依頼24件目「不死鳥と白澤」(妹紅vs慧音)
紫と一夜の闘いが始まった瞬間。
同時にそれぞれの戦いも始まっていた。
炎が巻き上がり、少女の体を包み始める。
やがてそれは両手に密着し始めて、炎を纏った手になった。
「慧音…私は貴女とは戦いたくなかった。」
慧音と呼ばれた教師の服を来た女性は少しだけ目を逸らし言葉を返す。
「仕方ないだろう。たった一人の為にこの世界を…幻想郷を壊すなんて出来るわけが無いだろう?」
「人間側の答えなら…正しいんじゃないかな。慧音の選択した答えは。」
少し悲しそうに笑って妹紅は慧音を見つめる。
「ただ…」
周りの気温が一気に上昇する。
陽炎がゆらめき立ち、空気を歪ませる。
「私の知ってる慧音はそんな奴じゃ無かった。」
戦闘態勢で妹紅は慧音を睨みつける。
その目の奥には何処か寂しげな雰囲気があった。
慧音は拳を握り締め、悔やむ様な素振りを見せる。暫くはそうしていただろうか。
「私は…私の出した答えに責任を持たなきゃならない。それが私らしくない答えだと途中で気づいてしまっても、だ。」
慧音の言葉を黙って妹紅は聞いている。
「だから、妹紅。お前が私を正してくれ。」
その言葉が妹紅に届いた瞬間。
既に目の奥の寂しさは消えていた。
「それでこそ、私の知ってる慧音だ。」
そう呟いた瞬間。
妹紅の炎に纏った右拳は慧音の顔目掛けふり抜かれる。しかし、慧音の素早い動きで受け流されてしまう。
青い閃光が瞬間的に放たれ、妹紅が吹き飛ばされる。普通なら木に体を打ち付けられるが、上手く受け身をとって立て直す。
「私もただでやられる訳にはいかないからな。」
「ハクタクじゃないのにやるんだ?」
慧音は目を閉じて口の端を上げる。
その動作の直後、見覚えのある角が慧音の頭に生えてくる。
「えっ…!?な、なんで?」
妹紅は上空を見上げるが、ただ青空がひろがっているだけだ。
月が出ている訳も無くハクタクになる条件が揃ってない。にもかかわらず慧音は成っていた。
「よそ見はしない方が良いぞ。」
下段からの頭を狙った蹴りあげを両腕で防ぐ。
少しよろめき後退してしまう。
「くっ…!?危なっ…!」
その隙を見逃さずに、右の拳が更に追い打ちをかける様に頭部めがけ打ち出される。
首を傾けて躱し、妹紅は右脚で慧音の右肩辺りに蹴りを繰り出す。
「このくらい…受け止められるぞ妹紅!」
左腕で蹴りを食い止めるが、本来なら体ごとは飛ばされないが今回は飛ばされてしまう。
「がっ…」
木に体があたり咳き込む。
(何故だ。一瞬だけ…重く…。)
体を軽く起こして地面に力の支点を集中させて、脚で蹴る。
爆発的に速度は速くなり妹紅の元に走る。
鋭い手の一突きが妹紅の腹部に迫るが、紙一重で躱して慧音の体の近くにあった右手の炎を圧縮させる。そしてすぐさま圧縮を解いて炎を散らせる。体は軽々と吹き飛ばされるがやはり、ハクタク状態の慧音の身体能力はとんでもない。
「なんでハクタク状態になってるの?」
少し血が流れだしている腹部を抑える。
ゆっくりと立ち上がりながら説明をし始める。
「まぁ手早く言えば…紫が少しいじった、と言えば分かるか?」
「あぁ、例の境界をどうたら、ってやつ?」
「まぁそうだな。」
既に妹紅の体はダメージがかなり蓄積されている。ハクタク状態の慧音とまともに肉弾戦をしているのだ。しかも無理矢理いじって成っているハクタク状態の為、力も不安定だ。
打撃を防いでいる分、防ぐ為につかった部分は必ずダメージが残っている。
だから妹紅は少しでも決着を付けるために打撃を入れる瞬間に間近で小爆発を起こしていた。
攻撃力をカバーする為だ。
(これをやり続ければ…私が勝つ!)
力強く地を蹴って自らを加速させて真正面に慧音に向かっていく。
「真正面に来るか。妹紅らしいな。」
慧音は左手に込めた力を一気に前に押し出す。
素早く衝撃のある素手での攻撃が妹紅に当たりそうになるが、体を横にずらして躱す。
躱されたと慧音が分かった時には姿勢を低くした妹紅の下段からの蹴りあげが迫っていた。
「私を…嘗めるな!」
蹴りを受け止め、両手で掴む。
そのまま上手く体制が崩れる様に妹紅の体ごと持ち上げる。足を軸に振り回す。
「うわっやばいこれ気持ち悪っ!!うわぁぁぁ…!!」
そのまま妹紅の身は投げられ空中に放られる。
めまぐるしく回る世界に胃が逆流しそうになる。直ぐに、燃える業火の様な翼を生やして体制を整える。冷や汗をかいて慧音に視線を戻す。
「はぁっ…はぁっ…。」
しかしそこにはもう慧音はいなかった。
辺りを見回した瞬間には拳が迫っていた。
「危なっ」
後方に受け流す暇も無く、受け止め続けるか躱す事しかできない。
しかし耐え切る事も出来ず、重い一撃に無理矢理後退させられてしまう。
(やばいっ…!ガードがっ…崩れた!)
慧音はがら空きになった胴体を見逃す事は無かった。しっかりと拳を握り締め、後方に引いて力を一瞬で凝縮させる。
「良く粘った。これで終わりだよ妹紅。」
そう言い終わった直後。
妹紅の体は慧音の力の進行方向に打ち出されていた。地面に倒れ込み、血と共に息を吐き出す。
「ハクタク状態の私に良くやったよ。…私は先に塔に行こ…!?」
ーーーーーリザレクション。
「はぁ…参ったな。慧音に本気を出しなくなかったのに。」
慧音は背後に何かを感じで振り返る。
そこには巻き上がる炎が広がっている。
燃え盛る業火の中から妹紅が現れる。
「本気にならざるを得なくなった…!!」
先程までの速さとは思えないスピードで地面を蹴って移動した妹紅。
一瞬だが慧音の目が追いつかない速さだ。
瞬間的に速さは天狗に到達したのだろう。
辛うじて感じた炎の熱気を頼りに躱す。
「!?」
慧音の直感的に躱した方向は間違っていなかった。そこに炎を纏った拳がふり抜かれたのだ。
空気中にはあまりの瞬間的な速さに真空状態が生まれている。
(真空状態を空気中に作り出す速さ…そのスピードで振られた拳を胴体にまともに受けたら…)
頭の中で想像した映像がフラッシュバックして体が震えはじめる。
あまりの恐怖に受流すをしなくなった慧音は躱す事に集中してしまっている。
当然、恐怖で体は大振りに躱している。
疲労もたまりやすくなって息が切れやすくなる。
「はっ…ふーっ…ふーっ。」
ついに疲労は限界に達して、慧音のハクタク状態も解除され始める。
(くそっ、視界が安定しなくなってきたな…。まぁ無理矢理ハクタクになったから仕方ないけど。)
大きく息を吐いて歩いてくる妹紅を見据える。
「妹紅。今から打つ私の連撃に耐えたらお前の勝ちだ。」
妹紅はしっかりと言葉を聞き取り構える。
「窮地に立たされた獣の力を思い知れ!」
雄叫びを上げて回りの木々の枝は折れ、空気も振動する。
妹紅も全力で応えるつもりの様で、その赤い炎は静で且つ力強く燃え盛る青い炎に変わっていく。
第一撃目。
跳んだ状態からの横蹴りが妹紅の胴体に迫る。
左手で受け止めるが、手早く下げられてカウンターの間合いがない。ハクタク状態の最大、全力を乗せた連撃が始まった。直ぐに第二撃も来る。
「ぐっ…重っ…!」
隙が出来た胴体の右部分に右フックが入る。
左手を戻すのには時間がかかってしまう。
右手のみで防ぐのは到底無理だが、やらないよりマシだと判断した妹紅は右フックの行き着く先に自らの右手を用意する。
受けた瞬間。
妹紅は違和感を感じる。
そしてその一瞬で気づいてしまうのだ。
違和感の正体に。
(何だ。妙に軽い。まさか…!)
次の瞬間に衝撃はやって来た。
体全体に広がる衝撃に耐えつつ、押し出された体は痛みの叫びを上げる。
そう。これは中国に伝わる『発勁』のギミックを使ったオリジナルの技だ。
本来は発勁は真っ直ぐ力が伝わる様に、正拳突き又は掌底の形をした攻撃が良い。
下からや上から発勁をするのは難しい。
獣でも無い限り直感的に衝撃を効率的に伝える場所など見分けられないだろう。
そしてご存じだろうか。
発勁を受けた後、身体中の骨にはヒビが入り隙が多大に生まれる事を。
妹紅は今、正にその状態だった。
そして覚悟も出来ていた。
ーーーー打撲のみで慧音を倒せない事を。
「なっ…何が…!何が…起きたの…!?」
慧音はつい口に出ていた。
発勁を当てた筈が逆に自分が吹っ飛ばされている事に驚きが隠せていない。
体は地面に叩き落とされて呼吸がままならない。
「知ってるか慧音。青い炎…つまり超高温の炎が真空状態の中で爆発したら。」
妹紅は倒れた慧音の元に歩みを進める。
「火は消え去って衝撃が発生するわ。発勁は衝撃を伝える技…つまり上回った衝撃にぶち当たった場合、進行方向とは逆に衝撃は到達する。」
慧音の意識は薄れ始める。
脳にもまともに衝撃が伝わったのだ。
脳震盪は起こるのは必然だろう。
「私の勝ちだ。慧音。」
その場に妹紅はへたりこみ、煙草に火をつける。
吐き出された煙が空に漂っていた。
続く




