エピソード 1ー1 足湯円卓会議
足湯円卓会議室。みんなの生足はタオルケットによって隠されてしまった。
心から残念でならないけど、会議に集中しなくちゃいけないのも事実。俺はパチンと自分のほほを叩いて気持ちを入れ替えた。
「それじゃあクレアねぇ、話を再開してくれ」
「分かったわ。それじゃイヌミミ族の受け入れについてね。弟くんの提案どおり、住む場所は森の入り口の近くにして、ミューレの街からは数百メートル離してあるわ」
「仮設住居の建築はどうだ?」
俺が問いかけると、クレアねぇは隣に座るアリスをちらり。その視線を受けたアリスが頷き、俺に向かって報告を始める。
「大急ぎで作ったから完成度は高くないけど、全員が雨風をしのげる状態にはあるから、取りあえずは大丈夫だよ」
そんな風に答えるアリスには、少しだけ疲労の色が見える。
もちろんアリス一人ではなく、多くの人を動員したんだと思うけど……ザッカニアで移民の準備を始めてから建て始めたので、わずか一ヶ月で六百人分。
平均四人家族として、百五十の仮設住宅を建てた計算だ。
「……あんまり無理はしないでくれよ」
「みんな手伝ってくれたし、精霊魔術を駆使して作ったからね。それに、本当に雨風がしのげる程度の家だから、そんなに手間はかかってないよ」
「それなら、良いんだけどな」
前に森で作った即席の小屋、あれくらいの建物なんだろう。あれは本当に雨風をしのげる程度だったけど……イヌミミ族はもともと藁屋に住んでいたからな。
いまは三月末でこれから暖かくなるし、仮設としてなら十分だろう。
「なんにしても、ありがとうな、アリス」
「ふふっ、どういたしまして、だよ」
嬉しそうに桜色の髪を揺らす姿が可愛い。俺はもう一度ありがとうと言って、視線をクレアねぇへと戻した。
「それじゃ、問題はイヌミミ族の街作りについてだな」
「そうね。アリスのおかげで早急に街を作る必要はなくなったけど、それでもいつまでも仮設の家に住ませる訳にはいかないものね。そう思って、技術者を集めているけど……」
「人手が足りないんだな?」
一気に事業を拡大したせいで、どこも人手不足に陥っている。その上、鉄道を敷くのに多くの労働力を駆り出しているので、ミューレの街の人手不足は深刻だ。
「ええ。せめて力仕事を引き受けてくれる人がいるだけでもだいぶ違うのだけど……イヌミミ族に手伝いをお願いしても良いかしら?」
「それは……少し待ってくれ」
旧市街からの移転終えた今でも、ミューレの街の人口は約六千人。
対して、移民してきたイヌミミ族は全部で六百人ほど。そのすべてに労働力がある訳ではないとは言え、実に一割ほど労働力が増えた計算になる。
しかも人間よりも身体能力が高く、とても頼もしい労働力だ。
でも、いまの彼らにミューレの街にあるような建築物を建てる技術はない。必然的に、仕事は人間のサポートということになるだろう。
だけど……技術のある者が、技術はないが力のある者を使う。それは自然な流れだけど、種族がからむと、差別的な問題に発展しかねない。
だから――
「イヌミミ族には、自分達の田畑を開墾してもらおうと思う」
「田畑って……食料には余裕があるし、そっちを優先して推し進める必要はないでしょ?」
「分かってる。その上で、開墾をしてもらおうと思ってるんだ」
「もしかして……人間と関わらせないつもりなの?」
「……いまはそのつもりだ。イヌミミ族と人間のあいだで差別が起きてからじゃ遅い。だからいまはあえて、区別するべきだって思うんだ」
「弟くんの気持ちは分かるけど……」
クレアねぇは両隣にいるアリスやソフィア。そして俺の両隣にいるティナやリアナと視線を交わす。ほどなく、なぜかみんなは苦笑いを浮かべた。
「……なんだよ?」
「ふふっ、なんでもないわよ。弟くんがそう言うのなら、その方向で調整するわ。ただ、人手不足の方はどうしようもないわよ?」
「よく分からないけど……そっちには心当たりがあるからなんとかするよ」
レジック村などにいる、植林の作業待ちをしている住民のことだ。
宿場町としての稼ぎが、彼らの主な収入源だった。だけど輸送の高速化により、彼らの村は宿場町としての役目を終えようとしている。
本当は植林などを始めてもらうつもりだったけど、そっちも色々あって作業がストップ中なので、彼らを労働力として雇うのは都合が良い。
もっとも、彼らには彼らの生活がある。村の近くで働いてもらうのならともかく、あまり長いあいだミューレの街へ駆り出す訳にはいかない。
彼らが働いてくれているあいだに労働力を確保しつつ、植林の方も出来るだけ早く開始できるようにする必要があるだろう。
それはともかく、議題はイヌミミ族の街作りについて、だ。
まずは開墾について。建築とは違って力仕事が主な仕事なので、指示する者だけ用意すれば、基本はイヌミミ族に任せることが出来るはずだ。
だから――と、隣に座るリアナに視線を向けた。
「リアナ、イヌミミ族の開墾を指揮してくれないか?」
「……私ですか?」
予想外だったのか、リアナはその紫色の瞳を軽く見開いた。
「彼らにミューレの街の技術を伝授する者が必要だけど、信頼できる相手じゃないとダメなんだ。だから、リアナに頼みたいんだ」
開墾を指揮するだけの知識のある人間なら、ミューレ学園の卒業生がたくさんいる。だけど、イヌミミ族を決して色眼鏡で見ないと確信できる人物はそう多くない。
頼まれてくれないかとリアナを覗き込むと、青みがかった黒髪に縁取られた整った顔が、なぜか真っ赤に染まっていた。
「信頼……リオン様が私を信頼してくださってるんですか?」
「え、それはまぁ……してるけど?」
「信頼、して、くださるんですか?」
「う、うん。だからリアナに頼みたいと思ってる。とは言え、先生としての仕事を休んでもらうことになると思うから、無理にとは言わないけど……」
「いえ、ぜひ私にさせてください!」
「いいのか?」
「ええ、もちろんです! そのお役目、私が引き受けます!」
「そ、そっか、ありがとう。それじゃ開墾の指揮はリアナにまかせるよ」
信頼してるのは事実だけど、リアナの好意を利用してるみたいでちょっと申し訳ない。あとでお礼になにかプレゼントでも贈るべきか……いや、そういうことをするからダメなのか?
なんというか……悩ましい。
と言うか、だ。反対に座るティナから、期待に満ちたオーラを感じる。これはつまり、『私のことも信じて、頼ってください!』と言う意思表示なんだろう。
リアナのときは無意識だったから不可抗力だと思う。
だけど、それを理解した上でお願いするのは……なんというか、好意を利用してるみたいでダメな気がするんだけどなぁ。
でも、ここで信頼していると言わないのは……もっとダメな気がするな。非常に悩ましいけど……と、俺はティナへと向き直った。
黒い髪に黒い瞳。前世の同胞を彷彿とさせる美少女。クレアねぇの育ての親であるミシェルの妹で、ミューレ学園を作ったときから俺達を支えてくれている女の子でもある。
俺にとってはもっとも信頼できる者達の一人だ。だから――と、俺はその期待に満ちた顔をまっすぐに見つめた。
「ティナにも一つ頼みたい」
「それは……私を信頼してくれているからですか?」
「……そうだよ。ティナを信頼してるから、頼みたいことがあるんだ」
「分かりました、引き受けます」
「いや、まだ内容を言ってないんだけど」
「大丈夫です。リオン様のお願いなら、なんだって聞いちゃいます」
「お、おう……」
押せ押せのティナに対して、たじたじになる俺。そして、そんな俺を、向かいの席からほほえましい感じで見守っている婚約者達。キミ達はもう少し、嫉妬とかするべきだと思う。
……いや、修羅場になるのは嫌だけどさ。
「それでリオン様、私はなにをすれば良いんですか? 夜伽ですか?」
「違います!」
「じゃあ朝の夜伽ですか? それとも昼の夜伽ですか?」
「夜伽から離れてくださりやがれですっ!」
思わず変な言葉遣いになってしまった。
って言うか、朝や昼の夜伽ってなんだ。いや、意味的には間違ってないかもしれないけど。ティナはそういうこというタイプじゃなかったのに……一体どこの誰ねぇの影響なんだ。
人ごとみたいにクスクスと笑いやがって、あとで覚えとけよ。
「取りあえず、俺がティナに頼みたいのは、イヌミミ族が住む街の開発だよ」
「開発……ですか。それは技術者達の指揮という意味ですか?」
「すべての、だな。人間とイヌミミ族の習慣の違いを反映しつつ、人間が住む街と比べて遜色のない。けれど、優れてもいない街を作って欲しいんだ」
人間の住む街に比べて、イヌミミ族の街が優れていれば、人間に嫉妬される。逆にイヌミミ族の住む街が劣っていれば、人間に見下される。
かといって完全に同じだと、生活習慣の違いから不便が生じる。
それらを踏まえて絶妙なバランスをとれるのは、普段からミューレの街を管理しているごく限られた者だけだ。それが分かったのだろう。ティナは少し嬉しそうに微笑んだ。
「リオン様、私に重要な役目を任せてくれてありがとうございます」
「引き受けてくれると言うことか?」
「はい。そのお役目、必ず果たして見せます!」
「ありがとう、よろしくな」
という訳で、リアナとティアにお願いしたんだけど……二人とも見返りが欲しいみたいなことは言わないんだよなぁ。好意で良くしてくれてるのは分かってるのに、一切見返りを求めてこないから、なんかすっごい申し訳ない気持ちになる。
……まさか、狙ってやってる訳じゃないよな? いや、さすがにそれはないと思いたい。
「それで弟くん、あたし達はなにをすれば良いのかしら?」
「クレアねぇはいままでどおり、グランシェス領の管理を頼む。各部署と連携が必要になったりすると思うから、その調整も含めてな」
「分かったわ。それじゃ私はいつもどおりってことで」
俺はよろしく頼むと繰り返し、今度はアリスへと視線を向ける。
「アリスは……アリスチートでの手伝いと、イヌミミ族の洋服を作ってくれるか?」
「うん、分かった。イヌミミメイドの制服だよね。もう型紙を作ってあるよ」
「そっちじゃねぇよ!?」
「そっか、いらないなら捨てるね」
「え……」
想像以上にあっさりとそんなことを言われ、俺は思わず動揺する。
「必要ないのなら捨てても問題ないでしょ?」
「い、いや、別にいらないとかそういう訳では。と言うか、欲しいに決まってるだろ!?」
人間とイヌミミ族を別々に住まわせる以上、イヌミミ族を足湯メイドカフェ『アリス』で働かせることは出来ない。
しかし、しかし、である。イヌミミ族の街に、足湯イヌミミメイドカフェを作ることは可能だ。だから、そのお店で使う制服は必ず必要に……って、なんの話だっけ?
あぁそうだ。アリスにイヌミミ族の普段着を作ってもらうって話だったな。
「足湯イヌミミメイドカフェの衣装はあとでじっくり吟味するとして、取りあえずは普段着を作って欲しいんだ」
「うん、良いよ。イヌミミ族が好む感じで、なおかつリオンの性癖を満たした洋服を、アリスブランドで作れば良いんだね?」
「いやまぁ……間違っては、いないんだけど……さ?」
もう少しこう、言い方があると思う。それだとまるで、俺が着飾ったイヌミミ娘を思いっきりモフるために、洋服を注文してるみたいじゃないか。
……いや、違うからな?
とにもかくにも、俺はアリスブランドに、イヌミミ族の普段着を依頼した。そうして、今度はソフィアへと視線を向ける。
「ソフィアは……料理の研究かな。イヌミミ族の食生活を調べて、栽培する野菜なんかの比率も考えてくれ」
「うんっ、料理のことならソフィアにお任せだよ!」
天使のような笑顔で応じる金髪少女は今年で十四歳。前世の感覚で言うと高校生くらいの見た目になるはずなんだけど、相変わらず幼さを残している。
……胸だけは成長してるけどな。
それはともかく、ソフィアに料理に関するあれこれを頼み、後は……と考える。
「イヌミミ族の教育をどうするかだな」
「ちょうど一ヶ月後に新学期が始まるけど?」
俺の呟きが聞こえたのだろう。クレアねぇが一応といった感じで口にする。
「うぅん。さっきも言ったけど、イヌミミ族をミューレ学園に通わせるのは不安だな。それに、読み書きの出来る子供はほとんどいないんだろ?」
「そうねぇ。だけど、シロちゃんは読み書きが出来るみたいよ。と言うか、この一ヶ月ちょっとで最低限の読み書きが出来るまでがんばったみたい」
「そうなのか……」
なかなか驚きの事実である。それなら本科に通う条件を満たしている。シロちゃんだけ特例で……いや、やっぱり心配だな。シロちゃん一人とか、イジメに遭ったら困る。
「取りあえず、誰か教師を派遣して教えてもらうことにしよう」
「……そうね。それなら、教師は誰が良いかしら?」
「そうだなぁ……信頼できる人物で、教師というと……ミリィ母さんかミシェルか?」
二人ともいまは別の仕事をしているけど、頼めば引き受けてくれるだろう。なんて思っていたら、リアナが元気よく手を上げた。
「どうしたんだ? リアナは開墾の指揮に専念してもらうから、教師役は任せられないぞ?」
「分かってます。ただ、教師役にはアイシャを推薦しようと思って」
「なるほど、アイシャか……」
性格はおおざっぱ――いや、おおらかだし、信用も出来る。教師の中でも古株の部類だし、たしかに彼女なら任せられるだろう。
「イヌミミ族の教育はアイシャに任せることにしよう。リアナから頼んでおいてくれるか?」
「はい、分かりました」
「よし、いま決めなきゃいけないのはそんなところだな」
その後、細々とした取り決めを話し合い、足湯円卓会議を終了。イヌミミ族を受け入れ、グランシェス領を安定させるための日々が始まった。






