龍と狐が別れた日 ―それでも、また会うために―
翌朝。
彼らが旅立つその時、
双国の空は穏やかに晴れていた。
朝靄が静かに城を包み、
城門の前には見送りの人々が並ぶ。
リア一行の馬車も整えられ、
いよいよ別れの刻が訪れていた。
レイラは一人ひとりの前に立ち、
穏やかな微笑みで言葉を贈る。
レイラ
「シュン、そなたの知識は命を救う。
そして、その優しさは魂を救う。
どちらも誇って生きよ」
シュン
「……ありがとう、レイラ。
俺……もっと強くなる。」
「そして、もっと知識をつけて…………
………レイラの力になれるよう頑張るよ…」
レイラ
「あぁ……期待している。
そなたなら、きっとなれる……」
その言葉と共に、
レイラは小さく微笑み、
シュンの頭に、ぽん、と手を置いた。
ほんの一瞬。
けれど、胸の奥が熱くなるには十分だった。
レイラ
「シュシャ、そなたのリアへの忠誠は美しい。
だが時に、それは自分を縛る鎖にもなる。
誇りを持ちながら、己も愛せ」
シュシャ
「……!……うむ!心得た!」
珍しく顔を赤らめ、胸に手を当てて深く礼をする。
レイラ
「シアン。お前の瞳は“真実”を映す。
それは孤独を呼ぶが、同時に導きの光でもある。
……月の導きが、そなたにあらんことを」
シアン
「……ありがとう。
――レイラも……無理しないで……」
レイラ
「……ナイル。風のように自由でありながら、
そなたの仲間を見る目は深い。
お前の自由は、皆を救う風だ」
ナイル
「……あれ?ボクにもそんな言葉を?
惚れちゃうよ?レイラちゃん♡」
レイラ
「照れ隠しか?」
ナイル
「えへっ♡ばれちゃった?w」
レイラ
「レオ……お前のその微笑みの裏にある孤独を、
……私は知っている。
――どうしようもなくなった時は、私を頼れ」
レオ
「……ありがとな。
姫姉ちゃんも……この先いろいろ背負うことになると思うけど……
挫けんなよ。俺も……リアっちも、
みんなで無事を……祈る。」
レイラ
「あぁ……ありがとう……」
レイラ
「……ロイロ。そなたは“盾”そのものだ。
言葉は少なくとも、誰よりも深い力を持つ。」
「リアを頼んだぞ。……そして時には
力を抜け、無理はするな。」
ロイロ
「……へっw 言われなくても、護りますよ。
でも“力を抜け”ってのは……難題だなw」
レイラ
「なら、課題として覚えておけ」
そして、最後に――
レイラ
「――リア…………。
お前が舞ってくれた光も、
その言葉も……忘れない。」
「闇を恐れぬその心こそが、人を導く。
……どうか、その光を絶やすな」
リア
「……レイラ……ありがとう……。
あなたに出会えて、本当によかった……
また、絶対に……絶対に会おうね……」
――涙が止まらない。
レイラ
「泣くな……愛らしい顔が台無しだぞ……。
……また会える。
それまで互いに、生き、成長しよう」
挨拶を終えると、レイラは一歩下がり、
静かに頭を下げた。
朝陽が背を照らし、レイラの銀糸の髪が淡く輝く。
レイラ
「私は、この国の王になりたいわけではない。
この地は、争いのためにある国ではないからだ」
リアが驚き、一歩近づく。
レイラ
「煌龍国の名のもとに、
双国はそなたたちの属国となろう。」
「何かあれば、すぐにこの国を頼れ。
私とテュエルが、お前たちの“双剣”となる」
その言葉と同時に、レイラは跪き、
胸の前で腕を交差させる。
テュエル、爺、村人たちも続き、深く頭を下げた。
テュエル
「この身、この魂、すべてをもって、
主とこの地を護りましょう」
リアは堪えきれず、そっとレイラの肩に手を置く。
リア
「……あなたは、この国の“光”。
誰の剣にもならなくていい。
――でも、その言葉……胸に刻ませてもらう……!」
レイラ
「あぁ……。
……だから、この【双国】は在るのだ。」
「また来てくれ、双国へ。
再び舞おう……龍と狐のこの地で」
リアはその言葉に、ただ頷いた。
二人は強く抱き合い、別れを惜しむ。
やがてレイラは一度そっと身を離すと、
リアの目線に合わせるように軽くしゃがみ、視線を交わした。
そのまま、迷いなくリアの額に口付けを落とす。
一瞬の静寂。
それは親愛であり、祝福であり、
そして“また会う”という確信を込めた、レイラなりの挨拶だった。
レイラは何事もなかったかのように微笑む。
リアの頬がわずかに熱を帯びる。
やがて朝日が昇り、
金色の光が丘を包む。
レイラとテュエルの影が、ひとつに重なった。
リア
「助けてくれてありがとう!!
あなたたちのこと、忘れない!
また絶対、会いに来るね!!」
馬車は城門をくぐり、ゆっくりと走り出す。
レイラ、テュエル、爺、村人たちは、
見えなくなるまで手を振り続けた。
――あの二人なら、大丈夫。
「レイラは双国の心」
「テュエルは双国の刃」
二人で一つなのだから。
――――――――――
リュウコの城壁へ上り、
レイラは笛を吹き、彼らを見送る。
その音は、朝の空へと静かに溶けていく。
馬車が遠ざかるにつれて、旋律はわずかに細く、かすかに揺らぎながらも、途切れることなく続いた。
やがて馬車は小さな点となり、
さらに輪郭を失い――
完全に視界から消えてもなお、
レイラはしばらくの間、笛を吹き続けていた。
まるで、その背中が見えなくなった後も、
音だけは彼らに寄り添い続けるかのように。
テュエル
「……行ってしまいましたね。
……寂しくはないですか?」
レイラ
「寂しい?……ふふっ、違うな」
彼女は静かに微笑む。
目元には、朝露のような光。
レイラ
「……“嬉しい”のだ。
彼らに出会えた、この奇跡がな」
朝日に照らされたその横顔は、
涙よりも眩しく輝いていた。
――――――――――
馬車
――――――――――
双国の景色が少しずつ遠ざかる。
馬車の中には、穏やかな沈黙。
リア
「レイラの笛の音……
もう聞こえなくなっちゃった……」
ナイル
「……シュン君、心ここにあらずって顔だね」
シュン
「えっ?!……そ、そんなこと……」
ナイル
「ふ〜ん?
じゃあ聞くけど……双国に残りたかった?」
視線が集まり、シュンは窓の外を見る。
シュン
「……いや……。
俺が輝ける場所じゃない。
レイラの隣には、もっと強い人が要るから」
ナイル
「……でも、レイラちゃんと離れるの
寂しいんでしょ?」
シュン
「…………うん」
小さな、けれど確かな本音。
ナイル
「恋ってのはそういうもんさ。
切なくて、胸が苦しい…。」
「でも、その人のことで頭いっぱいになって、
存在が原動力になる」
シュン
「……恋なんかじゃ……ないよ。
……テュエルもいるし……」
ナイル
「そう言わないと、
心が追いつかないんだろ?」
朝陽が湖面に反射し、灯籠の光を思い出させる。
シュン
「……また会えるかな」
ナイル
「会えるさ。あんなに印象深いお姫様、
忘れられるわけないじゃない♡」
リア
「……えぇ。絶対に会いに行こう」
シュシャ
「はい!」
シアン
「俺も……」
レオ
「俺もーー!!」
シュン
「……うん。
絶対、もっと勉強する……」
ロイロ
「年上の女狙いとは……ませてるな?シュンちゃん」
シュン
「なっ!!悪い?!」
ロイロ
「否定しない!ひゅーひゅー!純愛だなぁ!」
シュン
「チッ……!クソ墨牙……!今夜は飯抜き!!」
ロイロ
「ごめんなさーーーい」
一同
「あはははははははははは」
笑い声を乗せて、
馬車はゆっくりと双国を後にする。
レオ
「…………」
シュン
「レオ?」
レオ
「……いや、なんでもない」
ナイル
「ほんとに?今の間ちょい怖いんだけど」
レオ
「……気のせいだよ」
――視界の奥で、一瞬だけ空が揺れた。
双国の空だけが、
ほんの刹那、暗く沈んで見えた。
(……今のは)
レオはそれを言葉にせず、飲み込んだ。
レオ
(……きっと、大丈夫)
馬車は進む。
双国の影が、静かに遠ざかっていく。
双国ノ巫女 第一章 〜完〜




