魔王ちゃん、幼馴染の戦いを観戦する2
ただ単純に気配を読んでいるだけではあのスキルは躱せない。
テッカが再度砂塵の中へ消えたのだけれど、ミーシャはある一点だけを見つめている。
確かに気配はそこにある。
けれど僕の魔王オーラは、彼が移動していることを示している。
「存在転置。気配を別の物に移すスキルってところかな」
「お前の探知は本当に厄介だな。初見であれを見切れる奴はそういねぇぞ」
やみくもに神だまを発射しているミーシャに襲い掛かる連続切り。
「『影夢・空』」
戦闘で気配を読むというのは前提だ。しかしテッカのあのスキルはその前提を覆し、強烈な気配に思考が持って行かれてしまう。
「というか、テッカのギフトって」
「『風と影に潜む者』だ。あいつの一族は地元で暗殺家業を営んでいてな、その中でもあいつは天才的な素質を持ってるんだよ」
「そんな物騒な人とか弱いご令嬢を戦わせないでくれない?」
「何がか弱いだ。か弱い女の子は人一人消し飛ばす弾を連射なんかしねぇよ」
僕はガイルから目を逸らした。そりゃあそうだと納得したからである。
どんどんと切り傷を作っていくミーシャに今すぐにでも駆け寄って傷を癒したい。しかし眼前の勇者がそれをさせてはくれず、奥歯を噛みしめる。
「勝負あったか? テッカはまだまだ動ける――ぜ?」
ガイルの顔が驚きに変わったことで、僕も彼の視線を追う。
するとそこには、信仰を込めた腕を上げて回避行動すら諦めたかのような佇まいの聖女がいた。
「……まだ、まだ」
神だまを撃つのを止めて、何事かをミーシャが呟いている。
「何を」
テッカはそう声を上げるが、攻撃の手は休めずに何度も何度も切りつけていく。
しかし攻撃を受け続けているミーシャが次第に目を閉じたかと思うと、カチ、カチと音が鳴り始める。
それはミーシャが口を開けては閉じるという行動をしており、歯を鳴らしていた。だけれどそれは恐怖から体を震わせているわけではなく、意図的に歯を鳴らし何かをしているようだった。
僕にはその意図を汲み取ることが出来ず、首を傾げる。ガイルとアルマリアさんもそうなのか、幼馴染が始めた異常行動に釘付けになっていた。
「なんだ?」
「まだ、まだ……」
「埒が明かん。決めさせてもらうぞ」
テッカがあちこちに気配を設置し、フェイントを何度か交えてミーシャに近づいて行く。
「ミーシャ」
「その首、もらうぞ――」
短剣がミーシャに伸びた刹那、目を閉じているミーシャが拳を放った。
「うぉっ!」
「まだ、まだ」
「勘か? いやそれなら――天神・韋駄天」
さっきのように気配をあちこちに置き、さらに韋駄天というスキルの超スピードでの攻撃、いくら勘が鋭いとはいえ、避けられない攻撃であるのなら、最早手はない。
はずなのだけれど、どうにもミーシャの様子がおかしい。
歯を鳴らし始めてから、闘気が膨れ上がっている。
いやそれどころか、人が放つにしてはあまりにも荒々しい気配を彼女が纏っており、その手の気配を喜ぶガイルですら、額に脂汗を流し、引き攣った顔を浮かべていた。
「あれは……テッカマズい! 逃げろ――」
ついにガイルが切羽詰まった声を上げた。
一体何ごとなのか。それを確認するよりも早く、テッカの刃が今度こそミーシャを捉えた。
しかし、それが叶うことはなかった。
「そこね」
残像を残すほどの攻撃。しかしそれよりも速く、鋭い拳がテッカを捉えていたようだった。
僕も追うことの出来ない超速のパンチ。彼女の身体能力ではありえない速さの拳がテッカ目掛けて放たれた。
「ひゅっ――」
一瞬間の後、ガイルの警告のおかげなのか、先ほどの神だまで使い物にならなくなった腕を勢いに任せて振り上げて短剣を使ってミーシャの拳を防いだテッカだったけれど、まるで韋駄天の残像のように、その場に影を残してテッカが吹き飛んでいき、残っていた屋敷を破壊して、大きな瓦礫に激突したと同時に彼が動きを止めた。
「おいおい、あんな威力、巨人でも出せねぇぞ」
「……」
ガイルの言葉が聞こえていなかったわけではないけれど、僕はミーシャをジッと見ていた。
その瞳は金色に輝き、信仰、生命力、そして僕の渡した服から漏れ出ている魔王オーラが混じり合っているようにも見えた。
そして彼女が纏っている全てのエネルギーが交わり、赤く色を変えたところで、よたよたとテッカが歩んできた。
すでに満身創痍。口からは血を流し、左腕は肉が抉れて骨が見えていた。
「お前、それ、は、神獣の加護、か? なんだってそんなもの」
テッカが神獣と言った。
僕は彼の言うことに心当たりがあった。つまり今ミーシャはルナちゃんの加護で動いているわけではなく、神獣と呼ばれる存在の聖女ということなのだろうか。
「知らないわ。ただ、これならあんたの顔面に拳をぶち当てられると思っただけよ」
ミーシャの答えに、テッカが血を吐き出しながら声を上げて嗤った。
「いや、ああそうだった。すまんなミーシャ=グリムガント、俺はお前を過小評価していたようだ。殺してしまうかと手を抜いていたが、その必要はなかったようだ」
テッカが残った腕で短剣を持ち、刃を地面に向け、そしてそのまま剣を地面に落とした。
「お、おいテッカ!」
ガイルの焦り声を聞きながら、僕はその剣が地面に吸い込まれるように消えたことに驚く。
「『神装・百壊』。受け止めるか避けるかしろ、でなければ死ぬぞ」
地面へと消えた短剣。しかし武器はすぐに現れた。
それを武器と呼んでいいのかは判断できないけれど、確かにテッカの背後には武器がある。
大きな骸骨――私の知識では、がしゃどくろのようなそれが大量の剣を持ってテッカの背後に現れた。
「リョカ、ちっと離れるぞ」
「でも」
「あれはヤバい。ありゃあギフトの最終スキルだ、あんなもん敵以外に普通は使わねぇだろう。ミーシャが思ったより強くて、テッカが本気になりやがった」
ガイルがそう言うけれど、僕は躊躇した。
しかしこちらのことなどお構いなしにテッカが骸骨に攻撃をさせた。
巨大な剣が大きく振られると、その衝撃が瓦礫になった屋敷、周囲の地面、木などを吹き飛ばし、僕はガイルに盾になってもらったことで、吹き飛ばずに済んだ。
「……ねえ、手加減してくれるんじゃないの?」
「ミーシャに言え。あの野郎戦いの最中にどんどん成長しやがって。あいつが魔王じゃなくて正直安心してる」
「うん~、リョカさんもミーシャさんも~、本当に初級冒険者ですかぁ? テッカさんをあそこまで追い詰めるとか~」
「呑気に言ってる場合か。テッカの奴、本気でミーシャを殺しかねねぇぞ」
「でも~――」
アルマリアさんが困った表情を浮かべていると、骸骨の攻撃で舞った砂塵の中心に赤いエネルギーが見える。
さっきよりも強く、強く、輝きを増しているミーシャの力。
しかしあの見た目、僕は嫌な予感を覚える。
「さあ、今なら負けを認めてやる――」
「し、ねえぇぇ!」
砂塵の中から、ミーシャの姿が突然消えた。
「ぐ、がぁぁぁぁっ!」
そして同時に、テッカが叫び声をあげ、骸骨もろとも姿を消した。
一体何が起きたのか。それを確認する前に僕は理解した。
ミーシャはただ、テッカに向かって突っ込んだ。あり得ないほどのスピードでテッカに突っ込み、とんでもない威力の突進をした。
あれでは猪のようなゴリラである。
「おい、ミーシャの奴、あれを制御できているように見えねぇんだが」
「出来てないね。だから突っ込むことしか出来ない」
突進をまともに受けたテッカだったけれど、すぐに体勢を整え、突っ込んでいくミーシャの拳に骸骨の剣を交えた。
その衝撃だけであたりの何もかもが吹き飛んでいき、僕たちも立っているのがやっとだった。
「おいミーシャ! 俺にここまでさせたんだ! 責任は取れ!」
「あんたもあたしに挑んだのだから、顔面殴らせなさい!」
テッカの韋駄天に追いついている。それはミーシャが体すべてに信仰を込め、身体能力を向上させているからだ。
これ、あれだよね?
きっかけはかいおうさまではなく、神獣様だったけれど、どうにも見たことがある見た目に戦慄する。
けれど、まだそうと決まったわけではない。いつの日か僕の幼馴染が金髪になるかもしれない未来なんて永遠に訪れないはずである。
テッカが口角を吊り上げ、骸骨と動きを合わせた。
何かをするのだろうけれど、お願いだから穏便に済ませてほしい。
僕の心配を余所に、骸骨が手に持った剣を一斉に投げた。
振っただけであれだけの衝撃が出る火力で、あれだけの数を投げつけられたら。そんなことを考えてゾっとするけれど、ミーシャが手で指鉄砲を作った。
出るのか。かめはめじゃなくても良いのか。
そんなどうでも良いことを心配していると、大量の剣とミーシャの神だまが激突した。
「う、く……」
けれどミーシャの方が不利で、明らかに押し負けている。
「これで終わりだ!」
投げても投げても新たに現れる剣を何度も投げるテッカに、若干の大人げなさを感じながら僕はミーシャに向かって大きく口を開く。
「ミーシャぁ! 負けんなぁ!」
ここから見えた横顔が、微笑んだような気がした。
そうしてミーシャが片手で腰に巻かれたポーチを開けると、そこから小瓶を幾つか取り出し、その中身をがぶ飲みした。
「あれって」
あれは確か、ヘリオス先生が作った生命力を回復させる薬だ。
何故今飲んだのか。そう疑問を覚えていると、ミーシャの神だまがさらに大きくなった。
そして、2本、3本と連続で薬を飲み、この辺りを覆うほど巨大になった神だまが、ついにテッカの火力と均衡し始めた。
「馬鹿な! お前まだ――」
そして4本目をミーシャが飲み干した瞬間、ついにテッカの百壊を、ミーシャの神だまが凌駕した。
「よ、4倍だぁ!」
感極まってついに僕は叫んでしまったけれど、ミーシャの神だまがテッカと骸骨を覆い、生命力であるはずのエネルギーの塊が大地を焦土へと変えながら進んでいき、そしてどこまでもどこまでも空へと上がっていき、上空で眩い光を発しながら破裂したのだった。




