第15話:イカ墨パスタ
空の亀裂から降り注ぐ光は、もはや黄金色ですらなく、ただの無機質な白いノイズへと変わっていた。
私はプロフの店先で、皿の上に盛られた黒い塊を見つめていた。イカ墨パスタ。その漆黒のソースは、周囲のセピア色の世界において、まるでそこだけ現実が消滅したかのような、深い虚無を湛えていた。
「いいか相棒。黒ってのはな、すべての光を吸収して隠しちまう色だ」
プロフの声は、もはや人の発声とは思えないほど激しく歪んでいる。
185センチの視界。高い位置にある私の目には、大通りを歩く住人たちの足元が完全に消失し、彼らがただの「浮遊する座標」として虚空を滑っていくのが見えた。彼らが通り過ぎた跡には、剥がれ落ちたテクスチャの残骸が、黒い塵となって舞っている。
「……プロフ、これ以上書いたら、私も消えるのか」
「消える? 違うな。お前はただ、文字という『真実』に還るだけだ。この真っ黒な墨でお前の存在を塗りつぶせ。システムに感知される前に、一気に書き上げるんだ」
私は震える手で、真っ黒な麺を口に運んだ。
生臭い潮の香りと、舌に残るざらついた感触。デバイスが「ラベンダー」を押し付けようと脳に火花を散らすが、その警告画面は、墨をぶちまけたような黒いノイズに飲み込まれて消えた。
私はノートを開き、次の一文字を深く刻みつけた。
その瞬間、私の指先までもが、墨に染まったように黒いノイズへと変わり始めていた。
イカ墨パスタは、あの濃厚で深みのある味わいがくせになりますよね。
お口の周りが黒くなってしまうので、大切な 方 の前では 注意 が必 要で す よ。




