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灯台守の娘  作者: よしお


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差出人のない手紙

 その晩、私は三日ぶりに机を離れた。


 書きかけの原稿が一本あった。締め切りは三日後で、もう半分は書けているのに、残りの半分がどうしても進まなかった。地方都市の駅前再開発で立ち退きを迫られた、古い商店街の話だった。取材ノートには、店をたたむことになった乾物屋の主人の言葉も、四十年やってきた喫茶店の女将の沈黙も、ちゃんと書き留めてある。それでも、書けなかった。最後まで書いてしまえば、あの人たちの店が本当になくなる、というだけのことが、指を重くしていた。


 私は画面を最小化して、椅子の背にもたれた。


 壁の時計は、夜の十一時を少し過ぎていた。窓の外で、隣のアパートの非常階段の蛍光灯が、ひとつだけ点滅している。もう何か月もそのままで、大家に言っても直す気配がない。私はその、ついたり消えたりする光を、しばらく眺めていた。


 それから、郵便受けを見ていないことを思い出した。


 一階まで降りて、集合ポストの錆びた扉を開けると、二日分の郵便が詰まっていた。電気料金の督促、見覚えのない通販の不在票、地元選出だという議員の名を刷った薄っぺらい葉書。階段を上がりながら束をめくっていって、いちばん下に、白い洋封筒が一通あるのに気づいた。


 部屋に戻り、台所の蛍光灯の下で、私はそれを裏返した。


 切手は貼ってあるのに、消印の局名は雨に濡れたようににじんで読めない。読めるのは日付の一部だけで、それも、今月の、おそらく先週のものだという程度のことしかわからなかった。差出人の欄は、空白だった。封の糊づけはやけに丁寧で、定規でも当てたように角が揃っている。宛名は万年筆だった。真壁詠子様。とめもはねも省かない、古風な楷書。私の名を、こんなに端正に書く知り合いはいない。


 差出人のない手紙そのものは、珍しくなかった。


 私はフリーのルポライターで、十二年このかた、たいていは誰も書きたがらない種類のことを書いてきた。立ち退きで首を吊った老人。施設で死んだまま三日気づかれなかった子ども。記録の余白に追いやられた、小さな死。そういうものを掘り返して文章にしていると、名乗らない人間からの便りは、季節の挨拶くらいの頻度で届く。怒りの手紙、脅しの手紙、訴えの手紙。そして稀に、誰にも言えなかったことを、見ず知らずの他人にだけ打ち明けようとする手紙。


 一度だけ、踏切事故として処理された死を書いたことがある。


 中年の男が、警報の鳴る踏切に入って轢かれた。自殺、と所轄は片づけ、遺族もそれを受け入れていた。けれど男の妹から、夜中に長い手紙が来た。兄は色覚に特徴があって、あの踏切の古い信号は、兄には見えにくかったはずだ、と。私はそれを半年かけて調べ、記事にした。結論は出なかった。事故とも、自殺とも、何とも書けなかった。ただ、片づけられた死の下には、たいてい片づけたい誰かがいる、ということだけを、私はその仕事で覚えた。


 たいていの手紙は、封を切る前に、紙の重さでだいたいの中身がわかる。恨みは厚く、告白は薄い。


 この封筒は、薄かった。


 私は流しに溜まった皿を見ないふりをして、台所のテーブルに座った。電気ポットの保温が切れる音がした。爪の先で封を起こすと、丁寧な糊づけのわりに、紙はあっけなく開いた。


 便箋は一枚きりだった。三つ折りにされ、折り目はやはり鋭い。広げると、思ったより厚みのある紙だった。安物ではない。指の腹に、わずかにざらつく繊維の感触がある。薄い灰色の罫が引かれ、右下の隅に、透かしのような小さな図案が漉き込まれていた。私はそれを、蛍光灯のほうへ持ち上げた。


 明かりに透かすと、それは塔のかたちをしていた。


 細く、まっすぐな塔。先端から、線が二、三本、扇のように広がっている。光を放つ塔だ、と私は思った。灯台。市販の便箋に、こんな透かしは入らない。誰かが、自分のために、あるいは自分の家のために、特別に漉かせた紙だ。


 文字は、宛名と同じ万年筆の楷書で、便箋の中央に一行だけ書かれていた。


  二十年前、回光岬の灯台で死んだ少女は、事故ではない。殺されたのだ。


 それきりだった。署名も、日付も、説明もない。要求もなければ、つづきを匂わせる一文もなかった。誰かに何かをしてほしいという気配が、どこにもなかった。ただ、事実とされているものを一つ、ひっくり返してみせて、あとは黙っている。そういう手紙だった。


 私は便箋をテーブルに置き、もう一度、最初から読んだ。それから三度目を読んだ。読むたびに、文の輪郭は変わらないのに、こちらの呼吸だけが浅くなっていく気がした。


 回光岬という地名に、覚えはなかった。


 私は仕事用の机に戻り、ノートパソコンを立ち上げ直した。書きかけの原稿はもう開く気になれなかった。検索の欄に、回光岬、と打ち込む。


 房総半島の南端に、その岬はあった。


 地図で見ると、海に向かって細く突き出した先に、小さな白い印がついている。回光灯台。石造りの古い灯台で、いまも現役だが、一般には公開されていない。私有地、と注記があった。灯台が私有地にある、という言い回しを、私はそのとき初めて読んだ。たいていの灯台は国のもので、海上保安庁が管理しているはずだ。誰かの土地の上に、誰かのものとして灯台が立っている。その一点が、地図の上で妙に引っかかった。


 郷土史のページを少したどると、その事情らしきものが、断片的に書かれていた。岬に古くから根を張る一つの家が、江戸の昔、廻船で財を成した。沖の難所で自分たちの船を失わぬよう、その家は私財を投じて、岬の突端に常夜灯を掲げたのだという。やがて明治に入ると、灯は石造りの本格的な塔に建て替えられた。けれどその家は、灯台を国の手にゆだねることを拒み、土地ごと、自分たちのものとして守りつづけた。今もその家が灯台を守り、灯を絶やさずにいる——ページの文章は、そこまでを誇らしげに書いておきながら、家の名前は、なぜか一度も出していなかった。岬では言わずとも知れている、ということなのかもしれなかった。


 岬の沖には、岩礁が点々と連なっていた。古くからの海の難所で、昔は座礁する船が絶えなかった、と観光案内の文章が、いやに軽い調子で書いていた。だから灯台が建てられた。だから、灯台守が必要だった。


 二十年前の少女の死について書いたものは、すぐには出てこなかった。


 地方紙の縮刷を当てる前に、私は手当たりしだいに検索の言葉を変えた。回光岬、転落、灯台、事故。それらしいものはなかなか引っかからず、ようやく見つけたのは、当時の小さな記事を孫引きしたらしい、個人の郷土史のページだった。回光岬の歴史を、写真と短い文章で、こつこつとまとめたサイト。更新はもう何年も止まっている。その片隅に、年表のように並んだ出来事の一行として、それはあった。


 二十年前の秋。灯台守の娘が、灯室から転落して死亡。事故と見られる。


 娘の名前は伏せられていた。十六歳、という年齢だけが残っていた。


 たった一行だった。事件にも、事故にすらも、なりきれなかった一行。同じページの少し上には、灯台の点灯記念の祭りの写真があり、少し下には、近くの漁港の水揚げ量の推移が、几帳面なグラフになっていた。少女の死は、そのあいだに、ほかのどの出来事ともおなじ大きさで挟まっていた。十六歳が、灯台の上から落ちて死んだ。事故と見られる。それで、おしまいだった。


 私は、ほかに何か出てこないかと、しばらく画面の中をさまよった。当時の地方紙の名前を調べ、縮刷版を置いている図書館を探した。二十年前の秋の紙面を一枚ずつ繰っていけば、もう少し詳しい続報が見つかるかもしれない。あるいは、続報がない、ということ自体が、何かを語っているのかもしれない。けれど、この夜の台所で確かめられるのは、結局、その一行きりだった。灯台守の娘、十六歳、転落、事故と見られる。記事を書いた記者も、もうこの世にいないかもしれないほどの歳月が、そのあいだに積もっていた。


 私はその一行を、しばらく見ていた。


 こういう死を、私はいくつも見てきた。新聞の片隅で、事故、と一言で片づけられ、誰も覚えていない死。そのうちのいくつかは、掘り返してみると、事故ではなかった。たいていは、それを事故にしておきたい誰かがいた。けれど、掘り返してみても、やはり事故だったものも、おなじくらいあった。手紙が来たからといって、そこに何かがあるとは限らない。差出人のない手紙ほど、たやすく嘘をつけるものはない。名乗らずに済むのなら、人はいくらでも他人の死を弄ぶことができる。私はそれを、職業として知っていた。


 だから、私が次の朝に何をするかは、手紙の真偽とは、本当のところ関係がなかった。本当かもしれないし、嘘かもしれない。確かめにいって、何もなければ、それまでのことだ。私はそういう仕事をしてきたし、そういう空振りを、数えきれないほどしてきた。問題は、空振りだと承知のうえで、それでも確かめにいきたくなる手紙と、そうでない手紙があるということだった。理由は、自分でもうまく言えない。ただ、十六歳という三文字が、さっきから、ノートの上で乾かずにいた。


 それでも、私はもう一度、便箋を手に取った。


 透かしの灯台に、明かりを当てた。漉き込まれた塔は、ずいぶん手の込んだ意匠だった。線の一本一本が、はっきりと、丁寧に入っている。こんな紙を、嘘のために一枚使うだろうか。名乗らない人間ほど、ありあわせの紙を使うものではないのか。便箋を選び、万年筆を選び、楷書をひと文字ずつ置いて、たった一行を書いて寄越す。その手間のかけかたが、文面の素っ気なさと、どうしても釣り合わなかった。


 私は文字の並びを、もう一度たどった。


 事故ではない。殺されたのだ。


 叫んでいなかった。誰かに聞いてほしくて書かれた文ではなかった。助けてほしいとも、暴いてほしいとも、書いていない。むしろ、もう長いあいだ知っていたことを、ようやく口に出した、というふうな書きぶりだった。知っている者が書いた文だ、と私は思った。疑っている者ではなく、知っている者が。


 その違いを、私は自分の仕事で、何度も見分けてきたつもりだった。


 では、知っている者が、なぜ今になって書いたのだろう。二十年、黙っていた。そのあいだに、書こうと思えばいつでも書けたはずだ。それをしなかった人間が、この秋、急に万年筆を取った。何かが変わったのだ、と思った。少女の死のまわりで、二十年のあいだ動かなかった何かが、つい最近、動いた。だから、書いた。——そこまで考えて、私は小さく息を吐いた。便箋一枚から、ずいぶん遠くまで来てしまう。確かめてもいないことを、確からしく組み立ててしまうのが、この商売の悪い癖だった。それで何人もの人間を、勝手に裁いてきた覚えがある。


 私は便箋を封筒に戻し、封筒を机の上の、いちばん目につく場所に立てかけた。にじんだ消印を、もう一度光にかざしてみたが、やはり局名は読めなかった。どこの誰が、これを投函したのか。どうして、二十年もたった今なのか。どうして、私なのか。問いは三つとも、答えの手がかりすら持っていなかった。


 私は書きかけの原稿に戻ろうとして、やめた。


 代わりに、新しいノートを一冊おろした。取材のたびに使う、なんの変哲もない大学ノート。表紙を開いて、いちばん上の行に、回光岬、と書いた。その下に、二十年前、灯台、灯台守の娘、十六歳、転落、と並べた。私有地の灯台、岩礁、と書き足し、最後に、便箋にあったとおりの言葉を、一字も変えずに書き写した。


 書き写してみると、その一行は、はじめに読んだときより、ずっと静かに見えた。


 私はペンを置いて、窓の外を見た。


 アパートの三階からは、隣の建物の壁しか見えない。海も、灯台も、二十年前も、どこにもなかった。非常階段の蛍光灯は、まだついたり消えたりを続けている。あるのは、目の前の机の上に立てかけられた、差出人のない一通の封筒だけだった。


 その封筒の中で、灯台の透かしが、明かりを受けて薄く光っていた。


 翌朝、私は書きかけの原稿のファイルを閉じ、房総へ向かう電車の時刻を調べた。


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