岸を望み、船を待つ
一月に短いですが更新もう一度で着てよかった。
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これ以上船が揺れたら転覆するのだろう…そう分かっていても何もできなかった。ただ歯を食いしばりながら、ぼろぼろの船にしがみつくほかなかった。
首だけ後ろに向ければ、自分よりもはるかに幼い子供たちが涙か海水か、顔をぬらしながら同じようにしがみつき、荷物を落とさぬよう、壊さぬよう身体を張って守っている。オールなんてとおの昔に海の底だ。
ああなんて惨めなのか。何故私たちはこんなことをしているのか。だれでもいいから助けてほしい。しかし現実は残酷で、あっけなくて、滑稽で。
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イゼアは岩陰に身体を潜ませていた。リョクは近くの木に。
ざざぁ…ざざぁ…と波は一定に岸に押し寄せてくる。イゼアはそれとともに流れてくるものをじっと見つめていた。昆布などの海藻のほかに、先入観があるせいかやけに木材…船の残骸らしきものが多いと思ってしまう。ほかにもぼろぼろの布きれに、ガラスやなんらかの破片が砂浜には散乱していた。
バーデの海とは大違いだとイゼアはぼんやりとみていた。
イゼアの格好は昼間と違い、暗闇に紛れやすく動きやすい恰好をしていた。腰には木刀が刺さっており、闇夜と同じその髪は髪紐でしっかりと縛られている。
リョクは龍巫を目に回し、視力を飛躍的にあげている。暗闇も関係なく、はるか遠くの彼方まで見通せるらしい。イゼアは自信の身体からリュウフが漏れないようにひたすら自分の龍巫を意識するほかない。洩れてしまえばガーダンの密輸をしている奴らに真っ先に見つかるだろう。
龍巫を同一化してしまう、つまりイゼアにとって空気も龍巫もあまり変わらない。空気中にある龍巫を侵食する感覚――――つまり同一化する感覚を保たなければ自分の龍巫なんてあっという間にわからなくなってしまう。
ここでしくじったら、リョクの態度がせっかく軟化したのに、また初めに戻ってしまう。
「……そうだ」
イゼアは今しばらくの暇つぶしに同一化の龍巫を生かし、手元を見つめ続けた。
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リョクは今にも転覆しそうな船を見つけた。激しい海流に飲みこまれそうになりながら、海水を浴びてもしがみ付いている。
身体は小柄なものばかりで、一番身体が大きいやつでも、華奢なイゼアよりなお小さい子供のようだ。そこでイゼアのほうをちらりと見下ろした。龍巫をまともに扱えないと聞いて居たが、屋敷ではリョクが探査に使った龍巫を意図もあっさり飲みこみ、居場所がすぐにわかったが、今は探査で龍巫を広げても全くわからない。イゼア自身がまるで空気に同化しているようだ。イゼアは15歳にしては華奢であり、顔はカルマにだが、全体的に母親のユキハに似たのだろう、表情はあまり変わらないが雰囲気は静かな中の穏やかさがある。そんな彼からあの時感じたのは殺気――に近い怒気である。屋敷のあの横暴な態度でさえ声を上げなかったから気長、または気弱だと思っていたが思い違いだったようだ。咄嗟の判断力と威圧感、そして納得せざるを得ない巧みな言葉使い。カルマの息子にも関わらず、欠落品かと不満をこぼしていた己の見る目の無さに、ため息しか出ない。
隠密を得意とし様々な潜入任務を行ってきて、そこらの荒くれものには負ける気がしないが、イゼアのあの隙の無さとスピードにはあっさりと屈服させられた。
イゼアのことを思い出しつつも、船の船員の子供たちを思う。向こうの大陸でまともの食事をできるやつなんて人口の5分の1以下である。主にミヤの人間。そしてシェンカにはびこる商人もどきと、アービャンの権力者たち。
何のために悪事に手を出しているのか、情にほだされることなく任務の遂行をしなければならない。自分はそれができるが、イゼアはどうなのだろうか。
ガーダンの奴らも徐々に近づいてくる船に気づいたのだろう、きっと船の上とは正反対の揺れも死ぬ覚悟もないところから、高み見物でこちらまでたどり着くのを待っているのだろう。リョクは自分の懐にあるたくさんの細く小さい試験管の中の液体を確認する。リョクは薬の知識が長けている。普段扱っているのは主に毒薬だが。武を極めた人間にはかなわないが、不意を突き、暗殺をしてきた自分のプライドをかけて、腰から鋭利な針といくつかの道具を取りだした。
リョクは薬を扱います。友人がモデルです。名前をもらったから彼に近づけようとしたのに思いっきり遠さがった。