魔王ちゃん、奇跡に再会する
「あ~、そろそろミーシャがお節介を焼いてきそうだなぁ。気まずいなぁ殴られるんだろうなぁ」
授業をサボった僕は1人プリムティスの街のベンチで黄昏ていた。
この街は所謂学園都市で、ここにある店や施設のほとんどは学生向けとなっており、住んでいる者も学園関係者と店と施設で働いている人のご家族だけとなっている。
街の中心地にある噴水周りを無垢な瞳で走り回っている子どもたちを横目に、僕は盛大にため息を吐く。今日1日で一体何度ため息を吐いただろうか。
「魔王のおねーちゃん?」
「ん~? 魔王のお姉ちゃんに用事かな幼女よ」
ベンチに腰を下ろしている僕に、キラキラした瞳を向ける眼が1、2,3,4,5……多いな。子どもたちよ、一体どうしたというのだ。
「ぺちぺちぺちぺち」
「ペチペチって言いながら頬をムニムニする可愛い子は誰かなぁ?」
「きゃぁ」
僕は見覚えのない1人の女の子を抱き上げて膝に乗せ、くすぐるように彼女を抱きしめる。すると他の子たちも懐っこい笑顔で手を伸ばして自分も自分もとおねだりしてきた。
かわゆい。何だこの子たち天使か。と、僕は1人ずつ丁寧に抱っこする。
「おねーちゃん元気なしなし~?」
「元気なしなしだよ、色々みんなが優し過ぎて頭こんがらがってるの」
「そっか~」
大体この辺りで遊んでいる子どもたちなのだけれど、ここは学校への通学路のために帰り道でよく遭遇する。
年齢は大体、8歳から10歳の子たちだろうか。
「ねぇねぇ魔王のおねーちゃん、でも優しいならよくなぃ?」
「幼女よ、大人になると優しさが痛い時だってあるんだよ」
「ほぇ~、でもあたしは痛くても優しくされたいなぁ」
僕は幼女をきゅっと抱きしめる。
こんな小さい子に言われずとも、僕だって優しくされた方が嬉しい。
「なあ幼女よ、今から大人な話をして良いかい?」
「どぞどぞ~」
「……僕は、ううん、私は大昔にね、バリバリに働いていたわけよ。それはもうエリートだともてはやされるほどにね。たくさん努力したし、たくさん嫌なこともしてきた。大きな仕事も任せてもらえたし、お給料だってたくさんもらえた。でもねぇ、私の周りには気が付いたら1人を除いてだ~れもいなくなっていたんだよ」
「それは嫌だなぁ」
「うん、すっごく寂しかったし、元々出来が良かったから褒められることもなかった。私がハンカチでも拾おうものなら、顔を青白くさせて差し上げますなんて言いながら逃げられてしまうこともあったからね」
「おねーちゃん嫌われてたのぅ?」
「お姉ちゃんもっとオブラートに包んでもらいたかったけれど、その通り、私は嫌われていた。まあそれでも、人並みのモラル――優しさは持っていたと思うんだよ。いや、あの頃は持ってなかったかも」
幼女に一体何を話しているのかと少し正気になったけれど、なんだかぶちまけたい気分である。僕は先生から貰った薬草を咥えて火をつけ、ベンチに浅く座って背もたれに両腕を広げて空を見る。
「そんな環境にいたからかなぁ。人に優しくされるとすっごい困るっていうか、わけわかんなくなっちゃうんだ」
「ふ~ん、おねーちゃんも大変なんだね~」
「嫌われるのは得意なんだけどなぁ」
「え~それは嘘だよぅ。だってあたしおねーちゃんのこと大好きだもん」
「幼女よ、君は天使だねぇ。ぎゅってしてあげよう」
「きゃぁ」
薬草を持っていない手でギュッと抱きしめると、この子がキャッキャと笑うからそれに癒されながら、私は私の記憶を思い出す。
「なんでだろうなぁ、優しさを僕は知っているけれど、私は悪意しか知らないからきっと怖いんだろうな」
幼女にはきっとわからない感情だろうけれど、僕はついつい話しすぎてしまう。現に他の子たちは口を半開きにして聞いており、この幼女も時期飽きるだろう。興味もなくなったのか、僕の膝から降りて噴水まで歩いて行こうとしているし。
「でも~」
「う~ん?」
「でも、この世界を歩んできたあなたの軌跡が、あなたに優しさをもたらしたのですよ。世界からの祝福を、誰かから謳われる賛美を、あなたの踵が鳴らした福音を、あなたは包まれる権利があります」
「――」
「魔王になってしまったから、その感情が大きく出てしまうのはしょうがありませんけれど、ですがあなたはリョカ=ジブリッドとしてこの世界を生きてほしいと私は思います」
忘れるはずもない可愛らしい声、絶対美少女だと確信できるその声に、僕は立ち上がる。
「本当はわたくしの声を聞いてもらうために、聖女になってもらいたかったのですけれど、あなたの選んだ道です。わたくしは何も言いません。それに念のためにミーシャさんに神パワーを送っていますので、きっとこれから先、何かあっても大丈夫だと思います」
幼女が夕焼けに融けるように揺らいでいく。
「ま、待って――」
「リョカさん、あなたがこの世界を愛していてくれるのなら、きっと世界もあなたのことを愛してくれます。だから、そんなに自分を責めないで。ここは前の世界ではありませんから」
手を伸ばして掴んだものは空で、陽炎のように揺らいだ残像はすでにどこにもなかった。それどころか、世界が崩れるような感覚に陥り、僕は開いているはずの瞳を開いた。
「――はっ」
噴水から湧き出る水の音、透き通るような風の音、子どもたちのはしゃぎ声、さっきまで幼女と話していた噴水前で、僕は多分、目を覚ました。
「夢、じゃないよね?」
僕は頭を掻き、ほんのりと軽くなった心を撫でるよう胸に手を置き、大きく深呼吸した。
「ミーシャに怒られる前に帰るか」
僕の足取りは少しだけ軽くなっていた。




