魔王ちゃん、その空は晴れず
「ああもう、恥ずかしかった」
これから先はイケメンに気をつけることを決めた僕は、次の授業まで時間があるから校内をぶらついていた。
ミーシャたちと一緒にいても良いのだけれど、今会いに行くのはどうにも居心地が悪い気がした。
「そもそも、僕のことは僕が一番わかっているんですよ~だ」
どうにも見透かされているような視線や言動、否わかっているつもりの、つまるところエゴだ。それを向けられる覚えもないし、みんなが抱いているものは錯覚だろう。
苛立つ心に、僕は先生から貰った薬草をさっそく吸おうとしたけれど、校庭から聞き慣れた声が聞こえることに気が付き、そちらに足を運ぶ。
するとそこにはオタク3連星がおり、きっと各々にスキルの特訓をしているのだろうと、そっと近づき、傍の茂みに身を隠す。
「うをぉぉぉぉぉぉっ! やっぱり雪姫晶の輝きは最高でござるなぁ! この白銀はまるでリョカ様の御髪のように美しく、そしてこの輝きはリョカ様の如き神々しさを放っているでござる!」
「くくくく、貴様は何もわかっておらぬな。リョカ様の美しさや神々しさは、そんな石っころでは表現できぬわ。やはり伝説と謳われる最強の獣――銀狼フェルドエンズこそが彼女にはふさわしい。魔物でありながら大聖女フェルミナ=イグリーズに仕えたことから神の魔物とも言われている素晴らしい魔物だぞ」
「そんなたとえ話より、健康なリョカ様が一番だよ。今日は元気なかったみたいだし、何か健康になれることはないのかな」
違ったみたいだ。
というか一体何を大声で話しているんだこの子たちは。僕は宝石ほど美しくはないし、伝説の魔物みたいに人々に希望を与えられない。健康に気を遣ってくれてありがとうとは言いたい。
まったくなにをやっているんだあの子たちは。と、僕は呆れながら身を晒そうとしたけれど、別の気配が近づいていることに気が付き、視線を向ける。
「はぁ? クソ魔王が美しくて神々しいだと? お前たち頭イカれてるんじゃないか?」
「あ?」
「あ?」
「ちょ、ちょっと」
オタク3連星の内2人が露骨に敵意を露わにしながら声のした方に振り返った。
そこには服の上からでもわかるほど胸板が隆起した筋肉が見える男と3人の女生徒。けれどその女生徒には見覚えがあり、すぐに勇者の一派だとわかった。
「魔王に与するなんて愚か者すぎて憐れむ気にもならないわねぇ。ああよく見たらあなたたち、邪悪と言うか下品なお顔をしておりますものね~」
おほほほほ。と、わかりやすいほどの悪役令嬢っぷりを発揮している彼女は確か、ランファ=イルミーゼ。勇者信仰者の家系でそこそこに手が負えないとヘリオス先生が言っていた。
「おやおや、聖女様に一発貰って気絶した情けない勇者の取り巻きでござったか。リョカ様がどうこうの前に、少しは素行をよくしたらどうでござるか?」
「ああ、2回とも一撃で再起不能になったあの勇者の取り巻きか。数をそろえたところで所詮はゴミの山か?」
「ちょ、ちょっと2人とも落ち着いて」
何故煽るのか。
僕は頭を抱えて喧嘩を仲裁しようともしたけれど、今出て行ったらますますややこしいことにならないか。と、さらに気配を潜ませる。
しかし案の定、その取り巻きたちが見てわかるほどに怒っており、オタク3連星を睨みつけた。
「あれはただの不意打ちですわ~、あの聖女の皮を被った愚か者は卑劣にもセルネ様の隙を突いただけですわ~」
「セルネがどうこう言われるのは構わないが俺が弱いだと? 実力の違いって奴を教えてやろうか?」
「やってみるでござるよ」
「怪我しても知らないぞ」
「だからさぁ」
クレインくん頑張れとエールを送るけれど、駄目だなこれは。僕は勢いよく飛び出す。
「スキル『頑強凱武』」
「『光の心域』」
「行くでござる『飛び立て宝石蝶』」
「『輝気魔獣拳』」
「ああもう、知らないんだから『発破・天凱』」
各々がスキルを発動する瞬間、全員の間に立ち、指を鳴らす。
「そこまで。もう授業が始まりますよ皆々様」
素晴らしき魔王オーラに全員が戦いているのを確認して、僕は笑顔を浮かべる。
「喧嘩はそれくらいにしておきな。君たちまだまだスキルを完全に制御できるわけじゃないでしょうし、スキル暴発なんて起きたら君たちの勇者様と君たちの魔王様がまた出張んなきゃならないでしょう」
「で、ですがリョカ様――」
「オルタくん、お願いだからここは引いて」
オタク3連星が互いに顔を見合わせた後、渋々と拳を収めた。
しかし勇者御一行の1人、筋肉もりもりマッチョマンくんが喉を鳴らして笑いだした。
「……なにか?」
「はっ、何が魔王だ。単なる臆病者じゃないか。戦うこともせず、敵を倒す覚悟もない。こんな奴、セルネが手を下すまでもない」
「まったくですわ~、こんなのと張り合っても時間の無駄ですわねぇ」
動き出そうとしたタクトくんを目で制し、僕は彼と彼女たちに向き直る。
「それでいいから、お願いだから他の子たちには手を出さないでね。臆病者でも良いし、最弱の魔王だと思ってくれても良い。でも僕はこの子たちを危険な目に合わせないためなら泥だって啜ってあげる。今やってあげようか?」
「……はっ、白けちまった。おい行くぞランファ」
「ええそうですわねぇ」
4人が去って行くのを確認して、僕はオタク3連星に手を差し出す。
「さっ、教室に戻ろうか」
しかしどこか納得していないオタク3連星に僕は首を傾げる。
いや、言いたいことはわかっているけれど、僕はこの方法しか知らない。
「どうして」
「う~ん?」
「どうして何も言い返さないんですか?」
「それをして、何か状況が変わるのかな」
「……」
黙ってしまったクレインくんに僕は手を差し出し、しかしその手は握られずに、彼らは頭を一度下げて教室にさっさと歩いて行ってしまった。
「君たちは僕の家来じゃないんだよ~だ。だから、何もしなくてもいいんだよ」
彼らに聞かせるでもないこの言葉は風に融けるように、そして大地に吸い込まれるように消えて行った。
僕は薬草に火を点すと、煙を吐き出して天へと遊ばせた。




