第0話:記録の証明(独白)
「全23話で完成するパズルです。最後の一ピースが嵌まるまで、あなたの認識は騙され続けます。」
人の記憶とは、完璧に思えて穴だらけだ。
何気ない行動は「習慣」という名の暗闇に呑み込まれ、意識に上ることすらない。朝起きてどちらの足から靴下を履いたか、駅までの道で何度瞬きをしたか。そんなものは、覚えていなくても生きていける。
しかし、食事は違うはずだ。
人は食べたものでできている。皿の上に並ぶ彩り、立ち上る湯気、舌の上でほどける熱。それは生命を維持するための、最も濃密な「体感」のはずだ。
それなのに、私はたった二日前の夕食すら思い出せない。
一週間前、私は確かに何かを口にし、空腹を満たしたはずなのに。そのメニューも、噛み締めた感触も、食卓の風景すら、霧の向こう側へ消えている。
胃の腑に落ちたはずの記憶が、どこにもない。
代わりに手元に残っているのは、自作のデバイス**『PED』**に淡々と蓄積された、無機質なログデータだけだ。
Status: Stable. Accident: 0.
「……だから、私は記録していこうと思う」
185センチの視界から見下ろす世界は、今日も不自然なほど清潔で、静かだ。
自分の手で、文字として、その日の「味」を刻みつけない限り、私は自分が人間であることを証明できない気がする。
これは、私が確かに「今日」という日を摂取した証を残すための、ささやかな抵抗だ。
たとえ、どれだけ筆を走らせても。
この問いに対する「解答」が、一生見つからなかったとしても。
明日から、また新しい一週間が始まる。
最初の記録は、あの鮮やかな赤から始めよう。
明日の予定:
N:ナスと挽肉のボロネーゼ風パスタ
砂嵐の向こう側は、明日もきっと、晴れ
はじめまして。
ふとした瞬間に、自分が何を食べたか、誰と何を話したか、その手触りすら忘れてしまっている自分に気づき、愕然とすることがあります。
私の記憶は、まるで砂嵐のように頼りないものです。
だからこそ、今日という日を「記録」として繋ぎ止めておきたい。
明日から、私の拙い献立日記が始まります。
特別なご馳走ではありませんが、私にとっては「生きた証」そのものです。
同じように、毎日を大切にしたいと思っている誰かの心に、少しでも届くものがあれば幸いです。




