魔王ちゃん、同時イベントに辟易する
紋章の上に立ち、次に辿り着いた場所はどこかの村のようにも見える空間だった。
森の中に幾つかの家屋があり、そこでは先ほどよりも人の顔に酷似したマネキンたちが生活していた。
「なんここ?」
「とりあえず殴っておく?」
「いや、どう考えても敵意はないんだからいきなり殴るのは止めようね」
確かに人の顔をしているけれど、まったく動かない表情が微妙に恐怖をあおる人々に近づこうかどうかを悩んでいると、その村から女の子らしきマネキンが走ってきた。
「こんにちは。もしかしてあなたたちは勇者様方ですか?」
「ううん、僕は魔王だけれど?」
「……ああ、やっぱり勇者様なのですね!」
さては話を聞かない系NPCだな。
本当の勇者であるセルネくんが自身を指差していたけれど、僕はそれを無視して少女の話を聞く。
しかし本当に不気味だなこのマネキン、話すのなら口を動かす機能くらいつけても良いのではないか。
「勇者様、実は今私たちはとっても困っているの。よろしかったら助けてくださらない?」
「イヤよ面倒――」
「ああうん、とりあえず何があったのか教えてくれるかな?」
「まあ、ありがとう勇者様」
ミーシャの口を塞ぎ、僕はマネキン少女に話を促す。
ここはダンジョンだし、多分お使いクエストか何かなのだろう。どうしてダンジョン内にこんなところがあるのかはおいておいて、このダンジョン、どうにも人が作ったような形跡がある。ならばここは先に進むために、ある程度は相手の要求を呑んでおくべきだろう。
「実は今、この村は怪物によって生活を脅かされています。みなさまにはぜひその怪物を倒していただきたいのです」
「テンプレートをぶっこんできたな。一体どんなことをされているの?」
「あの怪物はとても恐ろしいのです。お腹が減るとこの村にやって来て村人を頭からバリバリと……」
少女は恐ろしいと体を震わせ、大袈裟にその場で蹲った。
明らかに作り物の見た目をしているからか、どうにも緊張感が薄れる。勇者であるセルネくんですら困惑しており、カナデに至っては狐くんと戯れている。
そんな気配を察したからか、突然の声にもなっていない咆哮がどこかから上がってきた。
まあ魔王オーラで明らかに異質な存在を察知してはいたけれど、僕はイベントをしっかりとこなす系魔王なので、出番が来るまでしっかりと待っていた。
「リョカ、これは一体どういうことだ?」
「ああうん、予定調和予定調和。とりあえず倒せば――」
何故か村の方からやってきた化け物だけれど、その化け物はマネキンの部品をあちこちから生やした球体で、所々から無機物な人の顔がのぞいていた。
「悪魔マンで見たことあるなこれ」
あれは亀だったか。と、考え事をしていると、その化け物からマネキンの手が伸びてきて少女マネキンを掴んだ。
「きゃーっ助けて勇者さ――」
哀れにも少女は頭からバリバリと食べられてしまい、化け物の体の一部となって生えてきた。
「これ、倒せばいいのかな? でも、なんだか食べた瞬間にちょっと気配が強くなったような? もしかして食べるごとに強くなってるのかな?」
「それならこいつら全員食べさせましょう。今の段階だと多分あたしで一発よ」
「……あなたは本当に聖女か? どうしてそんな酷い発想ができるんだ」
「ミーシャですし仕方がないですわ。あ、そうだリョカリョカ、わたくしこの子に名前を付けますわ」
「え、それ今必要な会話? で、何て名前?」
「ぽんぽこりん30世ですわ」
一体どこがぽんぽこなのか、何故30世なのか、ツッコんだらきっときりがないだろう。それに狐くんが物凄く嫌そうな顔をしており、僕はカナデの頭から狐くんを持ち上げ、少し考え込む。
「君、よく見たらお尻に花型の模様があるね。ちょっとダジャレになっちゃうけれど、可愛い君は舞台の花形ってことで、プリマなんてどうだろう?」
すると狐っ子もといプリマが嬉しそうに鼻を鳴らしたと同時に体を発光させた。その光はカナデにまで届き、1人と一匹を包んだ。
「ちょっと待ってこれ今なること――ってミーシャ、なに化け物を村まで誘導してんのさ! 簡単に倒せるならそれに越したことないでしょ」
「イヤよ。それにあんた魔王だって名乗ったじゃない、だからこの村は終わらせるわ。というかこいつら見てて不快なのよ」
「おい聖女! それが許されるのは魔王だけだよ!」
僕の制止の声を無視してミーシャが化け物をドカドカ殴りつけながら村へと押し込んでいった。
「ああいや、今はカナデのことが。ってもう光っていない?」
「びっくりしましたわ」
「カナデ、大丈夫か? それに今の光は何だ」
「う~んと、よくわからないですわ? リョカ、なにかわたくしに変わったことがありません?」
「えっと」
僕はカナデと抱っこしているプリマを見るけれど、何も変わったことはなく、首を傾げる。しかしプリマがてしてしともふもふの前脚で叩いてきたから喝才で精霊使いを選択する。
「あら、ポンタ、お腹空いているんですの? は? ポンタじゃない? 一体何を言っているんですの? あなたはぽんぽこりん30世と言う名前が――」
どう見てもカナデに威嚇しているプリマ、僕は精霊使いを選択したまま、耳を澄ましてみる。
『うっさいうっさい! 誰がぽんぽこりんよ! プリマはプリマなの! 何でリョカお姉さまが精霊使いじゃないのよカナデちゃんのバカぁ!』
「んなっ! 馬鹿とは何ですのバカとは! リョカは魔王なんですから精霊使いじゃありませんわよ!」
『わかってるもん! でもでも名前まで付けてくれたし、リョカお姉さまにもきっとプリマの声聞こえるもん』
「さっきからなにをわけのわからないことを……あら?」
「カナデ、プリマの声が聞こえるんだけれど、君にも聞こえてるね?」
「ええ、キンキン喧しい声がぽんぽこりんから聞こえてきますわ。それにスキルが1つ増えましたわ」
『え、やっぱりリョカお姉さまにもプリマの声聞こえてるの? やったぁ!』
僕は一度その場で座ると喜んでいるプリマを膝の上に置き、薬草を混ぜたクッキーをまた渡してみる。
『これ美味しい! リョカお姉さま、精霊が好きなものも知ってるのね』
「カナデのために一応用意しておいたからね。カナデ、あとでちょっと調合の仕方を教えてるから、ちゃんと2人で食事をするんだよ」
『そうだそうだ! いつもプリマのことを放って自分だけご飯食べて! カナデちゃんは精霊愛がないよぅ』
「ご飯ほしいのならご飯ほしいって言ってくださらないとわからないですわ」
『それはカナデちゃんがプリマと本契約を済ませてないからよぅ。どうしていつまで経っても名前を付けようとしないの』
「名前が欲しいのなら名前が欲しいと」
「カナデ、それが出来ないからプリマが怒ってるんだよ。とにかく本契約が済んだのなら良かったね。でも僕も名付けによって契約が完了するとは知らなかったな。ごめんねプリマ、知っていればカナデに助言できたのに」
『リョカお姉さまは悪くないよぅ。カナデちゃんが馬鹿なのが悪いんだから』
懐いてくるプリマに微笑み返し、僕はカナデの頭にプリマを乗せる。
「と、いうことでその子はプリマだよ。ちゃんと呼んであげてね」
「むぅ、ぽんぽこりん……ええ、わかりましたわ。プリマ、これからもよろしくですわ」
『まっ、カナデちゃんがプリマのことを愛してくれるのなら力を貸してあげなくもないわよぅ』
「生意気ですわね。ですけれど、今わたくしは新たなスキルを習得しましたわ! これで先ほどの気持ち悪い化け物も――」
「あ~……話の流れから精霊と会話しているのはわかったけれど、カナデは今回も活躍できないんじゃないかな?」
「どうしてですの?」
首を傾げるカナデと引き攣った顔でむらを指差したセルネくん。彼が指差した先には村人をすべてくらったのか、先ほどよりも大きく禍々しくなった化け物の傍で、信仰を込めた手甲装備のミーシャが大きく構えていた。
「ふんっ!」
最初より明らか強力になった化け物だったが、聖女による破壊パンチ一発で憐れにも消滅した。
「他愛もないわ。もう少し歯ごたえがあった方が良いわね」
もう何も言うまい。どうしてあの幼馴染は備えるという動作が出来ないのだろうと頭を抱える。
そして化け物を倒すと同時に、村の中心にはまたしても2つの紋章が現れていた。
もうどうにでもなれと、僕たちは紋章へと足を延ばすのだった。




