聖女ちゃん、どなたかを想う
昼食が終わり、お昼休みになった途端リョカがふらふらとどこかに行ってしまったから、あたしは暇を持て余している。
リョカに持たされた弁当は今日も美味しく、空になった箱をテーブルの中央まで押し出し、そのまま突っ伏す。
あたしは控えめに言っても、考えることが得意ではない。だからリョカが何を考えていてもきっと力にはなれない。
こうしてあの子が人知れずにどこかに行くということは1人で考えたいことがあるからだろう。
その時間は大事だし、リョカに限ってはその時間を持たせた後、案外ケロッとしている。だからあたしもそんな時間が欲しいだろう幼馴染に何かを言うことはない。
「けれど暇な物は暇なのよ」
「ミーシャさん?」
聞き覚えのある声が耳に届き、あたしは顔を上げて声の主に目をやると、そこには大きな眼鏡の先の瞳をクリクリとさせた小柄な女生徒が立っていた。
「あらソフィア、良かったら食後の一服でも一緒にどうかしら?」
「あ、はい、いただきます」
リョカから預かっている水筒から茶を淹れ、それをソフィアに手渡し、テーブルには焼き菓子を並べる。
「わ、リョカさんの焼き菓子ですね。実はあれ以来普通のお菓子では満足できなくなってしまって」
「わかるわ、あたしも菓子類を店で買わなくなったもの」
ソフィアと笑い合うと、彼女がキョロキョロと控えめに辺りを見回していた。
きっとリョカを探しているのだろうけれど、生憎ここにはいない。
「リョカなら多分どこかで考え込んでいるわよ」
「考え込んでいる。ですか?」
「そ、あいつって色々賢いくせにアホでしょう? だから定期的に1人で耽っているのよ」
「……なにかあったのですか?」
心配している顔。きっとこの子もあのどうしようもない魔王様を慕っているのだろう。人たらしというか、天然というか。
「あのアホ、自分がいないところでこんな顔をさせているってことに気が付かないのよ」
「えっと?」
「この学園で今流行りの魔王様討伐部隊に、クラスメートが関わることを嫌がっているのよ」
「あ~、リョカさん、優しいですものね」
「ソフィア、あれは優しいんじゃないの。自分が持っている認識と相手が抱いている感情を天秤にすらかけられない臆病者よ」
リョカの悪い癖だ、他人の気持ちを勝手に善意などというくだらないものに変換して、それで完結させる。
人の心がわからない。とまでは言い過ぎかもしれないけれど、それに近しい何かであることは間違いない。
あたしが呆れていると、ソフィアの隣に誰かが座った。
「まったくですわ、リョカさんったらわたくしたちに遠慮なんてする必要はないのにしてしまうんですもの」
「カナデ、盗み聞きは行儀が悪いわよ」
カナデ=シラヌイ、中等部の頃からのクラスメートで、リョカに教えてもらったポニーテールなる赤茶の髪型をゆさゆさ揺らしていた。
「だってミーシャさん、わたくしこれでも2人とは付き合いが長いのに、何も頼りにされていないんですもの。口を出したくもなりますわ」
「あたしに言われても困るわ。あたしはあの子の保護者じゃないの」
「でもミーシャさんの言うことしか聞かないですし~」
一体周りからどんな印象を持たれているのやら。
あたしはカナデにも茶を淹れ、焼き菓子もどうぞ。と勧める。
「ありがとうございますわ。それでこちらは」
「ソフィアよ、この間から仲良くさせてもらっているの。ソフィア、こっちはカナデ、クラスメート――」
「リョカさんとミーシャさんのお友だちですわ!」
食い気味になってまで言わなくてもいいのに。とも思ったけれど、少し頬を膨らませている表情から、それは譲れないのだろう。
「と、ソフィアさんと言えば、カルタス様ですわよね? 初めまして。わたくし、カナデ=シラヌイと申しますわ。以後、お見知りおきを」
「は、はい、よろしくお願いします」
互いに握手を交わす2人を横目に、あたしは焼き菓子を口に運んだ。
友人。そういえば彼女は中等部にいた時からずっとあたしたちについて回っていた。リョカが淑女でなくなってもカナデは今の方が接しやすいと昔と変わらずにいてくれている。
羨望、と違うような、どうにも距離感が独特なクラスメート……あたしたちの友だちだ。
そんなカナデが焼き菓子を1つ口に運んだ。
「やっぱり美味しいですわ。魔王様のお菓子屋さんってお店を出したら繁盛間違いなしですわよ」
「勇者が挙ってやってきそうね」
「常連が確約されているのは羨ましいですわ。っとそうですわそうですわ、勇者ですわミーシャさん」
「勇者がどうかした?」
するとカナデが頬を大きく膨らませて、納得がいかないと声を上げた。
「わたくし、ちょっと気になって色々と探ってみたんですけれど、どいつもこいつも魔王魔王って、リョカさんは魔王ではなくてリョカさんなのに」
「……あたし、あんたのその語彙力が足りない話し方好きよ。で、何かやらかそうでもしてた?」
「していましたわ。細部を調べることは出来なかったのですけれど、近々勇者が動くと取り巻きどもがいきっていましたわ」
「カナデ、口が悪いわよ。もう少しお淑やかになさい」
「え、どの口が――」
「なにか?」
握り拳をカナデに見せると、彼女はきゅっと口を閉ざした。
「まあ勇者についてはリョカが何とかするそうよ。あんたたちが出る幕はないんじゃない?」
「そうかもしれませんけれど、私も今回のことはちょっと許せないというか、あまりにも皆さまリョカさんを見ていないというか」
「だってあの子は魔王だもの、そういうように見られることなんてわかりきっているでしょう。そもそも普通の人は魔王とかかわりを持てることの方が珍しいわ。あんたたちはただ、災害に怯えるだけでいいのよ」
「それは……」
少し突き放した言い方。我ながらズルいと思うけれど、そもそもリョカが望んでいないし、何もしないで済むのならそれで良い。それに――。
「知ったこっちゃないですわっ!」
カナデが顔をずいと近づけてきて、子どもっぽい歯を見せた笑顔で言い放った。
「それは魔王の話ですわ。わたくしはリョカさんの話をしていますし、それにミーシャさんだって幼馴染でお友だちだからきっとずっと隣にいるんですわよね? わたくしだってリョカさんの家来でもなければ、魔王の力に惹かれたからでもありませんわ。リョカさんとミーシャさんの後ろを行くのは、2人のことが好きだからですわ」
なんでもないことのように言うカナデが少し眩しく見える。
この子のいいところだ、あたしなんかよりずっと正直に生きている。
「そう、なら勝手になさい」
「ええ、初めからそのつもりですわ。ミーシャさんが勝手にするのに、わたくしたちが大人しくしている理由はありませんわ」
「わ、私も! 私だってミーシャさんとリョカさんのこと、大好きです。だから」
「ありがとうソフィア、今度本人にも言ってあげて。まったくしょうがないわよね」
あたしはテーブルの上を片づけると、食堂から出ようと準備する。
「ミーシャさん、何処かに行くんですの?」
「ちょっと塞いでるアホの様子でも見に行くわ」
「それならわたくしも行きますわ」
「わ、私もっ」
あたしは勝手にしなさいと、足を進める。
背中をついてくる気配がどことなく暖かく、もっと素直にこれを受け取っていればいいのに。と、愛することは出来る癖に、愛されることに慣れていない魔王様にため息を1つ吐いたのだった。




