魔王ちゃんと服飾の達人
「いやぁ、案外この服好評だったなぁ」
「だから似合うって言ったでしょ」
「もっとあからさまなアイドル路線で攻めるつもりだったけれど、こういうのでも良いかもしれない。魔王なのに信仰アイドル清楚系みたいな」
「アイドルって、確かあんたがしょっちゅう言っていた奴よね。歌って踊って周囲を誘惑して金を吐き出させる悪魔のような――」
「悪魔じゃないもん! みんな同意の上でお金払ってるもん! アンリたんさいこ~っ!」
「誰よそれは」
この世界で生まれ変わってから15年も経っているのに、私の脳裏には推しアイドルのアンリたんがいた。
顔つきは僕よりもミーシャ寄りで、ツリ目に泣きボクロのあるクール系な顔なのに、ステージの上で浮かべている笑顔はいつでも可憐だった。
仕事に疲れ、なんのやる気も出なかった時分、動画投稿サイトでおススメされた彼女に一目惚れをし、私は私の持つ全ての力を使い、アンリたんの応援を始めた。
「……私が可愛くなろうとした切っ掛けかな」
「ふ~ん、よくわからないけれどあんたが大事にしているのはわかったわ」
「うん! 私が僕らしくいるための根源だよ。あ、でもミーシャも大事だよ。いつも一緒にいてくれるからね」
「はいはい」
僕は後ろからミーシャに抱き着き、程々の感謝を抱擁に込めた。
すると首に回した手を彼女が握ってくれ、何となく照れくさくなりながらも横から顔を出して笑顔を浮かべてみる。
「随分と強引な押し売りね」
「買っても良いんだよ~」
等と軽口を叩き合い、僕たちは笑って足を進める。
なんだか女子高生になったようだと錯覚したけれど、女子高生だったことを思い出し、それならばもっとらしくやってみようと、ミーシャの手を引く。
「まずは服を買いに行こうよ。この服貰ったお礼に見繕うって話したでしょ、中々いい仕事をする職人がいる服屋があるからそこに行こう」
「ええ、今日はあんたに任せるから」
「僕さ、前々からミーシャに着てもらいたい系統の服があるんだよ。絶対に似合うから楽しみにしててよ」
そうして僕たちは服屋『わた毛』というネーミングセンスバグってんのかと言う店の門をたたく。
「こんにちは」
僕の挨拶に、おばあちゃんが懐っこい笑みで迎えてくれた。
このわた毛というお店、元冒険者のおじいちゃんと服飾系の店を代々からやっているおばあちゃんの2人で切り盛りしており、仕事は丁寧だし、何より質が良い。
この店に何度かお父様の使いが来ているのを見たことがあり、きっと2人を取り込もうとしているのだろう。
お父様に認められているほどの、実はすごい店なのである。
「おばあちゃんおばあちゃん、この子が前話したミーシャ、僕の幼馴染だよ」
おばあちゃんが相変わらずの微笑みで、いらっしゃいとミーシャのことも歓迎してくれる。そして腰は曲がっているけれど、意外としっかりとした足取りで店の奥に入っていき、ティーポットを持って来てくれた。
僕はおばあちゃんの体を労わりながら、彼女の肩に手を添えテーブルまでの道のりをサポートする。
「おばあちゃん、言ってくれれば僕が淹れるから。ところでおじいちゃんは?」
おばあちゃんが目を細めてお礼を言ってくれて、その後店の外を指差し、おじいちゃんは今日は冒険者たちと素材取りに出かけているのだと言う。
「相変わらず元気だね。ああそうだねえおばあちゃん、この糸ってどうかな? 使える?」
3人でテーブルに腰を下ろし、僕は本題をおばあちゃんに持ちかける。
「なによそれ?」
「僕が開発中の糸をおばあちゃんに見てもらってるんだよ。ミーシャに着てもらうんだし、せっかくだから丈夫なものをと思ってね」
「そんなの適当で良いでしょ」
「駄目です。それにこれは特別な糸だよ、フィングルっていうエネルギーをため込む性質を持った獣系の魔物がいるんだけれど、その子たちって実は体毛にエネルギーを蓄えていることが最近わかってね、その体毛を纏めたのがこれ。結構とるの大変なんだよ」
ミーシャは興味がないようだけれど、おばあちゃんが興味深そうに糸を眺めており、これだけ丈夫ならうちでも使いたいと言ってくれた。
「あ~ごめんおばあちゃん、丈夫なのは多分、僕が魔王オーラ――所謂魔王の力を込めてるからなんだよ」
そもそもこのフィングルと言う魔物、一級品の毛皮を得るためにはそれなりの戦術がいる。普通に倒しただけでは大した価値もなく、僕の見積もりでは4段階ほど評価が上下する。
「この魔物ってね、体毛にため込んだ力がまったくなかったら毛皮が一級品になって、少しでも残ると価値が下がっちゃうんだ。で、これなんだけれど、蓄えゼロの毛皮に、最大まで魔王オーラを吸収させたものだから、他もこのくらいの強度が出るかわからないの」
おばあちゃんが考え込んでいたけれど、ふと手を上げ、どの力でもため込むことができるのかという旨の質問をしてきた。
「うん、聖女の信仰の力も、勇者の他から受ける信仰も込めてみたけれど普通に蓄えたよ」
「ということは何、あんたこの糸って純度最大の魔王の力なの?」
「そうだよ。だってミーシャすぐ怪我するような戦い方するでしょ? これでこしらえた服を着てくれたら僕も多少は目を瞑ります」
前から考えていたことで、ミーシャが危ない目にあうのは正直辛かったけれど、それを止めることは出来ない。ならせめて自分の目の届く場所で、しっかりと守りの装備をそろえた上でなら、少しは安心すると考え、この糸の開発に着手していた。
僕たちの会話を聞いていたおばあちゃんがクスクスと笑い声を上げ、この糸で服を作れば良いのかと言ってくれた。
「うん、お願いできます? それでデザイン――こんな服を作ってもらいたくて」
僕は紙に描いた絵、それと私だった時に培った服飾技術を存分に書きとめ、それをおばあちゃんに手渡す。
するとおばあちゃんは驚いたような顔で、これを見ていいのかと聞いてきたけれど、僕は服飾関係に就くつもりもないし、せっかくなら技術のある人に使ってもらいたいと話す。
「ああそれとねおばあちゃん、ジブリッドの店の者がよく来るでしょ? この企画書を渡して、この通りにやるのなら受けるって言えば多分大丈夫だよ」
「……あんたおじさんに怒られるわよ」
「強引なことをしてないにしろ、おばあちゃんもおじいちゃんも納得してないんでしょ? それならそんな勝手を通す必要なんてないでしょ」
企画書を見ていたおばあちゃんがありがとうと何度も頭を下げてくれた。
曰く、先方は丁寧で凄く熱意があるけれど、この年だと踏ん切りも付けられず、そもそも大商家相手と同じ場所に立てるほど驕ってもいなかったけれど、これならば自分たちの歩幅でやっていけそうだと。
「いいえどういたしまして。それとおばあちゃん、もし次ジブリッドが来たらお父様……ジークランス=ジブリッドと直接話したいって言うと良いよ。お父様はある程度融通を利かせてくれるから、きっと悪いようにはしないと思うよ」
「おじさんが頭を抱える光景が目に浮かぶわね」
「人脈は苦労してでも得ろってお父様言っていたもの。お父様にも当然苦労してもらうよ」
僕は笑みを漏らし、糸とデザイン画を指差す。
「それでどうかな、作れそう?」
するとおばあちゃん、体を震わせたと思うと、バッと背筋を伸ばし、腰に掛かっていた前掛けから様々な服飾道具を取り出した。
そして勝気な笑みで、任せて。と、頼もしい言葉を聞くことができた。
「あんたの周りには本当に面白い人たちが集まるわよね」
「その筆頭が何を言うかね。まあでも、うん、縁には恵まれているね」
そして夜には完成させるから、あとで届けさせるというおばあちゃんの言葉を聞き、わた毛を後にするのだった。




