ヒアラークにて。漢方と薬
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消毒液の見学が終わると、次は薬草を粉末にして、それを煎じて飲む、『漢方』のほうの説明に移った。
漢方は苦味が強いが、体に良く、個人の薬の副作用や体調に細かく合わせることができる。そのため貴族はお抱えの調合師がいるらしい。
ミコトは昔、飲まされたメチャクチャまずい薬を思い出す。きっとあれが漢方である。二度と飲みたくない。
「漢方はミヤから伝わってきたのよ。ミヤは昔は一番自然が多い国だったけど、今は修行の森ぐらいらしいわね。バーデは何代か前の領主さまが、漢方によって長生きしたことから、薬草を育てる施設と一緒に、自然を残そうっていう政策に出て、今に至るのよ」
カリンはバーデの歴史と一緒に、漢方の簡単な説明をする。
薬草には上薬、中薬、下薬があり、下薬をベースに作る。
薬草を乾燥させ、粉末化し、調合して、湯煎して飲むのが一般的だ。
「ミコトは漢方、飲んだことある?」
「多分。……まずくて吐き出した気がする」
「うぇ……」
レイスに聞こえないよう小声で返すと、ナギは顔をひきつらせた。
レイスが命の発言を聞き咎めれば、「情けないわね!」といってくるに違いない。
「粉末化する……マチナラの木を乾燥させて、粉末化したらマッチャになるかなぁ?」
「どうだろう。でもこれが一番近いんじゃないかな?」
首を傾げあってマッチャを想像するが、いまいちピンとこない。
「マッチャ?」
カリンが不思議そうに訊ねる。
ナギがそれについておおざっぱに説明すると、「聞いたことないわねぇ~でも、気になるわ!」とカリンは目をキラキラ光らせる。
良い協力者ができたかもしれないなぁと思いつつ、次は一般市民が主な粉薬と玉薬の作り方を聞く。
「玉薬は、粉薬の成分を固めたものだから、粉薬から説明するわね」
「粉薬って、どうして漢方じゃダメなの?成分は主に薬草でしょう?」
敬語が抜け落ちているが、ナギは気にせず質問する。
「それはお湯に溶けやすかで決まるのよ。あとはどこで溶けるかが重要ね」
漢方湯煎して飲む。それは胃に負担がかからず、体に吸収されやすい。
粉薬や玉薬になる薬草は、煎じても成分が溶けにくいもののために作られたが、いまでは大量生産や、コストの関係もあり、一人一人に合わせるより平均的な分量で作られる。そのため溶けやすい成分の薬は、粉薬になる。
粉薬は胃で溶けるが、玉薬は胃ではなく、腸で溶けるようにコーティングしている。
「漢方の過程と一緒で、薬草を乾燥させ、粉末化する。そうして、あそこの樽に入れるのよ」
樽にはいくつかの薬草を粉末化したものが入れられると、ふたを閉じられる。そして、むらなく混合するために、回転し始めた。
「回転させるためにも、龍巫を使うわね。混合が終わったら、回転を止めて、龍巫で風を起こし、空気と砂糖水、精製水をまた混ぜるの」
この過程が終わったものは、樽から出して、更に細かく粉末化する。
「粉末化するのは石臼でね、石臼の削りで、粒の大きさが決まるのよ。これは一番細かくして…粉薬になるものね。触っていいわよ」
「うわぁ!サラサラ!」
「すごい…!」
「これを固めれば、玉薬になるのね!」
「ええ、そうよ。型に入れて、押し固めて、コーティングして完成」
質問はある?とカリンが聞き返すと、子供たちはそろって首を振った。
*
「今日はありがとうございました!」
「ありがとうございました」
「ありがとうございました!」
上から順にナギ、ミコト、レイス。
かりんはにこっと笑いながら、子供たちの頭をなでた。
「マッチャについても、興味があるから、質問や協力してほしいことがあったら何でも言ってね」
「はい」
ここで、カリンと別れ、三人は屋敷に戻り、マッチャについて作戦を立て始めた。
「…なんでレイスがいるの?」
ミコトの声と目がヒヤリとレイスを貫く。
レイスはふんっと鼻でそれをあしらう。
「私は将来薬剤師になるのよ!知らないことがあるなら、知ろうとしているだけよ!文句ある?それに協力してあげるんだから、文句ないでしょ!」
「レイスに協力してもらうことはないけど……」
レイスへの敵意が透けて見える。
「何よ!五歳のもやしちゃんが重いものを運べるの?」
ミコトのコンプレックスを的確に指摘する。
二人の視線がバチバチと火花を散らす。
そこにいつの間にかお菓子をねだりに行っていたナギとエイダと、数名のメイドと料理人たちが入ってきた。
驚いてそちらをうかがうと、ナギはニコニコとして「お菓子を食べようよ!」と促してきた。
ミコトとレイスは一度顔を見合し、顔を即座に背け合った。
その様子に、ナギと同行したメイドや料理人は、ミコトが子供のように…!と感動していた。
子供であるが、子供らしいしぐさをしないバーデの子供は、屋敷に使えるメイドたちにとって、代々大きな不満だった。
特に三年前からスレてしまっていたミコトが、本当に子供らしいことをしているのを見て、感涙極まりない思いなのである。
ナギのおかげであり、レイスのおかげでもある。
親バカなドニの一人娘によって、メイドたちのドニへのイメージがほんのわずか上昇した。
…普段はあれなので、いつも叱られている。
「今日は、シフォンケーキ?」
「えぇ。若様はあまりお好きではないのですが、その、マッチャというものが完成し、それを加えて、『マッチャシフォンケーキ』を作りたいのです」
メイドと料理人は力説する。
「若様は、卵の味が少々苦手なのか…積極的に食べないのですよ」
料理人・ソフナはふむふむと髭をなでながら言う。
シフォンケーキは、卵をふんだんに利用したケーキであるから、卵の味がするのは当たり前である。
卵の味が嫌いなら、嫌いでいいのではないだろうか…とミコトが呟くと、メイドたちが首をぶんぶんと振る。
「シフォンケーキは、若様が奥様のために初めて作ったお菓子なんです!奥様は家族で一緒にティータイムをするとき、シフォンケーキにすると大変お喜ばれます」
ミコトは、最近家族みんなでお茶をしていなかったが、そういえば、昔シフォンケーをよく食べた記憶が朧気にあった。
「ちょうど、ミコト様と同じ年に作られましたわ」
懐かしそうに一同がうなずく。
兄が自分と同じくらいのとき、料理をしたのかと驚いて目を見張る。が、全く想像がつかなかった。
さすがのミコトも、自分が一歳の時のことを鮮明には覚えていない。
「奥様の笑顔を見れば、旦那様のお疲れも癒えますし!」
メイド達が顔をずいっと出して力説してくる。
メイドを代表するように、メイド頭のエイダが苦笑しながら付け加えた。
「旦那様の機嫌がよろしいと、若様の負担も減りますしね」
「どういうこと?」
ナギが不思議と顔に書いて問う。
「お父さんは…お母さんから普段から離れたがらないけど、お母さんがニコニコ笑っていると、更に離れたがらないんだ」
「ふーん?」
「すると、まぁ…若様の稽古の時間が減るのですよ」
エイダがミコトの跡を引き継いで、簡潔にまとめた。
「イゼア、稽古のあと死にそうな顔してるものね!」
「お稽古、そんなにつらいの?」
イゼアとカルマの稽古の風景を見たことがないナギは、心配そうに顔を曇らせる。
「辛いって言うか……」
代々見慣れた親子の稽古風景でも、カルマとイゼアは抜きんで過激であり、戦闘になれているカルマの部下でさえ、顔を引きつらせるものであった。
何とも言い難い内容に、沈黙するが、最年長の料理人・ソフナがこの場をまとめた。
「つまり、お疲れの若様のために、家族の思入れ深いシフォンケーキがお好きなり、尚且つ、死にかけ……ゴホン!ご負担を減らせるように、是非ともマッチャを完成させますぞ!」
「「はい!!」」
「…おー?」
ナギの未だに疑問が残る声と共に、なんやかんやで、マッチャ作戦会議が始まった。
次はマッチャ作戦会議




