エピソード 1ー2 あらたな足湯会議
イヌミミ族を受け入れるための、足湯円卓会議は終わった。だが、今日の仕事がすべて終わった訳ではない。
あらたな足湯会議が俺を待っている――という訳で、執務室にある足湯へと移動。足湯につかりながら、次の話し合いの相手が現れるのを待つ。
そうしてほどなく、扉がノックされた。
「開いてるからどうぞ」
ノックに答えると、一呼吸置いて扉が開き、そこから栗色の髪の幼女が姿を現した。フェルミナル教の信者で、ライナス教皇に騙されて奴隷となっていたヴィオラである。
既に奴隷からは解放されているのだけど、シロちゃんに会いたいと言われたので、グランシェス領へ連れてきたのだ。
「こんにちは、リオン様。お待たせしてしまいましたか?」
「いや、それは大丈夫だよ。さっきまで会議してたからな」
「そうですよね。わたくしは早くからお話ししたいと申し上げていましたのに、既に日が傾き始めていて、待たされたのはわたくしの方ですわね」
「ええっと……ごめん」
予定が詰まっていたせいだけど、待たせたのは事実だからと謝罪する。そんな俺に対し、ヴィオラは実に嬉しそうな微笑みを浮かべた。
「わたくしは別に、気にしておりませんわよ?」
「気にしてない人は、そんなことを言わないと思うんだが」
「ふふっ、たしかにそうですわね。でもわたくし、本当に気にしておりませんわ。ただリオン様を困らせてみたかっただけですから」
「困らせてみたかっただけって……」
そこまで呟き、ヴィオラがライナスから奴隷としての調教を施された結果、エスっ気に目覚めてしまったと告白されたのを思い出した。
「その……なんだ。大変だな?」
「フェルミナル教の信者としてはあるまじきことですが……困ったことに、大変だと思ったことがないんですよね。特に、リオン様の困った顔は見ていてぞくぞくしてしまいます」
「……そ、そうか。ほどほどにしてくれな」
困った顔で答えると、やっぱりヴィオラは恍惚といった表情を浮かべる。
当初は陵辱はされてないと聞いて安堵したんだけど……まだ十二歳の幼女がエスっ気に目覚めてしまったと考えると……ライナス教皇の業は深い気がする。
「ええっと……取りあえず、座ると良いよ」
俺がそう言うと、ヴィオラは俺の向かいで「失礼します」と立ったまま靴下を脱いで、俺の方をちらりと見た。
「リオン様、わたくしの足、舐めますか?」
「舐めませんっ!」
「そうですか……」
ヴィオラは何故か残念そうに呟きながら座り、足湯へと足を浸した。
「ふぅ、足湯というのは気持ちいいですわね」
本当に気持ちよさそうな表情。ソフィアより一つ下だそうで、その容姿は年相応に幼いんだけど……ずいぶんとしっかりしたしゃべり方をする。
ケント将軍が聖女としての片鱗を見せる娘とか言ってたけど、その辺が理由なのかもな。
「それで、俺に話があるって聞いたけど? シロちゃんには会えたんだよな?」
「ええ、おかげさまで。元気そうで安心しましたわ」
「じゃあ話の内容って言うのは……マゾっ気のありそうな男を紹介すれば良いのか?」
さりげなく――かは分からないけど、自分から標的をずらそうと試みる。だけどそんな俺を見て、ヴィオラは年に似合わぬ妖艶な微笑みを浮かべた。
「残念ながらわたくし、いじめられて喜ぶ相手は好みません。リオン様のように芯の強い方が、困った表情を浮かべるのを見るのが好きみたいです」
「そっかぁ……」
ターゲットを逸らすのに失敗した。まあ……実害のあるレベルじゃなさそうだから良いんだけどさ。なんというか、困った幼女である。
「今回の話は別件です。わたくしが聖女かもしれないと評されていたのはご存じですか?」
「噂は聞いてるよ。その年で白魔術を使えるのが理由みたいだな」
「ええ。わたくし自身は白魔術を少し使えるようになった程度で、別に聖女だなんて思っていません。ですが、周囲の者はそう思っていて……」
「それが重荷だったって話か?」
「いえ、お父様とお母様が、そんな私を借金の形に売り飛ばしてしまったので、凄く肩身の狭い思いをしているそうなのです」
「あぁ……なるほど」
両親が借金を背負ったのはライナス教皇の策略だけど、その借金の返済のために娘を売ったのは両親の判断。それで周囲から白い目で見られていると言うことだろう。
「それで、俺にどうして欲しいんだ? 先に言っておくけど、そのご両親に復讐したい、とか言われても断るからな?」
「わたくしは、自分の意志で売られることを望んだんです。ですから、そんなことは申しませんわ。ただ、わたくしと両親を、このミューレの街に住まわせて頂きたいんです」
「なんだ、それなら別にかまわないよ」
噂をなんとかしろというのなら難しい。と言うか、噂を権力でなんとか出来るのなら、まず俺の姉妹ハーレム伯爵というデタラメな噂をなんとかしている。
不可能なこともあるけど、ヴィオラ達を受け入れるだけならなんの問題もない。
「ええっと……そんなにあっさり引き受けてかまわないんですか?」
「六百人のイヌミミ族に比べれば、数人の人間なんて誤差の範囲だからな。ただ、今後どうするつもりなのかは聞いておきたいかな」
「どう……と申しますと? リオン様の妾になれとか言う話でしょうか?」
「いや、そうじゃない」
と言うか、十二歳でしかない女の子の口から、妾という言葉を聞いた瞬間、『義妹じゃなくて妾、この子はまともだ!』って、一瞬でも思った俺はたぶん、かなり毒されている。
「ええっと……では、どういった話なんでしょう?」
「キミは曲がりなりにも、フェルミナル教の聖女候補なんだろ? リゼルヘイムにフェルミナル教を広めようとは思わないのか?」
信者くらいはいるかも知れないけど、リゼルヘイムにフェルミナル教は存在しない。
それどころか、他の主だった宗教も存在しない。俺が協力すれば、リゼルヘイムの国教に成り上がることだって出来るだろう。
「フェルミナル教の教えを広めてもよろしいのですか?」
「普通に広めるだけなら問題ないよ」
教皇はあれだったけど、フェルミナル教の教え自体がまともなのは確認済みだ。ヴィオラが望むなら支援しても良いと考えている。
「……なぜそこまでしてくれるのでしょう?」
「理由はいくつかあるけど……一つ頼みたいことがある」
「なんでしょう? 妾でないとすると……幼女様として、リオン様を罵れば良いのでしょうか? そう言った申し出であれば、喜んでお受けしますけど」
「それは辞退する。というか、幼女様ってなんだよ?」
「さあ? ただ、ライナス教皇がわたくしに『幼女様、もっとわたくしめを鞭で叩いてください!』とか言ってましたので」
「そうですか……」
女王様的な意味だったか。聞かなくて良いことを聞いてしまった気がする。
「取りあえず、俺にそっちの趣味はない」
「はい、その方がわたくしも嬉しいです。いつか貸しを作って、虐めることで返してもらうように追い詰めますね」
ヴィオラはちろっと唇を舐めた。なんというか……ある意味ソフィアと方向性が似てる気がする。このまま成長したら、大変なことになるんじゃないだろうか?
なんて思ったけど、自分から深入りするのも嫌なのでスルーしておく。
「俺が頼みたいのは、ミューレ学園の教師として、希望者に白魔術を教えて欲しいってこと。その条件を呑んでくれるのなら、ミューレ学園に教会を建てても良いぞ」
「それは……願ってもないことですが、本当によろしいのですか?」
「うん。白魔術は広めたいって思ってたしな。ただ……信者じゃない人にも教えて欲しいんだけど、その辺は大丈夫か?」
「もちろんです。それで誰かのお役に立てるのなら、わたくしはいっこうにかまいません」
「そっか、安心したよ」
と言うか、本当に聖女と呼ぶにふさわしい、優しい女の子なんだよな。それなのに……いや、やめよう。考えてもどうにもならないことだ。
「それじゃあ、ヴィオラの両親を迎えに……あぁいや、オリヴィアさん――オリヴィアがこっちに来るときに、一緒に連れてくるように連絡を入れよう」
「オリヴィア……姫様のことですか?」
「そうだよ。俺の義妹になったんだけど、イヌミミ族の奴隷を解放するのと、引っ越しのあれこれで後から来ることになってるんだ」
……そういや、オリヴィアは黒魔術を使えるとか言ってたな。こっちに来たら、先生をしてくれないか頼んでみようかな?
「ええっと……姫様にそのようなことを頼んでもよろしいのでしょうか?」
「オリヴィアを連れてくるための迎えが向こうで待機してるからな。そっちに連絡を入れるようにするよ。だから心配しなくて大丈夫だ」
なにより、オリヴィアもヴィオラに負けず劣らずのお人好しだからな。事情を話せば断られることはないだろう。
「そういうことでしたら、よろしくお願いいたします」
ヴィオラは栗色の髪を揺らし、深々と頭を下げる。
「任せてくれ。ただ、ヴィオラの意思だって両親にちゃんと分かるようにしたいんだけど、なにか良い方法はないかな?」
「それなら、後で手紙を書きます。父なら、わたくしの字が分かるはずなので」
「そっか。なら手紙を頼む。後で誰かに取りに行かせるよ」
「分かりました。では、わたくしは約束がありますので、そろそろおいとまいたしますわ」
「……約束?」
「ええ。実は再会したら、シロちゃんに懐かれてしまって。これから食堂でおしゃべりする約束なんです。という訳で、失礼いたしますね」
「あぁそっか……それは待たせて悪かった。シロちゃんにもよろしく言っておいてくれ。と言うか……シロちゃんはイジメてやるなよ?」
「大丈夫です。私がイジメたいのは、リオン様のような方だけですから」
「……あぁそう。それは……うん。まぁ……」
自分としてはあれだけど、見境がないよりは良いだろう。……たぶん。なんて思いながら、俺は足湯から上がって立ち去るヴィオラを見送った。
その後、俺は部屋に備え付けのベルを鳴らす。
「お呼びでしょうか、リオン様。……あら、リオンしかいないのね」
姿を現した俺の世話係のメイド――ミリィ母さんは周囲を見回し、メイドとしての態度を崩す。そうして紫色の瞳を細めて微笑む姿はいまだに少女と言っても差し支えがない。
今年で三十三になるはずなんだけど……母さんはなんでこんなに若いんだろうな?
「リオン?」
「あぁ、えっと……次の面会相手を呼んでくれるか? それと、出来れば紅茶もお願い」
「分かったわ。それじゃ、ちょっと待っててね」
ブラウンの髪をなびかせてくるりと振り返ると、ミリィ母さんは再び凛とした態度へと変貌。そつのない態度で退出していった。
それからほどなく、次の面会相手を案内してミリィ母さんが戻ってくる。紅茶を頼んでから数分しか経っていないのに、トレイの上には二人分の紅茶が乗せられている。
もしかしなくても、俺が頼む前から用意を始めていたのだろう。最近、メイドとしてのスキルがますますパワーアップしてる気がする。
まあそれはともかく――と、俺はミリィ母さんに礼を言い、向かいの席で足湯へと浸かったエルフへと視線を向ける。緑色の髪と瞳を持つ、大人しそうな面持ちのエルフ。
そんなサリアが、じっと俺の言葉を待っている。
「待たせたな」
「うぅん、平気よ。人間と違って、エルフは気が長いからね」
「そ、そうか……」
長いかなぁ……アリスパパとか、サリアのお祖父さんとか、むちゃくちゃ短気だった気がするんだけど。いや、あれは例外なのか?
「どうかした?」
「いや、なんでもない」
「そう。それなら、あらためて、あなたにお礼を言うわね。私を変態の魔の手から助けてくれてありがとう」
「……変態の魔の手。やっぱり、その……鞭とか?」
「ええ。エルフ族に鞭で叩かれるなどたまらん! とか言って……正直、あれ以上捕まっていたら、気が狂っていたと思うわ」
「そ、そうか……」
こっちは、エスっ気の才能はなかったか。一応はセーフだな。いや、嫌々鞭で叩かされる日々がセーフなのかどうかは分からないけど。
「それで、私はどうすれば良いのかしら?」
「うん? どうすれば、とは?」
「あなたって、女の子を義理の姉妹にするのが趣味なんでしょ?」
「趣味じゃないぞ!?」
「あら、そうなの? てっきり『命を救った見返りに俺の姉になれ!』とかなんとか、言われるものだと思ってたわ」
「……酷い誤解だ」
俺は一度だってそんなことを強要したことはない。どっちかって言うと、『お前に迷惑をかけたお詫びに、うちの娘を義妹にしろ』とか強制される方……あれ、なんだろう。言葉にしてみると、なんか矛盾してる気がする……あ、涙が。
「ちょ、ちょっと、いきなりどうしたのよ?」
「いや、すまん。ちょっと世の中の不条理さを悲しんでいただけだ」
「よく分からないけど……結局、私はどうすれば良いの?」
「どうって、それはむしろサリア……さんに聞きたい」
見た目は俺と同い年くらいの見た目だけど、相手はエルフなので、少なくとも俺よりは年上だろうと思ってさん付けで呼ぶ。
「あなたは命の恩人だしサリアで良いわよ。リオン様?」
「ふむ。それじゃあ……サリア。俺のこともリオンで良いよ」
「ありがとう、リオン。それで、私はどうすれば良いの?」
「サリアの希望を聞くつもりだよ。俺はキミをエルフの里に送り届ける予定だったんだけど、それでかまわないか?」
「そうしてもらえると嬉しいわ。たぶん、みんな心配してると思うしね」
「あぁ……うん」
サリアのお祖父さん、リーベルさんに襲撃されたことを思い出して苦笑いを浮かべる。
「……その反応。もしかして、リーベルお祖父さんが、なにか迷惑をかけたりした?」
俺の態度から察したのだろう。サリアが首をかしげる。
「迷惑というか……誘拐犯として襲撃された」
かばおうと思ったのは一瞬。みんなが危険な目に遭ったことを思い出して、思いっきり告げ口をすることにした。だけど、それを聞いたサリアは申し訳なさそうに縮こまってしまった。
「リーベルお祖父さんが迷惑をかけてごめんなさい」
「あぁいや、別にサリアのせいじゃないから」
「でも……危うく殺されかけたんでしょ?」
「いや、どっちかって言うと、危うく殺しかけたというか……取りあえず、アリスママ……フィリスティアさんが止めてくれたから大丈夫だ」
そうだよなぁ。身内のしでかしたことだし、そもそもの原因はサリアが攫われたことだ。冷静に考えたら、責任を感じて当然だ。
サリアが一緒に怒ってくれたらとか打算があったんだけど……失敗した。
「あまり気にしないでくれ。リーベルさんが謝罪してくれたら、全部水に流す予定だから」
「分かったわ。そういうことなら、お祖父さんに謝らせるのに協力する」
「……良いのか?」
味方をしてくれたら嬉しいとは思うけど、今となっては申し訳ない。なんて思ったんだけど、サリアはこくりと頷いた。
「あなたは恩人だし、せめてそれくらいはしないと気が済まないわ。それで、リーベルお祖父さんを迎えに来させれば良いの?」
「いや、エルフには頼みたいこともあるし、俺がエルフの里に行くつもりだよ」
「頼みたいこと?」
「植林でアドバイスをもらおうと思ってな」
「……植林? 人間が、わざわざ木なんて植えるの?」
「それがどうかしたのか?」
「え? あぁ、うぅん。なんでもないわ。それで出発はいつ?」
「明日で問題ないか?」
「もちろんよ。それじゃそういうことで」
サリアはそう言って早々に立ち去ろうとする。
「……なにか急いでるのか?」
「え? あぁうん、そういう訳じゃないんだけどね。イヌミミ族の女の子……シロちゃんだっけ? あの子に懐かれちゃって、色々教えて欲しいと頼まれたのよ」
「ほう……」
なんか、ヴィオラもそんなこと言ってたよな。あの子、実は社交能力が高いのかな? なんにしてもまぁ……仲良くするのは良いことだ。
今日から、ヤンデレ女神の箱庭、第二章の連載が始まります。
良ければご覧くださいなっ






