魔王ちゃん、教員とのロマンスを否定する
「は~~」
僕は学園の屋上で盛大なため息を吐き、空を仰いだ。
こうやって悩んでいる時は大抵誰もいない場所で歌を唄うのだけれど、今日は少し唄って止めてしまう。
気分が乗らないというより、無心になりきれずずっと頭の中で思考がグルグルと回って集中できなかった。
「まあ理由はわかっているんだけれどね」
魔王になってもあり方など然う然うに変わる物でもないと思っていた。けれど僕を取り巻く環境は、私だった頃よりずっと優しくて、どうしても混乱してしまう。
私の当たり前が、この世界では優しいらしい。感謝をされたことなど数えるほど……一度だってなかったかもしれない。
けれどその一般常識をみんな慕ってくれている。
「まだ好かれようなんて思ってもいなかったからなぁ。さて、あんまり待たせるものでもないか」
僕は唄っている時に3つの気配を探知した。
その3つに目を向けて小さく手を振ると、彼女たち――愛すべきなのかなぁというゴリラ系幼馴染と可愛らしい触手系眼鏡ロリと構っちゃいたくなるなんちゃってお嬢様系ポニテワン子に笑みを見せる。
「やっほーみんな、僕の歌はどうだったかな」
「ああ駄目ねこれは。あんた今回は全然吹っ切れていないじゃない」
「そうですわね、可愛いかどうかすら聞いてこないのは重症ですわ」
「わあ、2人ともそんなにすぐにわかってしまうのですね。私なんてリョカさんが元気がないようにしか見えなかったのに」
この言いたい放題の娘たちを僕は半目で睨みつける。
けれどすぐに息を吐いて顔に笑顔を張り付けて彼女たちに近づく。
「で、わざわざ僕の体調管理しに来たわけじゃないんでしょう。さあどっからでもかかってきなよ――」
「体調管理をしに来たのよ。それじゃああたしたちはもう戻るわ」
「え、ちょ」
「今の様子を見て確信に至りましたわ。わたくしたちはわたくしたちですから」
「えっとリョカさん、私はリョカさんのことすっごいって思っていますけれど、でも今日はちょっと下手っぴだなって思っています」
そう言って3人とも屋上から出て行った。一体何だったのか。僕は呆然と立ち尽くす。
「……頭痛くなってきたなぁ」
「これをどうぞ、痛みに効く香りだ」
「うひゃぁっ! せ、先生いたの!」
どこから現れたのかわからないけれど、ヘリオス先生は一切の気配どころか、魔王オーラすらも引っかからずに僕の隣にいた。
そんな先生が紙に巻かれた小指ほどの長さと太さの棒状の何かを手渡してきたけれど、見覚えのあるその形状に顔をしかめる。
「これ煙草ですか?」
「煙草とは? いやこれは薬草だよ。私の『万物を抽出し創る者』は物を作ることに長けた特質指定型のギフトでね、これは外傷よりも内側に作用する。吸ってみると良い」
先生が僕に渡した薬草を手に取るとそのまま口に咥えて火をつけ、それを再度渡してきた。
「イケオジ。ちょっと悔しいなぁ」
僕は先生から受け取った薬草を口に咥え、そのまま煙を吸い込んだ。
それは私だった時にあった物とは全く別物で、香ってくる煙は不快な香りではなく、どこか心が落ち着くような、甘いような、フルーティーな、どこか爽やかな――どうにも形容しづらい匂いに困惑したけれど、確実に頭痛が引いて行き、ヘリオス先生が言うようにこれが薬草であることが確信できた。
すると先生も同じような薬草巻きに火をつけ、煙を吸って空へと吐き出した。
「お疲れですか?」
「ああ、頭が痛くなるような生徒が今期は多すぎる。出来れば君たちクラスを見習ってほしい位だ」
「まあ魔王が目を光らせていますから」
すると、深く煙を吐いた先生がジッと僕を見ている。
ロマンスはちょっと、いやありかなしかで言えば先生は嫉妬するほどのイケメンですが。スーツみたいな服装にモノクルは卑怯と言うか。
「……リョカ=ジブリッド、君は魔王だからいい子なのかい?」
「え、いや僕は産まれた時に、お父様の右鼓膜を産声でぶち破ったこと以外は何の罪も犯してませんよ。うん、他は全部反省して謝りましたし」
「そうだろうな。私が思うに君は善人だ、だが善行など他と他の繋がりを円滑に進めるためのスキルでしかない。けれど君はどうだ? それがまるで生活の一部でもあるような、いやまるでそうすることを当たり前だと教育されたような。とても不思議な在り方をしている」
煙を吐き出すヘリオス先生の横顔を僕はジッと見ていた。
鋭い。というより、本当に生徒をよく見ている先生なのだと改めて認識した。
「でも君はそれを捨てようとしているね?」
「えっと」
「周囲の受け取り方が異常だと察して、他人に溶け込もうとしている。そうすれば、きっと周りは君を魔王だと思いだしてくれると」
「……あの、もしかして僕、慰められていますか?」
「私は君の先生だからね」
ヤバい、本気でときめいている。何だこの先生は、少女漫画でしか見たことない詰め寄り方をしてくる。
「そういえば先ほど小耳に挟んだのだけれどね、君は自分の認識と他人の感情を天秤にかけもしない臆病者だと話す聖女様がいたのだけれど」
「もう1人しかいませんよね? あんにゃろめ、そんな単純なことじゃないんです~」
「私は単純なことだと思うけれどね。複雑なのは君だリョカ=ジブリッド、魔王がそう在るべきだと誰が決めた。少なくとも私は、リョカ=ジブリッドという魔王が進む先を見ていたいとは思っているよ」
少し頬を膨らませて先生に視線を向ける。
わかってはいるけれど、そういう認識の方がきっと楽だ。もう選択を誤って辛い方向に進みたくはない。
「薬草を幾つかやろう。考えが纏まらない時、ただ安らぎを得たい時に使うと良い。ああそれと、教員はこの類に手を貸せられない。君たちの力で解決するんだ。だが――」
先生に薬草を受け取ると、彼はケースの中に吸殻を仕舞いそのまま立ち去ろうとしたけれど、すぐに片手を上げた。
「リョカ、君は特別だ。私の手が借りたくなったら言いなさい」
触らなくてもわかるほど熱くなった体のせいで、顔が赤くなっているのがわかる。
現代じゃSNSで大炎上案件やぞ! ああもう、特別なんて一度も言われたことないワードにときめかないはずがない。
「ああもう、でもでも僕はだね――」
今まで覚えたことのない心の動きに困惑どころではなく大混乱しており、僕はさっき先生からもらった薬草巻きの煙を大きく吸いこんだ。
そして数回の深呼吸の後、屋上の先端で大きく息を吸う。
「ぼ、僕はロマンスには屈しないぞぅっ!」
と、叫ぶことしか出来なかったのだった。




