依頼23件目「策」
「まさか…破られるなんて!?」
幻想郷の頭脳とも言える程の頭が良く、最も永く生きていると言われる八雲 紫。
その紫が青ざめた顔で驚きを隠しきれていない。
「私の対策がこんか簡単に破られるなんて…」
「思ってましたけどね。」
紫は一気に表情が変わる。
その口元は上がり、零狐を見下す様に見ている。
次の瞬間、霊夢が一網打尽にする様な程の大きさの八方鬼縛陣が零狐達の反対派を包み始める。
しかし八方鬼縛陣発動の直前、零狐は笑っていた。「読んでいた」とでも言うかのように。
反対派全員が赤い四角の結界の様な物に包まれ、轟音が鳴り響く。
(何か…何かおかしい。この違和感は何?)
紫はこの時点で何かの違和感に気づいた。
何一つ悲鳴や妖怪や人間が被弾した時特有の音が聞こえない。
その時だった。
粉塵の中からたった一つの足音と影が現れる。
「なんだよ。耐えたのは俺だけか。」
中から出てきたのは少し傷を負った零狐だった。
霊夢は一歩前に出てお祓い棒を零狐に向ける。
「そうよ。貴女一人じゃこの人数、人材を抑えられない位、貴方なら分かるわよね?」
零狐は刀を抜き、片手で中指を立てる。
「分かってんだよそんな事は。だが…やる事はやるぜ。全員でかかってきな。」
「あんまり博麗の巫女や古参妖怪をなめない方がいいと思うけど。私はともかくね…。ところでアリスと魔理沙はどこにいるの?貴女達の反対派だったわよね。」
「あいつらか?分かるだろ…薄情な奴らだよ。直前になっていなくなりやがった。」
「…そう。」
紫と霊夢は身構えるが、その他の八雲派は走って襲いかかってきた。
襲いかかってきた奴が零狐に到達した瞬間。
直ぐ横の両方の木々から光り輝いた魔法の矢がおびただしい数で放たれた。
咄嗟の事に、飛び出してきていた八雲派は全員被弾してしまう。
その勢いで吹っ飛ばされる者もいたが残った者はやはり強豪だった。
「神にこんな物が聞くと思ったのか?」
「流石になめすぎてないかなぁ?」
そう言って零狐の側面に周り言ったのは守矢の神、八坂加奈子と守矢諏訪子だった。
零狐の右側面には御柱、左側面に刃が全て外側に出来た円状の武器。
「遅いんだよ!」
零狐は叫んで刀で刃を弾き返し、流れる動きで御柱を切り落とす。
「なっ…。」
唖然とした加奈子の首辺りを、刀で峰打ちして気絶させる。
実際、人を気絶させる為に必要な衝撃は当てる場所によって違うが、一番気絶させやすいのは肺を支える気管支が一番だ。
しかし気管支の場合ピンポイントで、更に一発で峰打ちして気絶させるのはほぼ不可能である。
気管支は胸の中心辺りにある為、突きが本来は有効だ。峰打ちをしたり、斬るには上段から綺麗に縦に斬ることが求められるだろう。
更に零狐は峰打ちは、ほとんど縦に振らず横に振っている。
ピンポイントで効果的な場所を狙い縦に振るより、横に振って2発程度で気絶させる方が確率が高いからだ。万が一外しても、その形から打突、上段の構え、又は中段に戻したり追撃が可能になるのだ。一撃性より確実性。
真剣での戦いには必要な事だ。
ちなみに首辺りには空気の通り道や、神経も通っている。その神経は脳から伝達を受取ったりするのにも使われている物で強い衝撃を与えたなら気絶は免れないだろう。
気管支に比べ、弱い衝撃ではなく強くなくてはならないのは予備動作が必要になるのでそこが欠点になる。
加奈子が気絶し、八雲派がたじろいだのを見計らって反対派は策を発動した。
先程魔法の矢が飛び出してきた場所から反対派がぞろぞろと出てくる。
その時、八雲派の一人である風見幽花がある事に気づく。
いや最も一番早くに気付いてしてやられたと、顔をしかめているのは紫だったが。
「なるほどね…紫。まんまと騙されたわね。」
幽花は涼しい顔でほくそ笑んで零狐達を見る。
八雲派の陣形の最後尾から更に声がする。
「私が零狐達と一緒にいない時点で気づくべきだったわね。」
「私が気まぐれに作ってみた魔法射出罠はどうだ!結構効くだろ?」
声の正体は得意気に歩いてくるアリスと魔理沙だった。アリスの糸は至るところに張り巡らされ零狐の背後の晴れた粉塵の先にあった。
そこには先程まで霊夢が発動した八方鬼縛陣で倒れた反対派が木人になっていた。
「一応説明するが…最初に結界を破ったのは魔理沙とレミリアだ。これは本物。だが気づいたか?魔理沙とレミリアのスペルカード。これは比較的明るい光を放つスペルカードでな…丁度隠れる余地がある。一種の陽動と結界を破壊する為の策だ。」
零狐はレミリアと咲夜、妖夢に何かの合図を出した。指を後ろにさり気なく指す合図だ。
「そして魔理沙はブレイジングスターのまま八雲派の背後へ。アリスは元からな。反対派を森の中に隠れさせて後はアリスの操る木人を俺の妖力でちょっと化けさせれば…個人個人にそっくりな人形の完成だ。」
誰もが息を呑み話に聞き入る。
その時、八雲派は誰も気づいていなかった。
合図を出した三人が既にいない事に。
「後は俺の目の前に誘い出して魔法の矢を当てれば良いだけだ。」
諏訪子や魔法の矢に当たった八雲派は何かを納得した様子だった。
霊夢は深い溜息をついた。
「なるほど…加奈子があっさりと気絶。諏訪子の攻撃も刀ごときで弾かれた。封力の効果のある矢だった訳ね。」
突然、八雲派の中から笑い声が響き渡る。
その中から飛び出してきた笑い声の正体は、零狐の前に意外な速さで移動した。
その人物は右拳を握りしめ、一発。
零狐の腹部に重い一撃を当てる。
「なんでまぁ、紫もお前もそんな面倒臭い事を思いつくのかね。そんな『策』とかさ…要らないと思うんだよねつくづく。」
低身長からは考えつかない威力の殴打。
二本の特徴的な角が零狐の目につく。
「ごほっ…。まぁ殴り飛ばされ無いくらいには力は封じられたかな。」
「鬼の力をここまで下げられるとは私も考えなかったよ。」
酔っていない状態の萃香は勇儀とも互角以上の戦いをすると言われる。
零狐は既に胃液が逆流する勢いだ。
萃香が先陣を切り攻撃したのを引き金に反対派と八雲派はその場で陣形を崩し乱闘に入ってしまった。零狐は不敵に笑って、塔に向かって走り出す。紫や藍、諏訪子が追いかけようとした時。
零狐が突然、黒く塗られた。漆塗りの笛を取り出し大きく吹いた。
「あの狐…!何を…!」
紫はその音色に聞き覚えがあった。
(…どこかで聞いた。確か私が妖怪の連合みたいなのにいた時…まさか!)
その時、ひとつの黒い何かがその場に舞い落ちた。羽根だった。黒く妖気をまとった羽根。
その瞬間。その場にいる全員がおびただしい妖怪の気配を空から感じた。
「全く…あの人は、いつまでたっても俺達がいないと駄目だな。」
「そうだねぇ。報告に一昨日来たらいきなり手伝わされるんだもんね。」
「あぁ久しぶりなのに…行ってしまうなんて零狐様は…。」
「敵を確認。ほら現在総大将、早くやるよ。」
現総大将と呼ばれた人物は百鬼夜行の様な大軍の部下を連れて降り立つ。
「久しぶりですね。紫さん。以前はウチの元総大将がお世話になりました。」
紫は藍と橙に合図を促し、戦闘準備にはいらせる。
「やる気ですね。いいでしょう。」
「当たり前よ。貴女達みたいな雑魚妖怪に殺られる気はないわ。」
その人物はクスリと笑い、刀を抜き一言。
「元·妖狐組総大将、零狐様の命により貴女達を足止めさせてもらう。…妖狐組総大将『夜目 一夜』参る!」
零狐はそんな懐かしい声を背中に聞きながら塔に走り去っていく。
(頼んだぞお前達。)
一夜達にそう念を送りながら零狐はそびえ立つ郡の塔を目指すのだった。
続く




