魔王ちゃん、幼馴染に驚くばかり
「厄介なことになったなぁ。これからどうしよう」
ミーシャたちと分断された僕は、転移先で湧いて出てきたマネキンたちを一掃した後、これからどうしようかを思案していた。
あの3人と一匹なら然う然う敵に後れをとることはないはずだけれど、それでもミーシャ以外の子たちには経験値が少ない。それ故に不測の事態に対応できないかもしれず、フォローの苦手な幼馴染では事故が起きるかもしれない。
「もっと早く警戒しておくべきだったな。これはやられた」
後悔しても遅いけれど、これ以上の後悔が出てこないように僕は最善を模索する。
そうしてうんうん唸っていると、ペンダントが輝きを放つと同時に周囲の空気が変わったことに気が付く。
「なんだ――」
「お困りですか? 世界にそっと沿うわたくし、ルナの登場ですよ」
どこから現れたのかわからないけれど、僕の背後からルナちゃんが現れた。
彼女は相変わらずの懐っこい顔で、可憐な笑顔と空気感でこちらを窺っており、僕はルナちゃんの傍まで足を進めると彼女を抱き上げる。
「きゃー」
「こんにちは、今日も可愛いですね。でも丁度良かった、ちょっと助けてほしくて」
ルナちゃんは輝かしい金色のフワフワヘアーを、僕と同じように側面で結んだサイドポニーにしており、普段とはまた違った可愛さがあった。
と、彼女の可憐さについて考えている場合ではなかったことを思い出し、ルナちゃんにこの状況をどうにかする方法がないかを尋ねる。
「ええ、見ていましたからどういう状況かはわかっています」
「それなら」
「ですが、わたくしが出来ることは限られています。今だってリョカさんがずっとわたくしのペンダントにお祈りしてくれていたから、無理やり割り込んだ形なので、皆さんを救う。ということは出来ないです」
「そっか……」
それは当然だろう。女神さまが高々個人のために力を振るうことは難しい。考えたら当然のことでもあるけれど、ふと僕は、それならなぜ出てきてくれたのか疑問を覚える。
「ちなみにわたくし、あまりにもお祈りの内容が楽しそうだったので、我慢できず出てきてしまいました。わたくしが今出来ることは、そうですね、リョカさんのお話相手ですかね。寂しくないですよ」
僕は抱っこしているルナちゃんを体に寄せてぎゅっと抱きしめる。
「本当に可愛いですね~」
「きゃ~。あ、でもでもそれではあんまりなので、良かったらミーシャさんたちの様子でも見ますか?」
「それは願ってもないことですね。正直、様子がわかるだけでも安心できますから」
僕の言葉に微笑み返したルナちゃんが鳴らない指ぱっちんを披露すると、突然テーブルと椅子が現れ、テーブルの上にはティーセットと焼き菓子が添えられていた。
「リョカさんのお菓子が美味しかったので、真似して作ってみちゃいました。お口に合えばいいのですが」
「ルナちゃんのお手製ですか、とても楽しみです。まあ慌ててもしょうがないですし、ゆっくりします」
どの行動をとっても可愛らしいルナちゃんを羨ましく思うと同時に、これが女神かと諦めの気持ちも湧く。
僕は彼女に促されるがままに席に着き、ティーポットからカップに2人分の茶を淹れる。
「ではこちらを」
「これは?」
ルナちゃんは大きめの鏡を取り出し、それをテーブルに置くと、その鏡にミーシャたちが映し出された。
現在、ミーシャたちは敵に囲まれており、セルネくんとカナデの2人が雑魚を散らしており、ミーシャは肉を纏っていない大型のマネキンと戦っていた。
『セルネそっちに行きましたわ! ミーシャに絶対に近づけてはいけないですわよ!』
『わかっている! 今ミーシャが倒れたら漏れなく全滅だ、雑魚に気を回させるわけにはいかない!』
カナデとセルネくんが立派にチームプレーをしており、ガラにもなく感動してしまう。
「セルネさんはまだまだ歴代の勇者に比べると力はないですが、勇者としての一歩を踏み出せていますね。これもリョカさんたちのおかげです」
「いえいえ、セルネくんが頑張っているからですよ。これなら僕がいなくても大丈夫かな――って、そこまで甘くないか」
ミーシャの傍に新たな敵が生成された。
それは昨夜現れた大型のマネキンに似ており、マネキンの上から様々な魔物の肉を羽織っていた。
『昨日と同じ奴じゃないでしょうね。せめて一発で沈んでほしいわ、ね!』
ミーシャの信仰を2回ほど込めたパンチが怪物の腹に直撃した。しかし――。
『は?』
ミーシャが驚きの声を上げると、怪物のマネキン部分と肉の部分が急激に再生を始めた。
「あれはヤバい。今のメンバーは圧倒的に手数が足りないから再生されちゃうとガス欠になっちゃう」
「そうですね。本来であるのなら勇者と聖女と言うのは互いに欠点を補い合うことの出来る相性のいいギフトなのですが、ミーシャさんに関しては完全に正反対ですね。第1スキルは体力も回復できますから」
「あ~、確かにそうかもです。でもミーシャ、完全に自分1人で成り立ってるからね。って、互いに? 勇者だけのメリットじゃなくて?」
「ええ、ミーシャさん、第2スキルを覚えたのでしょう? 本来聖女と言うギフトは勇者と同じように体力を……というより生命力をたくさん消耗します。スキルがどう変換されているのかは正直わたくしでもわからないのですが、ミーシャさんって極端に生命力が少ないように思えます。だからこそ、他者を回復させることができないのではないかと」
「あ~……あの子実は小さい頃は体が弱かったからね。そのせいかもです」
「それで、第2スキルなのですが、その生命力を回復、というより、他の方から譲ってもらえるスキルなのです。聖女って自分の傷は治せませんからね」
「え? そうなんですか? 喝才で使うと回復できますよ」
「それは魔王のスキルだからです。そもそも喝才は傍にいる人のスキルを借りるスキルなので、厳密には使用者は借りられた人です。消費も術の力も魔王のコストですけれど、世界はそう認識していません。だから喝才でのリリードロップはその使用者も回復できますよ。今まで例はありませんでしたけれど」
最初はハズレスキルと思っていた喝才だけれど、こう聞くと結構なぶっ壊れである。けれど、それなら尚更この状況はヤバいのではないだろうか。
そもそもあの場で傷を治すスキルを持っている者はいない。強いて言うのならカナデがそういう類の精霊と契約すればワンチャンあるくらいだろうけれど、プリマもそういう精霊には見えず、現に今も張り切ってマネキンを燃やしている。
『ミーシャ!』
『こっちはいい! あんたたちはあんたたちの役割を果たしなさい! こいつらはあたしが何とかするわ』
しかしミーシャの額には脂汗が浮かんでおり、旗色が悪い。
この状況を打開する方法を考えるけれど、やはり浮かばず苛立ちが募る。僕は落ち着くためにカップを口に運び、紅茶を飲む。
だけれど状況はよくならず、それどころか先ほどの一撃でミーシャを近づけることを危険だと判断したのか、化け物が自身の肉を千切って丸め、それを投げるという攻撃手段を取り始めた。
「あれではミーシャさんが近づけませんね。わたくしもどうにかしたいのですが……」
「いいえ、これは人の営みですからルナちゃんが気に病む必要はないよ。それにミーシャなら多分大丈夫」
ルナちゃんを慰めるつもりの言葉だったけれど、僕自身も拳を強く握っており、自分への慰めでもある。
幼馴染がここで負けてしまうとは信じたくない。こうして離れてしまっている現状、僕はみんなを信じることしか出来ない。
『クソッ! ここまできて俺も体力が』
『セルネ! ここでやられたらリョカに顔向けできませんわ!』
『わかっている! ああクソ。一声喝魂!』
セルネくんが第2スキルを使用し、体力を回復させたと同時にミーシャの前に飛び出て肉片を剣で弾いた。
『ちょっと!』
『昨夜あなたが壁になれと言ったんだろうが! 俺がこれを防ぐ――くっ!』
際限なく投げつけられる肉片にセルネくんの体が傾く。
しかしミーシャがセルネくんの背中に手を添えて支えた。
『ああもう! 役に立たないスキルなんていらないわよ!』
苛立ちを最大まで声にしたミーシャがそう叫んだ瞬間、突然彼女の手が淡く輝く。
「あれは、聖女第2スキルの『施しの慈愛』しかしミーシャさんの体力を回復しても――」
『ぐあぁぁぁっ!』
「え?」
「え?」
僕とルナちゃんが素っ頓狂な声を上げる。
けれどそこで叫び声を上げたのは他でもないセルネくんだった。
ミーシャの手が触れているセルネくんの体も光り出したのだけれど、彼の光が移動を始め、ミーシャの方に動いていた。
「ルナちゃん、第2スキルってどういう効果?」
「え、えっと、人々から許可を貰って生命力を少しずついただくスキルです。ですのでこんな人も少なく、ましてや許可制のスキルを緊急時に使用しても。と思うのですが」
「あれ無理矢理にたっぷり奪い取ってない?」
「そ、そのようですね」
「ドレインタッチじゃん。施しどころか強奪じゃん。お坊さんが銀行強盗するようなものじゃん」
スッと僕から目を逸らしたルナちゃんの頬を摘まみ、むにむにとこねる。
『……よし』
するとミーシャが何か活路を見出したのか、セルネくんを持ち上げた。
『カナデ、セルネと一緒に後ろに下がりなさい! あとはあたしが何とかする!』
『何とかって――』
『か、カナデちゃん、あの人は多分大丈夫だから下がろうよぅ。プリマももう……』
セルネくんを投げつけられたカナデがプリマと一緒に渋々下がった。
『あんたたち、よくもやってくれたわね』
ミーシャが飛び出すと雑魚のマネキンに手を伸ばした。
『フォーチェンギフト!』
ミーシャに触れられたマネキンに使われている素材が、まるで劣化したかのようにボロボロになり、最後には足から砂のように崩れて行った。
「あれ、あのスキルって生命力を奪うスキルじゃないんですか? マネキンには命はありませんよね」
「奪う。ではないのですが、あれは少し……大分歪んだ捉え方で発動していますね。一応無機物にも世界を生きる寿命がありますから、多分その寿命を奪っているんだと思います。あっ、セルネさんは大丈夫です、スキルで大量に得た生命力を吸われていますから命に別状はないです」
光明が見えてきたけれど、ふとミーシャの顔色が悪いことに気が付く。
「あれ、ミーシャが」
「マズいです。先ほど言った通り、ミーシャさんは生命力が極端に少ないので、そもそもの容量が小さいです。ですからいきなりあれだけの生命力を体に入れてしまうと、体が耐えられなくなります」
辛そうな顔をしながらも、肉付きマネキンの攻撃を躱しつつ雑魚たちから生命力を奪っていくミーシャ。けれどもルナちゃんの言う通りならあの戦い方は危険なものだ。
「どうしたら」
「……もしかしたらですが。ええ、やってみましょう。リョカさん、わたくしの手を。今からミーシャさんに神託を下します。あなたの声を彼女に届けてください」
手を差し出したルナちゃんの顔を見つめると、彼女が微笑んでくれ、僕は言われた通りに手を重ねる。
『ああクソ、なんで怠いのよ。このスキル、代償でもあるのかしら』
ミーシャがフラフラとしだしたけれど、僕は心落ち着かせて幼馴染を助けたい一心で何度も何度も心の中で叫ぶ。
『あ? リョカ――』
「ぶっ放せミーシャ!」
「――ッ!」
声が届いたのか、ハッとした驚きの表情をしたミーシャが小さく鼻を鳴らした。
『ええそうね、こんなところでやられてなるものですか。あんたの真似をすればいいのよね、力を放つのはあんたの方が得意だものね』
ミーシャが立ち止り、目を閉じて集中している。
すると彼女の指先に徐々に光が集まっていき、それが次第に大きな力になっているのがここからでもわかる。
『命の煌めきよ、さらなる輝きを以って応えろ! 『自己犠牲の寵愛』』
指先に集まった大きな生命力をもう片方の手で支えるように添える、所謂指鉄砲のような形でミーシャが肉マネキンに狙いを定めた。
『ぶっ飛びなさい!』
ミーシャの手から撃ちだされた生命力はまさに弾丸のようで、雑魚マネキンを巻き込みながら肉マネキンを攻撃エネルギーとなった生命力が丸まる包んでいく。
その光景を、僕もルナちゃんもあんぐりと見ていた。
「え、微笑みの爆弾なの? ありがとうございますしちゃうの? 僕あれ見たことあるよ。伊達にあの世はみてねぇ奴だよね?」
「えっとその、リョカさんの言っていることはわかりませんが、あれは聖女の第3スキルです。自身の生命力を他者に与えて回復させるスキル、です?」
「そんなの嘘ですよね。だって生命力が通った後、焦土みたいになってますもん。命を刈り取るスキルですもんあれ」
あのエリアのボスを倒したからか、ミーシャの方で湧いていたマネキンたちも消え、僕たちのいる通路とミーシャたちのいる通路に同じような移動用の紋章が現れた。
僕とルナちゃんはとりあえずミーシャのスキルについての考えを後にし、片づけを始める。
きっとあれに乗れば合流できるのだろうが、最大限の警戒をし、ルナちゃんのお墨付きももらえたところで僕たちは紋章に足を踏み入れた。




