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よくある魔王ちゃんと聖女ちゃんのお話。  作者: 筆々
6章 魔王ちゃんと聖女ちゃん、新たな場所で目にする。

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聖女ちゃんと野盗紛いの商人

「リョカ、お腹空いたわ」



「はいはい。マリアさんも食べますか?」



「ふぇ?」



 変な鳴き声を上げたマリア――なんて名乗っているゼプテン冒険者ギルドのギルドマスター、アルマリア=ノインツが、その提案は予想外だったのか、リョカが持っている菓子を、目を点にして見ていたけれど、すぐにパッと顔を明るくさせて、小動物のようにあたしの幼馴染に近寄っていく。



「水筒にお茶が入っているので、良かったら歩きながら食べてください。ミーシャもはい」



「ありがとう、いただくわ」



「ありがとうございますぅリョカさん、それじゃあいただきますねぇ」



 リョカから手渡された菓子を口に放り込んだアルマリアが数回の咀嚼の後、瞳を輝かせて菓子の味に感動しているようだった。



「わ、わ、これすっごく美味しいですねぇ」



「お口にあってよかったです」



「うんうん、マナが太るってぼやくはずですよぅ」



「……どうかしましたか?」



「ううん、何でもないですぅ」



 隠す気があるのかしらこのチビッ子。

 この件に関してはリョカに一任しているから、あたしが言うことは何もないけれど、ここまでわかりやすいと背中から襲いたくなる。

 そんなことをすれば、これまで我慢してきたことが無駄になるからやらないけれど、それにしたってもう少しやりようはあったのではないだろうか。



 とはいえ、リョカ曰く彼女は中々の使い手らしく、こちらからあまり尻尾を出したくないと話していた。

 オタクたちのように事前準備が必須のギフトかと考えたけれど、そう言う類ではないらしく、とにかくいい気にさせて逃げられないようにするとの作戦となった。



 この状態で、一体どうやって逃げるのかと思案するけれど、その手のことを考える頭はあたしにはなく、その時になったら全力になれば良いとだけ言われた。

 一体リョカはあたしのことをなんだと思っているのだろうか。



 と、色々彼女について考えて見てはいるけれど、やはり無駄なような気がして、目下迫っている問題についていい加減リョカの考えが知りたくなった。



「……ねえリョカ、あたしの感覚には引っかかってないんだけれど、どうするの?」



「ミーシャに引っかかってないってことは脅威でもないんでしょ? それなら放って……おけないよね。よくよく考えなくても、僕たち見た目だけなら(てい)の良いカモだし」



「カモ?」



「ネギ背負ってきたから美味しくてしょうがないんだよ。見た目が良いってこういう時に不便だよねぇ」



「あのぅ? どうかしましたかぁ?」



「……あんたは下がってる? それとも身ぐるみを差し出す?」



「う~ん? ああ、なるほど」



「……案内ばかりしていると鼻が良くなるのかしらね?」



「え? ああはい、出来るだけ危険は避けますからぁ」



 そんなことを話していると、先ほどからあたしたちをずっと付けてきていた数人が藪から出てきた。

 所謂野盗なのだろうけれど、あたしでも違和感を覚えるほど変わった野盗が出てきた。



「き、君たち、も、持っている物を置いてどこかへ消えるんだ!」



「……グーでいいかしら?」



「待とうかミーシャ。もうちょっと手加減してあげて」



「つまりチョキね」



「じゃんけん教えたの僕だけどね、そういう使い方じゃないんだよ。なに、目でも抉るの?」



 リョカが心底呆れているけれど、あたしが本気でそんなことをすると思っているのだろうか。腕の一本へし折る程度で済まそうとしたけれど、ここはパーで引っ叩けばいいような気がする。



「わ、わたしたちは本気だぞ!」



「えっと、正直相手にならないのであなたたちが引いた方が良いですよ」



「……あなたたち~、ラットフィルム領の商人たちですよね? どうしてこんなことを~?」



「う、うるさい! わたしたちにはもう、こうするしか」



 訳アリらしい。リョカが何か考え込んでいるけれど、こういう時はまずは落ち着かせるべきでしょう。面倒だけれど、相手になろうとあたしは一歩前に出る。



「あんたたち、別に誰かを襲うのは良いけれど、この子の名前、リョカ=ジブリッドよ? 商人続けたいのなら大人しくするべきだと思うけれど――」



「あ、ちょ、ミーシャ」



「……え?」



 リョカの名前を聞いた野盗のような商人の1人が素っ頓狂な声を上げると、他の商人たちが口を大開にして目を見開き、リョカをジッと見た後、手に持っていたナイフを自身の首に沿えた。



「ちょちょちょちょちょっ! ちょっと待って! 事情っ事情を聴くから!」



「か、堪忍してくださいお嬢様! まさかジブリッド家のご息女とは知らずにとんだ無礼を! この首1つで許して下せえ!」



「そんなの貰っても困るから! とにかく落ち着いて」



「そうよ、あんたの首1つにそんな価値ないでしょ。もう少しマシな物を持ってきなさい」



「ミーシャちょっと黙ってて」



「ミーシャ……? ミーシャ=グリムガント様! ひぇっ」



「おいコラ、その反応はおかしいでしょう。とりあえず殴らせなさい」



 あたしはとりあえず近場にいた野盗商人の顔面を殴り、傍にあった木に彼の頭を埋めた。



「ミーシャぁ! お願いだから大人しくしててよ~」



「喋られる奴を1人残しておけばいいだけでしょう。そいつを残して全員を埋めた方が早いわ」



「僕以外にも優しくなろうよ! この子こんなこと言っているけれど、本当はいい子なんです!」



 一体誰に向けた紹介をしているのかしら。と、リョカが必死になって弁明しているのを横目に、あたしは商人たちをそこいらに埋めていく。



 そうして1人を除いた全員を森と同化させたところで、あたしは野盗紛いなことをしていた商人の目の前に腰を下ろす。



「ひえぇ~」



「あんたも埋めるわよ」



 商人が体を震わせている横で、リョカが彼を精一杯に慰めている。

 するとアルマリアが肩をポンと叩いてきたから、あたしは彼女に目を向ける。



「ミーシャさんはぁ~人の心とかないんですかぁ~?」



「人の心なんてあったら聖女なんかに選ばれないわよ。それにこれで平和になったんだから、そいつも会話せざるを得ないでしょう。感謝なさい」



「このおバカっ、ゴリラ聖女! ほんと~に、僕の幼馴染がごめんなさい!」



 褒められるべきであり罵倒されるいわれはないのだけれど、これ以上は収拾がつかなくなりそうだし、あたしは黙ることを決める。



「もう怖い聖女は大人しくなったので、とりあえず落ち着いてください。はい、これを飲んでください」



「へ、へ~、す、すんませんお嬢様」



「いえいえ、それとリョカで良いですよ。父を知っている商人さんなら、僕も無碍にはしませんから」



「し、しかし――」



「とにかく、事情を話してください。ジブリッドにそこまで反応するということは、父とも取引があったのですよね? そんな商人様が、一体何故こんなことを?」



「それは……」



 言い淀んでいる商人の目の前で握り拳を作ってやると、彼が顔を青白くさせて口を開いた。



「実は、ここにいる商人は大事な商品を全て奪われてしまったんです」



「……それは、全て。ですか?」



「はい」



 商品が奪われただけで、どうして野盗になんてならなければならないのかしら。と、あたしはリョカに説明を求めるために目を向ける。



「ここにいる方たちは、渡り鳥(・・・)ですか?」



「ええ、あっしたちはここ最近ラットフィルムで砂糖の流れが来ていることを掴んで、多少の無理をしてあちこちから集めて、ここで商売をしようとしていました」



「……なるほど、それを全て奪われたとなると、ほとんど財産がないってことですね」



「はい。しかも軌道に乗る前に全て奪われたので、ここにいる連中はほぼ一文無しです」



 あたしは首を傾げ、リョカの袖を引っ張る。



「良いミーシャ、僕のお父様みたいにあちこちに店を構えているのならお金を隠しておけるけれど、店を持っていない人にはお金ってかさばるし、野盗相手のリスクも考えなきゃだから邪魔でしかないの。だから店のない……渡り鳥って呼ばれている商人はお金のほとんどは商品にしちゃうの。意味わかるよね?」



「つまり、商品がこいつらにとっての財産?」



「うん、だからそれを盗まれちゃうと、彼らは何もかもを失くすことになるの」



 リョカの話を聞いて、髪の毛の先ほどの後悔が生まれたけれど、それならとりかえせばいいのでは。と、あたしは首を傾げる。



「……みんながみんな強いわけじゃないからね。それに護衛だって雇っていたはずだよ。それでもどうにもならなかったってことでしょ」



「はい、奴は意味のわからない力で、護衛の冒険者さんをあっという間に、全員を、ええ、殺しちまいました」



「それ聞いたことありますぅ~、商人に雇われていた冒険者が帰って来ない~ってみんな騒いでました~」



「しかもそいつは、ここ最近この辺りで噂されている行方不明者に関係しているみたいなことも言っていました。あっしたち、もう怖くて怖くて……それで、こんな野盗みたいなことを」



 大粒の涙を流す商人を見てあたしは頭を掻く。

 何故だか、とんでもなくムカついている。彼にではなく、その商品を奪った奴にだけれど、あたしはとにかくそいつをぶん殴りたくなった。



「ごめんなさい、ごめんなさいお嬢様、あっしたちは、あっしたちは――」



「……」



 するとリョカが数枚の紙に何かを書き殴り、それを商人の男に突きつけた。



「商人なら、商人らしくお金を稼がないとね。はいこれ」



「お、お嬢様?」



「すぐじゃないけれど、あなたたちが奪われたお砂糖、僕が全部買い取るよ」



「え、え?」



「この依頼が終わってからになっちゃうけれど、必ず僕が取り返すから。で、少し変わった買い取り方をしたいんだけれど、良いかな?」



 のそのそと他の商人たちも顔を上げる中、リョカが真っ直ぐと可愛い顔をして、商人たちに手を差し伸べた。

 これでこそあたしの幼馴染だと胸を張れる。これでこそ最も頼りになる魔王だと鼻が高くなる。



「みんなはとりあえず王都の僕の家――お父様にこの手紙を渡して、それでお父様から材料を受け取ったら、みんなはお菓子を作れる人を捜してこのレシピ通りにお菓子を作って、出来上がったものをあちこちで売る。その収益で砂糖を買いたいんだけれど、良いかな?」



 商人たちが口をあんぐりとしてリョカを見つめている。



「手紙にある程度のことを書いておいたから、お父様が何とかしてくれると思うけれど、お父様にレシピを見せちゃ駄目だよ。それと移動費は僕からのサービス――砂糖の前金ってことで良いかな?」



 商人たちがわなわなと震えだし、リョカから受け取った手紙を両手で抱き締めながら膝を折り、慟哭を上げるように大泣きし始めた。



「もう、何泣いてるのさ。売れなければ意味がないんだから、まだ泣くのは早いと思うよ。もし売れなかったら、あなたたちは僕に砂糖をタダで譲ることになっちゃうんだからね」



 リョカが商人たちに幾ばくかの硬貨を握らせ「もうこんなことしちゃ駄目ですよ」と、言い聞かせた。



「あり、ありがとうございますおじょうさ――リョカ様、このご恩は必ず、必ずお返しいたします」



「うん、まだ恩になるかはわからないけれど、気長に待ってるよ。さっ、こんなところで、こんなことしていないで――っとそうだった、みんなこれあげる」



 リョカがヘリオス先生から買い取ったという時計を彼ら全員に手渡した。



「時は金なりってね。時間は有限なんだ、大切にね」



 時計の見方や使いどころを書いた紙をさらに渡し、リョカは彼らに手を振った。



「ほらほら、やることがたくさんあるんだからさっさと行く」



「はい! リョカ様、本当にありがとうございました! 絶対に、絶対にこのご恩を返しますので、それまでお達者で!」



 死んだような目をしてた商人たちだったけれど、リョカのおかげで生き生きとしており、根は真面目だったのだろう。彼らはいつまでも、いつまでもリョカに手を振っていた。



「……ちなみに~、ここ最近野盗の話はありましたけれど~何かを盗まれた、危害を加えられたって報告は挙がってなかったので~、彼らは何もやっていないと思いますよ~」



「でしょうね、そういうことが出来そうな人たちではなかったです」



「砂糖泥棒ですか~、案外今回の依頼で解決できるかもですよ~」



「……そうだと良いですね。マリアさんに案内を頼んで良かったですよ」



 腹の探り合いでもしているのか、2人が互いに微笑みあっているのが見えるけれど、もうここまで来たら腹の中を晒してしまえばいいのに。と、あたしは腹芸が好きな2人を呆れる。



 思いがけずに幼馴染の自慢話が出来たことにあたしは満足し、前を歩くリョカとアルマリアの背中を見ていたけれど、ふと振り返り、彼らがまだ手を振っていることに頬を綻ばせ、またファンを増やした魔王様に、ただただ想いを馳せるのだった。

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