依頼19件目「終わりを告げた狐異変」
(こいつ…今までどれだけ力を抑えてたんだよっ!)
「チッ…!このっ!」
紅い零狐はそれこそ素人ならば何が起こったか分からない程の速さで、零狐の左腰から右肩にかける部分を狙う。
そう。素人ならば見きれない。
零狐は素早く後退して紅い零狐の手元を見る。
(左持ちの中段か。なら、ここだ…!)
スピードは先程より速くなり、紅い零狐の反応速度を越える域に達しそうになっていた。
いつの間にかに零狐は紅い零狐の目線の下にいた。零狐の刀は振り上げられ紅い零狐の頭部に迫っていく。
「まだっ…やられないっての!」
上半身を後ろに反らし間一髪で斬撃を避ける。
だが、紅い零狐が危険な状態なのは変わりない。
零狐の第二撃目。
両手持ちだった刀を右手に持ち替え紅い零狐の右肩に狙いを定める。
その時、予想外の事が起こる。
零狐はいきなり体制を崩し右方向に倒れ込む。
一瞬、零狐は頭の中が真っ白になるが直ぐに危険を察知して左に倒れた体を動かす。
ほぼ同時のタイミングで零狐が倒れた位置に刀が突き刺さる。
紅い零狐が零狐に刺そうと攻撃して来たのだ。
零狐は上手く立ち上がり間合いを取る。
そして頭の中では先程バランスを崩した事を思い出していた。
(確かに…感じた。何か足の甲に重みが。)
「ただ単に…足を踏まれただけ?」
紅い零狐は零狐に近づきながら話す。
「そうだ。足を踏んだだけ。」
足を踏む。
一見地味な行為にも見えるが、これは少し普通でない体制をした相手に使うと有効な手だ。
零狐は刀をしゃがんだ状態から振り上げ、その後に跳んで右から切りつけるつもりだった。
しかし跳ぶ時に足を踏まれたなら。
当然体制を崩す。
相手が体制を変える瞬間を見極めて使うと戦闘中には相手の体制を崩す。
隙を作れる強く有効な手段だろう。
「ひとつ思い出した。お前の速さに対して戦う対策を。」
「思い出した…?それはどういう…。」
零狐はそこで何かに気づいた。
「まさか俺達の記憶は…二人合わせてひとつなのか?だから剣術についても片方が持っていて片方が持っていない記憶があったのか?」
紅い零狐は右手に刀を持ち、左手には逆手で鞘を持ち直す。そして零狐に言葉を返す。
「あぁ恐らくな。だからお前は、この持ち方も知らないだろう?」
「知らなくても戦う事は出来る。」
そう言って零狐は地面を蹴る。
あまり特定されないように不規則に動きを変える。紅い零狐は零狐から目を離さないように注意深く動きを見る。
零狐のとの距離がある程度の距離になった時。
それまでかろうじて追えていた零狐の姿が一瞬の間で捉えられ無くなった。
まるで存在が消えたかの様に姿が見えなくなった。紅い零狐は何か同じ光景を目にした気がしていた。
(さっきのと同じなら刀と逆の方に…!)
次の瞬間。
紅い零狐は右側に身震いする様な殺気を感じた。
右手に持った刀を切っ先を背後にむけて刀身を顔より上に上げる。
上から切り下ろされるのを察知して行ったのだろう。しかし読みは外れていた。
零狐が右側で一瞬殺気を出したのはただのブラフ。そこから左側に周り刀で腕を斬り上げる為に使った零狐の策だった。
「言っただろ。速さには対策してるって。」
左側には鞘がきっちり構えられていて、零狐の攻撃を食い止めていた。
「次は俺の番だな。」
鞘で刀を弾き、がら空きになった零狐の体に右足で蹴りを繰り出す。
零狐はかろうじて左腕を前に出して、受け止める。しかし蹴りの威力が強く、零狐の体は軽く吹っ飛ばされてしまう。
「防いだか。」
ゆっくりと立ち上がり強がって笑う。
しかし血を口から滲ませているあたり、あまり軽いダメージでは無かったようだ。
「あぁ。まだ一発じゃない。一発入れたら終わりだからな…まだ楽しめるな?」
零狐は紅い零狐に向かって走り出す。
紅い零狐は迎え撃つ様に刀に沿って青い真空波の様な通常弾を打ち出す。
刀に沿っている為、大きい真空波になっている。
(妖夢の通常弾に似ている!?いや…それ以上か…!!だがこれくらいは!)
上手く左や右に避けるが紅い零狐に近づく事さえままならない。
(見様見真似だが…あいつに同じような通常弾を撃って隙を突くしかない。)
一気に紅い零狐の右側を零狐が出せる最高速度で回り込む。
紅い零狐が放つ大きい真空波と細かく命中率の高い弾幕が零狐を止めるべく襲う。
しかし、速さについて行けず全て躱されている。
「あいつの…最高の速さはあれだってのか!?」
紅い零狐の頭には畏れより驚愕の念が勝っていた。
(速さの対策も硬い防御を前提としてるのに…あの速さで攻められたら崩される。防御が。)
零狐の一番の武器。
それは頭の良さでも、直感的な判断力でもない。
戦闘における知識でも、抜刀術等の剣術の技術でもない。その一番の武器は。
『速さ』だ。
抜刀する速さ、移動速度、刀を振る速度。
全てにおいての速さだ。
特に剣術を使う時の短距離での瞬間的な速さ。
これを身につけているのといないのでは大きな差ができる。
もちろん地上でも空中でも短距離ならば瞬間的に移動する事が出来る。
しかもこれは発動準備がいらないという強みがある。連続的に使えば実質、遠距離の高速移動をしているのと何ら変わりはない。
そして今、零狐は自身の出せる最高速度で回り込んでいる。
そんな中一瞬、弾幕の薄い部分があるのを零狐は発見した。
「ここだっ!」
零狐は進路を薄い部分に変更して弾幕を躱しつつ、同じような通常弾を撃つ。
細かく命中率の高い通常弾だ。
「クソッ…!」
飛んできた弾幕を処理する為に、刀で弾き返したり、相殺させる事に気を取られ零狐の接近にはあまり気が回らなかったようだ。
既に零狐は紅い零狐の背後に刀を持ち低い姿勢で急停止していた。
足跡が摩擦熱を起こして少し焼け焦げていた。
「俺はこっちだぜ…!」
刀を紅い零狐に対して、可能な位置からとにかく斬り付ける。紅い零狐はそう見えた。
鞘と刀の二つで何とか捌ききっているが一つ欠けたなら確実に一発は当たるだろう。
少しずつ刀による斬撃を捌ききるのが難しくなり始めている。
それは紅い零狐の体が無理矢理後退している事が示していた。
「くっ…!ふっ…ふぅっ…!」
息は乱れ、体の均衡も崩れ始めている。
紅い零狐はそんな中で違和感に気づいた。
(なんだ…何故、鞘にばかり攻撃を当てている?そんな事しても殆どの確率で折れないのに…。)
紅い零狐の考えている事は正しい。
どんな刀にもそれを納める鞘がある。
ならば普通は刀より強度が強くなければお話にならない。刀を収める物なのだから。
「諦めろ…!鞘を押し返すのも折ったりするのもいくらやっても無駄だっ!」
零狐の斬撃は段々と速く、そして鋭くなっていく。そこで紅い零狐は違和感の正体を理解する。
「まさか…お前!」
零狐はその言葉を聞くと口の端が上がる。
そして次の瞬間。
零狐の一振りが鞘の表面に直激する。
その箇所には先程からずっと斬撃が入っていたが外からは傷が見えない位に綺麗だった。
しかし遂に鞘の中の芯も限界をついてずっと斬撃を受けていた箇所にはひびが入った。
そしてひびの破片が散ると共に唯一の速さ対策だった鞘は真っ二つに折られてしまった。
「物である以上は強度がある。なら強度がなくなるまで叩けばいい。」
紅い零狐には鞘があって捌ききる事が出来た零狐の猛攻も、今は捌ききれない。
零狐は紅い零狐の目をじっと見据えて言った。
「俺の勝ちだ。」
遂にそこで、異変は幕を下ろした。
零狐の刀の一振りは紅い零狐の胴体に綺麗に入る。その攻撃の跡を辿る様に血が静かに流れ出す。紅い零狐は地面に仰向けに大の字で倒れ込み今となってはすっかり晴れた青空を見つめた。
「あぁ…負けちまった。か。」
零狐は息を大きく吐き、地面に座り込む。
疲弊した様子が目に見えた。
紅い零狐は何も言わずにただ見据えていた。
その紅い零狐の目には既に紅色は無かった。
霊夢が紅い零狐の傍に歩み寄る。
「初めての弾幕ごっこの感想は?」
紅い零狐は少し笑って答える。
「楽しかったよ。」
「そう。」
霊夢の表情も自然とほころんでいた。
その場には涼しい風がなびいていた。
「おい霊夢。そういえばどうやってそいつを俺に戻すんだ?」
霊夢は袖を中から一枚の札を取り出す。
そこには「封印」の文字が書かれている。
「この札の中に一旦紅い零狐を封印して、それを零狐に流し込む。」
「そんな簡単なのか。」
「封印するまでが大変だったじゃない。」
霊夢は札を紅い零狐の頭に貼り付ける。
紅い零狐は清々しい表情でただ待っていた。
霊夢が封印しようと札に霊力を込め始めた瞬間。
「待ちなさい。」
聞き覚えのある声と特殊な羽音が全員の耳に入る。それと同時に身震いする様な魔力がその場を包む。零狐達は知っていた。
こんな魔力を持つ人物を。
洋風の日傘。傍には銀髪のメイド。
大きく吸い込まれそうな黒色をした羽。
「紅魔のお嬢様が何か用?」
霊夢が面倒臭そうな表情で2人を一瞥する。
いつもとは違う雰囲気のレミリアと咲夜に違和感を覚えた霊夢はお祓い棒を強く握る。
「貴方と争う気は無いわ。今回は…ちょっとばかりそいつに色々と聞かなければならない事がある。博麗神社でそいつと話させて。」
レミリアは紅い零狐を指差して言う。
霊夢は溢れ出る威圧に押されつつ全員をひきつれてその場を後にした。
続く。




