ヒアラークにて。アルコール
*
ヒアラークに着くと、カリンという女の人が案内をしてくれた。ここはバーデの東西貴族が中心にやっていて、カリンさんは、東貴族の血縁者らしい。
レイスはここにきて、たびたび勉強をしているそうだ。その意外さに驚いた。
「領主さまから詳しいことは聞いておりませんが、薬に興味があるとのこと。薬を作る過程を説明すればいいのでしょうか?」
「おねがいします」
僕とナギは同時に頭を下げる。
「レイスはおさらいを兼ねて」
「はい!」
敬語、つかえたんだな……。
「まず薬にはいくつか種類がありますが、外傷を手当てするときは、塗り薬です。塗り薬は薬草を煮詰めて、軟膏にします」
「あとは、消毒液!」
「そうですね。昔は酒を使っていましたが、今は酒を分留してアルコールを使っています。麻酔にもなりますね」
抹茶は粉末状なのでこれは関係なさそうだ。
「ブンリュウって?」
「分留とは……、カリン、答えれますか?」
「分留とは、液体の沸騰する温度、沸点の違いを利用して、混合している液体を分ける方法よ!」
「んん?」
ナギはいまいちわからなかったのか、僕を見る。
僕も意味はわかるが、実際していることろを見たことがないので、基礎的なところの説明を付け加える。
「液体は温めると湯気が出るだろう?」
「湯気って白い雲みたいな?」
水を沸かすと出るやつだねっというナギにうなずきながら続ける。
「逆に水を冷やすと氷になるでしょう?こういう風に、固体、液体、気体とかわる状態を三態っていうらしい」
「なるほど~」
「それで…液体ごとに沸騰する温度が違うんだ」
「それが沸点?」
「そう」
「それじゃあ、お酒にはいくつかの液体が混ざっているの?」
「お酒はブドウを発酵させると……うん、これは帰ってからね。お酒にはアルコールと水とブドウの成分が混ざっているって考えて」
湧き出る疑問をここで解決していたら日が暮れてしまうので、簡単に説明する。
「アルコールと水は沸点が違う」
「えっと、二つの混ざった液体を温めると、どっちが早く湯気になるの?」
「アルコールよ!アルコールの沸点は大体七十八度よ。水は百度!」
ナギが僕だけを見ていたのに、レイスに奪われた…!
しかし、レイスと自分が説明したのに、理解されず、引きこもりのミコトの説明のほうがわかりやすく、理解されることが、自分の矜持を傷つけられたらしい。
キッとこちらを鋭く睨んでくるレイスに、ミコトも睨み返し、火花が散った。
ナギはうんうんと悩みながら、納得できたのか、また疑問を一つ上げる。
「でも、使うのはアルコールなんでしょ?湯気になっちゃったら逃げちゃうよ?」
「……」
それは知らないので、ミコトは口を噤むと、レイスはふふんと笑い、説明した。
「冷却するのよ!」
「レイキャク?」
「冷やすってこと。温めて湯気になるなら、冷やして液体に戻す……あぁ、そういうことか」
理解した反応を見せるミコトに、カリンは驚いたようにこちらを見る。
「では、ミコト様。どのようにするか説明できますか?」
名指しされたことにミコトとレイスは目を見開く。…睨まれたが、無視。
「実物はもっと大きいだろうけど」
棚に置いてあった丸いフラスコに視線を走らせ、簡単に説明しようとしたら、カリンがにっこりと笑い、「では、実際にやってみてくださいな」
「へ?」
*
興味津々とナギと、不機嫌そうなレイス、面白げにこちらをうかがってくるカリン。
女二人の視線に居心地の悪さを感じながら、どっからか持ってきたワインをフラスコにいれ、加熱する。
「ナギ、湯気がそうであるように、温かいものは上へ、冷たいものは下へ行く性質があるんだ」
「なんで?」
「……多分、体積が膨張して、軽くなるから…だと思うけど、そこは一旦置いておいて」
そこに、硝子の折れ曲ったストローのようなものを、フラスコに差す。すとこーの先は、ビーカーを置いている。
「湯気がこのストローの中に入るでしょ」
「うん。これがアルコール…なんか変な匂いするね」
あんまり嗅ぐと酔ってしまうから遠ざける。
周りを見ても、それらしい道具がないので、カリンは性格が悪いかもしれないと思いながら、口だけで説明をする。
「それで、道具がないから細かいところはわからないけど、ここのストローの所で冷やすんだ。そうしたら、ストローの中で液体に戻って、ビーカーに流れる…て仕組みかな」
すると後ろから眺めていたカリンは素早く、加熱し続けていた火を止め、こちらを見て、先ほどの態度を一変させる。
「すっごーい!頭いいわねぇ!イゼア君が自慢していただけあるわぁ!」
「…!お、兄ちゃん知ってるんです、か?」
するとブスくれていたレイスが、とげのある言葉で言う。
「イゼアはたまに、肥料に含まれる成分の分析を、牧場の人と一緒に来るのよ!」
すると頬を膨らませて、ぶすっとし始めた。
「…かわいくないぞ」
「えっかわいいよ?」
「「……」」
ナギは、きっと素直にそう思ったのだろう。それが、また……!
ふるふると怒りで身体を震わすミコトに対し、カリンは笑いを堪えようと身体を震わせていた。
「ぶぶっ!」
猫かぶりをやめたのか、貴族らしさのかけらもない様子で吹き出した。
堪えれていない彼女を、ミコトを不機嫌そうに見る。
涙を目にためながら、「まあまあ」と雑に宥めると、仕切り直しとして、実際にアルコールが作られているところへ連れていってくれた。
*
「っくさ?!」
「これがアルコールのツーンッとくる匂いねぇ。濃度が濃いから、酔わないようにね」
蒸し暑さを感じながら、僕が表現したよりももっと手の込んだ大きめの道具を使っていた。
「火は、結構昔使っていたけど、いまは龍巫をつかって加熱しているわ」
煙を吸い過ぎて死んでしまった人がいたのが原因ねぇとまったりというカリン。
「龍巫で熱だけを発生させるのは、結構誰でもできるのよ。主婦なんて、フライパンを加熱して料理してるからね。日雇いであそこをやりくりしているのよ」
「イゼアは無理そうね!」
「うるさいっ」
はっきり言うレイスに思わず言いかえしてしまった。
「何よ!本当のことでしょ!」
「っ……」
バチバチと火花が散る。何か言い返そうと口を開いたところで、ナギに宥められた。
「おちついてよ~それより、あれ気になるなぁ」
ナギが指したのは、酒のは言った器に、いくつかの石が入っていた。
「ナギくんは、ほんといいところ気づくわねぇ。あれは突然沸騰しないよう防止する沸騰石よ」
「なんで突然沸騰するの?」
「突然沸騰するから、わからないの」
「へぇ~」
カリンとナギの会話に、僕たち二人の空気は抜けたが、にらみ合いは続いていた。
「次にあれが、冷却器よー」
アルコールの気体が通る管の周りを覆うように、別の管がついている。
「あ、水が入ってるね!」
「あれも龍巫で、水を下から上に流しているのよ。では、質問!どうして下から上なのでしょうか!」
ナギが聞こうとした質問を笑顔でかっさらい、僕を真っ直ぐ見ながら訊いてくる。
「……上から下に流して、アルコールと混ざってしまうのを防ぐため?」
「正解!」
「でも、龍巫ならそこらへん大丈夫じゃないの?」
「龍巫で勢いつけて上へ押しているだけだからねぇ。形のない水を操るだなんて、そんな化け物じみたことできる人なんて、滅多にいないわよ」
バッサリ切り捨ていると、管から滴る透明な液体を指す。
「そしてアルコールの完成ね」
なかなかおおざっぱな人だから、説明に向いていないと思った。
レイスvsミコト




