勇者くん、怪物をその目で見る
「え、あ、えっと?」
今の一瞬、何が起きたのかを把握するのにひどく時間がかかっている。俺は吹き飛んでいった宿敵の魔王であるリョカ=ジブリッドが壁に激突してぐったりとしている様と、自信満々にそれでいて勝気な顔をしている、本来なら人々の癒しとも言える聖女様を交互に見た。
リョカさんは無事だろうか。今すぐに駆け寄って介抱してあげたい気分をぐっとこらえ、恐る恐る俺は聖女・ミーシャ=グリムガントに口を開く。
「平和になったわ」
「え、どこが」
「あ?」
彼女に睨まれ、びくりと肩が跳ねるのがわかる。リョカさんがどれだけ手加減をしてここに立っていてくれていたのがよくわかる。こんな殺気を向けられたら、そもそも誰も声を上げられなかっただろう。
しかしミーシャさんの発言はよくわからない。あれだけとんでもない暴力を放っておいて平和になったとはどの口が言うのだろうか。
「へ、平和になど、なっていない、かと」
「あたしの心が晴れたわ。あたしが平和だと言っているの。あんたに口を挟まれるいわれはないわ」
めちゃくちゃだ。この間は聖女様が魔王に騙されているかと思っていたけれど、この聖女様、リョカさんより過激な思想を持っている。
というより、よくよく思い返してみてもリョカさんは喧嘩を止めようとしていたし、周りに気を遣っていた。
これまでずっと俺はリョカさんではなく、ミーシャさんからしか殴られていなかった。
あれ、俺は酷くとんでもない勘違いをしていたのではないか。
「はっ、魔王の右腕が登場か?」
「あら、さっきまではしおれた小動物みたいだったのに、随分リョカが怖かったのね? その邪魔な頭を地にこすりつけながらあたしに感謝なさい」
ジンギが額に青筋を浮かばせてミーシャさんを睨んでいる。
どうして彼女に喧嘩を売ってしまうんだ。俺はあたふたとしてしまうけれど、周りの今回集まってくれた打倒魔王を掲げた生徒たちもどうしたら良いのかわかっていないようだった。
しかし外から爆発音と悲鳴、戦闘音が発生したことで、俺は体を強張らせる。
「リョカさ~ん、いらっしゃいますか~。っとミーシャさん、こちらにいましたか……え?」
外からソフィア=カルタスと数人がやってきて、倒れているリョカさんを見て顔つきが変わった。
「あなたたち、いくら相手が魔王と言う肩書を持っているといえ、この数でたった1人の女性を傷つけることを恥ずかしくは思わないんですの」
「え?」
リョカさんのクラスメートのカナデ=シラヌイがまるで仇を見るような視線を俺たちに向けてきた。
俺はすぐにミーシャさんに目を向けるけれど、彼女がスッと俺たちから顔を逸らした。
逸らすな、顔をっ! 俺たちじゃないということを率先して聖女が証明するべきだろう。と、俺は大声を張りたかったが、この状況ではきっと信じてもらえないだろう。
「『飛び立て宝石蝶』」
「『輝気魔獣拳』」
「『発破・天凱』」
ソフィアさんが連れてきた内の3人がスキルを使用した。
彼らはジンギに飛び掛かり、戦闘を開始した。
1人は袋から宝石を取り出し、その宝石の形を変えて生き物のように空中へと飛ばし、もう1人は体に魔物のような形をした闘気を纏わせ、最後の1人はジンギと似たようなスキルなのか、筋肉で膨れた体になっていた。
「しゃらくせぇ! 『頑強凱武』」
ジンギのギフトはリョカさんの言う通り、ナイトマイトメタル。体を金属に変え、攻撃も防御もこなす戦闘面では優れたギフトだ。
金属化した体を存分に扱おうとジンギが攻撃を繰り出すけれど、彼と似たスキルを使う――クレイン=デルマがそれを止め、互いに両手を握り、力と力での比べ合いになった。
「どういつもこいつもふざけやがって。あいつは魔王だぞ! 魔王って言うのは世界の敵だ! 今はまだ大人しいかもしれないが、魔王の素質があるだけで必ず世界に害を成す。それがわかんねぇのか!」
「知るかボケ。俺はリョカ様に優しくしてもらった。なんでもない俺を凄いと褒めてくれたんだ、世界の敵なぞ知るか、リョカ様に仇を成すというのであれば――」
「我らリョカ様から承ったっ!」
「オタク3連星っ!」
「リョカ様に仇なす敵を討つ!」
なんだこれは。
俺たちは魔王を倒すために集まったのではないか。けれどリョカさんのために集まった彼らはまるで彼女のことを――これでは、これではまるで勇者じゃないか。
「まったく嘆かわしいですわ~。ジンギ、伏せていないさいですわ~『光の心域』」
ランファのもとに光が集まる。彼女のギフトは『光を従え歩む者』心にある光を顕現させるギフトで、手数で言うのならリョカさんにも遅れは取らないだろう。
「『幼き精霊遊戯』わたくしに付き従う蒼炎の妖狐よ。その光を晴らしなさいですわ!」
「きゃぁぁぁっ」
青い炎が光を出す間際のランファを包んだ。
ファーストオーダー、確か精霊使いというギフトのスキルで、世界中にいると言われる不可視の存在である精霊を使役するギフトだったはず。
「あなた、わたくしと個性が被っていますわ。今日から語尾に『でげす』と付けなさいですわ」
「……本当に忌々しいですわ~。淑女にもなりきれていない似非風情に言われる筋合いはないですわ~」
「あなた程度が決めた淑女像なんてこっちから願い下げですわ。その喧しい口に魔物の臓物ぶち込んで黙らせてやるですわ」
顔を引きつらせるランファだけれど、一体カナデさんの淑女像はどうなっているのかと、口が悪すぎる彼女に俺もまた呆然とする。
「てめぇら正気か? お前たちがどう思おうが魔王だ。こんなことしていたらいつかきっとお前たちも」
「ええ、そのとおりですわ~。あなたたちは魔王に壊されたものを知らなさ過ぎますわ~、家族だけでなく、故郷、人生だって壊された人だっていらっしゃいますのよ~」
ああそうだ、ここに集まってくれたみんなは魔王に何かを壊された経験のある者がほとんどだ。今リョカさんは確かに優しい人かもしれない。けれど魔王が世界に与えた恐怖は消えるものではない。だからこそ俺は倒さなければならない。
しかし彼女に集う者たちは違った。
「さっきから言っているでしょう。そんなこと知るかって」
「そうでござる。奪われたことがあるからと言って我らがリョカ様を奪わせる理由にはならないでござる」
「というかお前たちは勘違いしてるだろう。俺たちは魔王であるリョカ様を慕ってるんじゃない」
「そうですわ、わたくしたちがここに立っているのはリョカさんを心配してですわ。いつもいつも自分勝手なんですわ。だから今日は可愛くなる方法を教授する刑にいたしましたわ。これが終わったらクラスのみんなに話してもらうんですのよ」
「お前たち、どうかしているんじゃねぇか」
ああ、ジンギの言う通りだ。だけれどどうしてだろうか。俺は今、魔王・リョカ=ジブリッドに嫉妬している。いや、憧れてしまっている。
彼女に向けられている全てが、彼女を取り巻く環境が、そのすべてが、俺が昔に夢見た勇者と言う存在に最も近いような気がしてしまった。
「本当、くっだらないわね」
対魔王組織の困惑を一片に切り裂くような冷たい声。聖女が発したとは思えないその声に、この場にいるほとんどの生徒が彼女に目を向けた。
正直ミーシャ=グリムガントが出てくるだけで場がしっちゃかめっちゃかするために出てきてほしくないのが本音だけれど、冷たいはずのその言葉はまるで神託のように神々しくて、耳を傾けずにはいられなかった。
「てゆうかなに? あんたたちってそれぞれが魔王に恨みがあるくせに、恨みを晴らすべき魔王を無視して、自分たちが最も与しやすいリョカに執着したの?」
彼女の言葉に、全員が奥歯を鳴らした。誰しもが強い生き方を出来るわけではない。彼女はそれを否定したのだ。最も触れられたくはない心をぶん殴った。
「雑魚の中でも飛び切り雑魚な生き方をしているわね。ああなるほど、リョカがあたしたちに頼らない理由もわかったわ。あんたたちじゃ弱すぎて敵になり得なかったのね」
「あん、だと……」
ジンギとランファがミーシャを睨みつける。
「言い訳ばかり口にして、結局自分のなすべきことも空虚に終わる。これを雑魚と呼ばずに何と呼ぶのよ、ゴミ? というかあんたたち物凄い弱者の勘違いをしているわね」
「……なんですって~?」
「あたしもリョカも、いつだって戦いを受け入れる覚悟は持ってるのよ。それなのに山にもならない頭数を揃えて、挙句の果てにはこれで終わりだと勝手に絶望する。断言してあげるわ、あんたたちはこれから先もその恨みを晴らせることはないわ。いつまでも魔王の影に怯えて小さく生きなさい」
「あんだとコラぁッ!」
「1、2――」
クレイン=デルマを跳ね除けたジンギが体を鋼鉄に変えてミーシャに突撃する。しかし彼女が数字を数えると、頭と同程度の高さまで掲げたその拳が輝きを強くした。
「ジンギっ!」
「あんた程度の覚悟なんてね、一発で十分なのよ」
ミーシャの拳がジンギに届いた瞬間、つんざくような金属音とひしゃげるような金属が壊れる音、そして衝突した際の爆音が響き、顔をへこませたジンギがまるで軽石のように飛んでいく。
「うぐわぁ」
「え、ちょこっちにこないでくださ――」
ジンギの鋼鉄化した体がまるで砲丸のように対魔王組織の生徒、そしてランファまで巻き込んで吹っ飛んでいき、室内訓練所の壁にめり込んだ。
「平和になったわ」
周りの生徒たちが、リョカさんにも向けていないほどの恐怖を顔に張り付け、聖女のはずの怪物を見ていた。




