魔王ちゃんとVS勇者一行
僕たちは村での休憩をキャンセルし、早く目的地に到着するように走った。
本当なら、今頃温かな料理と布団が傍にあったのかもしれないけれど、それは叶わずただただ、僕たちに目的が出来てしまっただけだった。
「ごめんなさいマリアさん、あんなものを見てしまった以上、急がないとなので少し飛ばします」
「と言うかあんたも本気で走りなさいよ。あたしたちが追いつけないなんて舐めたことを言うとチャージを1回増やすわよ」
「え~とぅ、何のことかわからないですけれど~、それは嫌なので遠慮しておきますぅ」
「そうだよミーシャ、それに多分確実に追いつけないからね」
「そんなことないですよぅ」
もうバレていることを悟っているのか、隠すような素振りも見せなくなったアルマリアさんに僕は苦笑いを浮かべる。
そうして談笑を交えつつ、暫く走った先に廃墟となった大きな屋敷のような物が見えてきた。
「大昔に、どこかの貴族が建てた大きいだけの見栄の産物ですぅ」
「もうちょっと言い方を考えましょうよ」
「でも~、何かするには丁度良いですよぅ。大きくて周りには何もなく~、ちょっと暴れてもな~んにありませんよぅ」
「……」
僕はミーシャと顔を見合わせる。
そうして屋敷の中にいる2つの気配に、否応にも体に力が入る。
「あんたはどっちとやる?」
「2人で協力しない?」
「イヤよ。あいつにこないだは拳を当てられなかったし、きっとあたしじゃ勝てないと思っているだろうからあんたにあっちは譲るわ。セルネがまだ至っていない本物と戦ってみたいでしょう?」
「僕は戦闘狂じゃないから、出来れば話し合いで済ませたいんだけれど」
「こんなアホみたいな戦意を放っているあの筋肉バカに言葉が通じると本気で思っているの?」
僕は肩を竦め、やる気がないような足取りで屋敷へと足を進ませる。
「お2人とも凄いですねぇ~、まだ冒険者になって間もないのに、それだけ気配が読めるなんて将来有望ですよぅ~」
アルマリアさんがからかうような口調で言ったのを右から左へと聞き流し、僕は愛想笑いを浮かべる。
屋敷を進んでいくと、次第に廊下すら崩れており外と繋がって野ざらしになっている空間に出た。
そしてその先では、瓦礫に腰を下ろしているガイル=グレックとテッカ=キサラギが待ち構えていた。
「ようっ、リョカ、ミーシャ、元気していたか?」
「うん、それなりに充実した日々を過ごしていたよ」
「そりゃあ何よりだ。それなりっつうことは、いい加減刺激も欲しくなってきた頃じゃねぇか?」
「いやいや、僕は理性のない獣じゃないんだよ。人並みの幸せを願うばかりだよ」
「そんな連れねぇこと言うなよ。ミーシャはもうやる気満々だぜ?」
「猛獣に管理者の気持ちなんてわからないんだよ。テッカもそう思わない?」
「そうだな、自重してほしいと何度も思ったことはあるが……生憎ながら今日は俺も猛獣側だ。諦めろリョカ」
少しは僕の気持ちを汲んでくれるかと期待したけれど、すでに臨戦態勢の3人にわざとらしく肩を竦ませてみせて、アルマリアさんに目を向ける。
「マリアさんも混じります?」
「……え~、私はか弱いので遠慮しておきますよぅ。ただの案内人ですよぅ~」
「挑発に乗らないのはさすがですよね。じゃあアルマリアさんは見ているだけですか?」
「バレてんじゃねぇか。何が2人は私のことを知らないから、そつなくここまで連れて来られるだよ」
僕はギルドで書いた依頼書を紙飛行機にして、それをアルマリアさんに投げた。それを受け取った彼女が紙飛行機を広げると、苦笑いで僕に目を向けた。
「目的地、シンジュクエキってどこですかぁそれ~?」
「出来れば二度と行きたくない迷宮ですね。ギルドマスターが依頼書を確認しないとは何事ですか?」
最初から怪しんでいたから、依頼書に細工をしておいた。もっともあまりにもわかりやす過ぎたから徒労ではあったけれど。
そうして茶目っ気たっぷりに言ったつもりだけれど、アルマリアさんがプクと頬を膨らませた。
「しかも最初からか。リョカは相変わらずさすがだな」
「怪しさ満点だったからね。まあ変に正体を晒して追いかけっこもしたくなかったし、悟られないようにはしていたけれどね。空間転移なんて使われちゃあこっちは何も出来ないし」
「……あれぇ? スキルはリョカさんの前で使ってないですよぅ」
「だから言っただろう、リョカに小細工は通用しねぇって。そんなことしなくても真正面から拳をぶつければ済む話っだっただろう」
「そんなことされたら速攻で帰るけれどね」
逃がさないけどな。と、豪快に笑うガイルに呆れるのだけれど、さっきから放たれている彼の戦意からくる圧が重い。というより、それに感化されてなのか、隣のゴリラ馴染みも負けじと放っている殺気にも挟まれ、冷や汗が出てくる。
すると、大きく伸びをしたテッカが僕に目線を投げてきた。
なるほど、彼はそう言う想定をしているわけか。
「さて、ガイルではないが、正直俺も今回のことは楽しみにしていたんだ。お前の絶気は不可視で俺が追えないほどの攻撃をしてくる。力は力、速さは速さで競うべきだと思わないか?」
テッカの勝気な表情に、いの一番に反応したのはミーシャだった。
申し訳ないけれど、それを僕の聖女様が許すわけがない。速さだろうが、力だろうが、彼女の目の前に一度でも立ったのなら、最後まで面倒を見るべきだ。
というか、あそこまで戦闘意欲に燃えているミーシャを相手にしたくはない。
「テッカ、僕は別に構わないんだけれどね、言葉を選ばないとあとで怖い目を見るよ」
「ん? 俺が何か――」
「し、ねぇぇっ!」
ミーシャの指鉄砲から放たれる強大な生命力エネルギーが弾丸となってテッカを襲った。
「んなっ! 『天神・韋駄天』」
テッカに生命力が当たる直前、彼がスキルを使用した。その瞬間、テッカの姿が残像を残して消え、僕はすぐに視線を彼が逃げた先に向けた。
「……遠距離攻撃まで使えるのか。まったく、少し目を離しただけでさらに聖女から遠ざかってないか?」
「おいおいテッカ、ここは後輩に花を持たせるために受けておけよ」
「壁が消し飛ぶほどの攻撃を進んで受けたい奴などいない。それに、やはり俺を追えているのはリョカだけだぞ。ミーシャ、ここは――」
「阿呆、ミーシャを見てみろ。あいつは勘で、次弾装填してお前に狙いを定めてるぞ」
テッカの言う通り、ミーシャは彼を追えていなかった。しかしガイルが言ったように、聖女様は指だけはすでにテッカに向けていた。
一体あの幼馴染はどんな感性をしているのだろうか。
「……勘だけで勝てるほど、俺は甘くはないぞ」
「あたしの勘を見くびるのならあんたに勝ち目はないわよ」
互いに火花を散らせている2人に僕は呆れると、アルマリアさんが瞳を輝かせているのが見えた。
「わ~、ミーシャさんって本当に面白いですよねぇ。話で聞いた時、どこまで本当なのか疑っていたのですけれど~、まさか全部本当だったんですね~」
「あそこまで出来上がっているのはアルマリアさんのせいでもありますからね? 途中で凄い殺気を漏らしていたでしょう、それに感化されてあの子もあれだけやる気になっちゃったんですから」
「は~、本当に優秀な冒険者が増えて私も嬉しいですよぅ。ミーシャさんにはさっさとAランク冒険者になってもらいたいです~。あ、お2人のお友だちのお話しも聞いていますよ~」
「学生だっていうことを忘れないでくださいね。さって、僕はのんびり見学していたいんだけれど」
「おいおいそりゃあねぇぜリョカ、ミーシャのあんだけ強くて濃い闘気に中てられて大人しく出来る奴なんていねぇだろ」
「僕は頭が冷えたよ。ここにいたら巻き込まれるから、さっさと離脱しなきゃってね」
「……その割には、俺の出方を待っているように見えるぜ?」
「いやいや、待っているのは本当だけれど、出方なんて窺ってないよ。そもそも勇者が初めに出来ることなんて最初から1つじゃない」
クツクツと喉を鳴らすガイルに合わせて、僕もクスクスと声を漏らす。
その笑い声が次第に大きくなり、互いの戦いの気配が空間に充満したのがわかると、僕もガイルも歯を剥き出しにして嗤い、同じタイミングで口を開く。
「聖剣顕現!」
「喝才・聖剣顕現っ!」
こうして僕とガイル、ミーシャとテッカによる魔王へ挑む実力を計られる戦い。というのは口実にしか過ぎないのがわかる、戦いたい者たちによる自分勝手な勇者対魔王の戦いが始まったのだった。




