乗って目的地に向かいながら俺は収納箱からショットガンよりも長い銃を取り出す。それに少し速度が落ちる。重さは風で強引に無くす。
「さてと。狙撃はやった事無いけど出来るかな?」
折れた剣身を作り変える。今作っているのはスコープだ。光魔法と風魔法を併用して遠近距離を見えるようになるまで改良する。十分経って、完成した。完成したスコープと狙撃銃を組み合わせる。
残った時間でゴブリン達の巣の殺し方を考える。一回で殺すのは何か嫌なので色々考えていると良い方法があった。
それは氷魔法の中級に属する『死の冷気』だ。アルトラに使った上級の『獄氷世界』の次くらいに強力だ。効果は単純。絶対零度の冷気を放つだけ。普通は放射状に放つこの魔法を風魔法の『通り道』で誘導すれば巣の中のゴブリン達は苦しみながら死ぬだろう。仕事を増やしてくれたお礼と唯の八つ当たりを兼ねた方法だ。
方法を確定した俺はアルのそろそろ着くという言葉に気を引き締める。
見つけたゴブリンは全部で二十。普通は夜に追いたくても追えないので焚き木をして休憩している。無駄に知恵が回るな。
俺は断りを入れてアルの頭の上に銃を置き、スコープから覗く。見えた物は予想通りの景色だった。ゴブリン達は五人一組で一人の女性を犯している。被害者は四人だ。まだ始まったばかりなのかミーナを含めた六人はまだ無事のようだ。だが、犯されている女性は堪ったもんじゃないだろう。俺もミーナがそんな目に合うと思うと怒りが込み上げて来る。
ふと、前世の記憶が甦る。陽菜が死んだ時の事。死ぬ前に何があったのかも。死ぬ直前まで陽菜は汚されていた。そして、偶然を装って陽菜を事故死にさせた。無くなった当時の陽菜の顔は悲しさで溢れていたのはいつ見ても色褪せる事はない。
『主様。落ち着きましょう。奴らに見つかります』
「すまない」
アルに諫められて初めて自分が殺気を放っていた事に気付いて抑え込む。
俺はスコープからゴブリンの顔を見る。その顔は凶悪で魔物ですらあっても欲望に満ちているのが分かる。
ゴブリンの中の一匹がミーナの手に触れた瞬間、トリガーを引く。一瞬でゴブリンの頭を撃ち抜き、絶命させる。普通は血が巻き散るが氷弾を使っているので、当たった所から凍りつき、血が飛び散る事はない。
俺は標的を変え、二匹目、三匹目と撃ち貫いて行く。若干外しても風で変更できる。撃ち続けて十を超えた所で奴らは俺の位置に気付いたようだ。手に粗末な武器を持って突撃してくる。それを冷静に判断しながら近い順に今度は雷弾で撃つ。ゴブリンは雷弾に反応出来ずに次々と倒れていく。ニ十匹を全滅させるまで掛かった時間は三十秒も掛かっていない。
ライフルを収納箱に入れてミーナ達の所に向かう。
「お兄ちゃん!」
俺の姿を見つけたミーナが一目散に駆け寄って来る。元まで来ると抱き着いて来る。それで安堵したのか涙を溢れさせる。
俺はミーナをくっ付けたまま、残りの女性の所に向かう。連れ去られた女性は、いや、少女達は互いに震えていた。外見は五歳から十歳ごろ。犯されていた少女達も互いに寄り添って震えている。
その中から一人の少女が出て来る。ミーナよりも少し短い茶髪に金色の瞳。華奢でも、その表情は同じ年とは思えないほど凛々しい。ミーナにも負けない程の美少女である。
「貴方は……?」
「僕はくっ付いているミーナの兄です。助けに来たので安心して下さい」
俺は少女の質問に答える。俺はアルにベルジを連れて来るように言い、行かせる。アルを行かせるとミーナを一度放し、四人の少女の方に向かう。なるべく怖がらせない様にして向かうのだが、よっぽど怖かったのかもっと震える。
「いや……」
「こな、いで」
「……やっぱりまだ怖いか。無理もない。……えっと、今からちょっと動かないでね?」
優しい声音でそう言う。少女達は言った事の意味が分からないのかキョトンとしている。それを逃さずに俺は水を作り出して少女達の体を綺麗にする。水浸しになったので布と風で水気を飛ばし、毛布を被せる。服はゴブリンによってボロボロになってしまった為の救済措置だ。
少女達は未だに動けないでいるので風で浮かし、一ヶ所に集める。俺も近くに座って休憩する。少し冷えるので風を誘導し、寒くならないようにする。ついでに毛布を数枚取り出して、残りの少女達にも配る。
俺も近くに座ると同時にミーナがくっ付いて来る。しかし、今までを思えば仕方ないので好きにさせる。もう一枚毛布を取り出して一緒に被る。
ミーナを撫でて救援が来るまで気長に待つ体勢になって休んでいると最初に声掛けて来た少女が近づいて来た。
「この度は助けていただきありがとうございます。レイン様」
「いや、当然の事をしただけだよ。そう言うあなたは?」
「申し遅れました。私はアルトハイム王国第二王女ラミリア・フォン・アルトハイムです」
げ、王女様かよ。このままフラグなんて真っ平御免だからな。
俺の心情を知ってか知らずか話を続ける第二王女。何とも面倒この上ない。俺はアルトラ達を倒して不眠不休でこっちまで来て疲労困憊なのに。ミーナですらそれを感じ取ったのか甘えるのをちょっと控えめにしている。
「これは王女様でしたか。私に何か御用でも? それともミーナにですか?」
「両方です。二人共助けていただいたので是非王都にお呼びしたいのですが」
「僕はそこまでの事をしていませんよ。寧ろ、ミーナの方が頑張ったのでは?」
「いいえ。レイン様は残りのゴブリンを倒して下さいました。それに私達の身を案じて下さる。だからこそ、この場にいるんでしょう? 私達が襲われない様に」
王女様の言葉に他の少女達はちょっと喜んでいる。
まぁ、流石にミーナだけ連れて帰る訳にはいかない。俺は罪悪感が沸くし、ミーナも認めない。
「ミーナ様もレイン様が来て下さるまでに私達を守って下さりました。そのお陰で無事な方が半分以上います。四名の方は申し訳ないですけれど……」
「そうですか。よく頑張ったな、ミーナ」
「えへへ~」
「あの、それで、来て下さるのですか?」
「僕は付き添いという事であれば」
俺の言葉に王女様だけでなく、ミーナも驚いている。普通は王女の様の方が驚きが大きいと思うんだが、ミーナの方が圧倒的だ。王女様はちょっと困惑気味だが、ミーナは動きを止めて目を真ん丸にしている。そんなにおかしいか?
ミーナに目線で問うと凄い勢いで頷いた。だが、放たれた言葉はちょっと意味合いが違っていた。
「お兄ちゃんは魔物の大軍勢を退けて、私達を助けてくれたんだよ。そのお兄ちゃんが何も貰わないなんて……ダメっ!」
「でもな……」
「ならあの時の約束を使うの! お兄ちゃんもちゃんと貰って?」
「…………分かったよ」
ミーナの剣幕が強いので押し切られた。何か最近ミーナが凄く成長してる気がする。嬉しいんだがこうなられると厄介だな。
完全に王女様を無視して話が進んだが、結局は王女様の提案に肯定する事になるので王女様の表情は嬉しそうだった。
「ふふ。レイン様はミーナ様が弱いご様子。随分と仲がよろしいのですね?」
「その手の絡みは慣れております。あまりご冗談は止めて頂きたい」
「私はお兄ちゃんが大好きー!」
「レイン様。乙女の想いは無碍にしてはいけませんよ?」
それからベルジ達が来るまでミーナの俺に対する自慢会になった。話が後半になるに連れ、王女様を含む全員の視線に熱が集まって来たのは気のせいだろう……そう思いたい。だが、王女様はちょっと手遅れな気もする。
「わりぃ、レイン! 遅くなった」
「いえ、来ていただいただけで結構ですよ。それよりも彼女達を街まで護衛して行ってくれませんか?」
「いや、その通りなんだが……レインはどうするんだ?」
「ええ。今からゴブリンどもの巣をぶち壊しに行くんですよ。仕事を増やしてくれたお礼に、ね?」
間隔でそろそろ日を跨ぎそうな時間になってベルジ達がやって来た。アル達も一緒だ。ご丁寧に馬車を持って来てくれているので好都合だ。
その後に俺はどうするのか聞かれたのでニッコリ笑ってゴブリンを潰すと言うとベルジは声が少し上ずったが、了承してくれた。
疲れたのだろう既に眠っているミーナや王女様達を馬車で運んでもらう。アル以外は馬車の護衛に頼む。キャロとサンには軽く叱り、思いっきり褒めておいた。残りの三体も同様に褒めた。
馬車を見送ってアルと早速巣に行こうと思ったんだが、ベルジを含む三人が残った。
「あれ? ベルジさん達は戻っていいですよ。これからは私の憂さ晴らしなので」
「俺達冒険者にとってはゴブリンの巣は見つけ次第、潰す様に言われてんだよ。あいつ等、数だけは多いからな」
「……分かりました。なら、溶岩の魔法が使える人はいますか?」
三人は首を振る。流石にいないか。まぁ良い。元々俺だけでも出来る事だったしな。
アルに乗って走っているベルジ達に合わせて巣に向かう。途中、猪や狼が出て来るが風の刃で首を斬って素通りする。ベルジ達は少し悔しそうだがそれなら後で取りにくれば良い。それ程時間は掛けないから。
南にある森に入って五分も経たずに一つの洞窟に到着した。アル曰く、ここがゴブリンの巣があるそうだ。
改めてステータスを視た時にスキルを見る。スキルも結構増えていたが、目当てのスキルがあったので早速使う。俺が欲しかったのは『気配感知』。風魔法の『通り道』と併用してゴブリンの数、洞窟内の地理、生存者などを整理していく。結果、ゴブリンは全部で九百六十二匹。普通のゴブリンから上位の者までいる。洞窟内は少し迷路状になっていて、色んな所に罠があるみたいだ。生存者は残念ながらいなかった。人自体はいたんだが、既に全員帰らぬ人となっていた。
ベルジ以外の二人も火系魔法が使えるようなので準備するように言う。
全員が頷いたのを確認すると躊躇なく洞窟前に出る。ベルジ達が止めに掛かるが風を使って近づけない様にする。俺も風の鎧をまとって、氷の魔力を集める。同時に『通り道』で洞窟内だけに通るようにして準備を終える。
掌にあるもやもやとした『死の冷気』に息を吹き掛ける。それだけで『通り道』を通って奥に入っていく。
それから十分たっぷり使って掛け続ける。十分経ってベルジ達に氷を溶かしていきながら進んでいく。
あったのはゴブリンの凍死体と亡骸となっている人達、それとお金と武器の道具だった。ゴブリンは魔石が取れたので九百個以上獲得できた。全部ベルジ達に上げたのでとても喜んでいた。俺は特に必要ないからね。
亡くなっていた死体は一つに集めて埋めた。全員で六人だった。お金などは四人で分けた。等分はベルジ達が貰い過ぎだと言って全体の七割が俺で一割ずつがベルジ達だった。やり直そうと言ったら、魔石があるからいいと言われ渋々受け取った。
内訳はお金が大銀貨三枚、銀貨十枚、銅貨三十六枚。鋼鉄の剣が二本、補助アイテムが三つだ。
俺は憂さ晴らしを終え、ベルジ達は臨時収入があってそれぞれホクホク顔で洞窟を出る。その後は俺はアルに乗っかって、街に戻った。街に戻った時はベルジ達はヘトヘトだった。俺は何度も魔力枯渇状態に陥って、アルトラ達と戦って、ゴブリンを屠ってベルジ達が来るまで寝ずに待ち、ゴブリンの巣を潰したのでその何倍もヘトヘトだ。ついでに血も結構失っているので今の顔色は悪いだろう。
完全にアルに身を任せ、屋敷までの護衛をベルジ達に任せて俺は眠りについた。巣で分けた物は既に収納箱に入れているので万が一にも盗まれる心配はない。
……眠りから覚めた時にはミーナのド怒りがあって、お願いを増やされた挙句、あんな事になるなんて……あんまりだと思う。頑張ったのに。
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