勇者くん、魔王ちゃんと和解する
なんだ、何が起きた。俺はミーシャがブッ飛ばしたジンギたちに目をやり、あの後に強大な魔物が現れた時のように錯乱して逃げだす対魔王組織の生徒たちが室内訓練所から飛び出す様を見送った。
しかし外で待っていたリョカさんの友人たちに一網打尽にされ、外からは相変わらず悲鳴やらが聞こえていた。
そしてあれだけの数を集めたにもかかわらず、ここに立っているのは俺1人。
リョカさん1人であったのならもしかして。と考えたが、それでも変わらなかったのではないだろうか。違いがあるとすれば、きっと彼女は俺を勇者として戦わせてくれたのではないかと思う。
しかし今俺は1人で、勇者と言うギフトを持っている以上、傍に誰かいなければならないし、誰かからの願いがあって初めて聖剣も輝く。
どうして勇者である俺ではなくて、魔王であるリョカ=ジブリッドさんの周りにはあれだけの人々が集まっているのだろうか。
「……俺は、勇者には」
「はい、あとはあそこで意気消沈している勇者を囲んで畳むだけよ」
「い、いやミーシャさん、言っていることが夜盗とかとそう変わらないですよ。というかよくよく見たらリョカさんが倒れた原因ってセルネ様じゃないですよね? これどう考えても何者かに殴られたような痕跡が」
「……え、まさかミーシャさん」
「誰も敵にやられたなんて言っていないわ。勝手に勘違いしたのはあんたたちでしょう」
オタク3連星と名乗った彼らも、さっきまで勝気な表情だったカナデ=シラヌイさんも申し訳なさそうな顔で俺を見ている。
この空気、彼女は一体どうするつもりなのか。
「それにこんなに無茶苦茶になったのだって、そもそもそこのアホのせいでしょう。あたしは責任取らないし、そのまま寝たふりを続けるのならあたしが終わらせるだけよ」
「いや、滅茶苦茶にしたのはミーシャだからね。というか顔は止めてって言ったでしょ」
「ちゃっかり魔王オーラで防いだんだから、残るような傷はないでしょう」
リョカさんが起き上がる。良かった、大きな怪我はないようだ。そう思って俺は顔を伏せる。ああそうか、俺はもう彼女を敵として見れていなかった。
「セルネくん」
「……なんですか」
「続き、しよっか?」
「するまでもないでしょう。俺の周りにはもう誰もいないし、そもそも実力でもあなたには及ばない。これ以上、ここで立っている意味は」
「あるよ。君は勇者で、僕は魔王だ」
彼女はそう言った。けれど俺には、その前提が壊れていると思えた。
何故なら彼女の在り方は俺よりもずっと勇者らしく、何よりも美しかった。
「俺は――」
「舐めるなよ勇者セルネ=ルーデル」
「え?」
「君、もしかして僕のことを勇者に向いてるとか思ってるでしょう? 君、知らないかもしれないけれど、僕は勇者の適性もあったんだよ。でも選ばなかった。その時点で僕は勇者にはなれない」
「勇者の、適正?」
「そうだよ。喝才・聖剣顕現」
俺は驚きに目を見開く。
今、リョカさんの手には確かに聖剣が握られている。
彼女は選ばなかったと言った。勇者になれる資格があったのに、魔王になったと。
「ねぇセルネくん、君の聖剣はとっても綺麗だね。色々な人が君に期待している。色々な人が君に背負わせている。きっとあの金色は希望の色なんだと思うよ」
耳当たりの良い言葉、けれどそのすべてが彼女の本心だと確信できる。
ズルイな。あんな風に言われて、やる気を出さない男がいるだろうか、勇者がいるだろうか。
「僕の聖剣はせいぜいここにいる友……クラスメ、ゆ、友人たちからの信仰でしかない。僕はきっと、世界中の人からこんなものを向けられない」
「顔、赤いですよ」
「良いでしょう別に。そんなこと言うと君のことを照れさせちゃうぞ」
「それをされると、あなたの友人たちから一斉攻撃を受けそうです」
クスクスと声を漏らすリョカさんに見入ってしまっている。
彼女は自分の持っている聖剣をせいぜい。と言ったけれど、彼女の手にある聖剣はリョカさんの髪のように銀色が眩しい剣で、やはり綺麗で、きっと俺を夢中にさせている。
「聖剣顕現――まだ名のない俺の剣ですが、いつかきっと魔王を討つ名を持ちます」
「言ったな。それ、僕に約束してくれる?」
「ええ、魔王・リョカ=ジブリッドさんに誓いますよ」
俺たちは互いに笑い声を上げた。
そして俺は金色の剣を構え、リョカさんは銀色が美しい剣を構える。
「剣の腕は期待しないでよ。僕どっちかっていうと真正面からは戦わない系魔王なので」
「ええ、では勇者セルネ=ルーデル、まいります」
「うん、かかっておいで。ああそうだ、もし僕が勝ったら、また遊ぼうね」
屈託のない満面の笑顔でリョカさんがそう言った。やはりまだ敵わないなと心にはありながらも、俺は勇者として彼女へと飛び出した。
これほど強い魔王はいないだろう。しかしそれは恐怖による強さでも、絶望を覚える圧倒的な力でもなく、彼女風に言うのなら、最も可愛らしいこの魔王様には、勇者の力も通用しないのだろう。
しかしやはりそれが不快には思えなかった。
そうして俺は自身の持つ全てをかけて魔王へと金色を振り下ろすのだった。




