妻に触れるな
昨夜の熱が、まだ身体のどこかに残っている。
歩くだけで、腰がじん……と重く疼いた。
ずしり――。
レイラ
「……ぅ……」
(……私のせいではあるが……テュエル……やりすぎだな……)
苦笑しつつ回廊の階段を下りる。
恥ずかしさに額へ手を当てた、その瞬間――
ふ、と足元が泳いだ。
「っ……危ない!」
反射的に伸びた腕。
若い宦官が、レイラの腰をしっかり抱き留めていた。
予想以上に近い距離で目が合う。
宦官
「ぁっ……ひ、姫様……!!
も、申し訳ありませんっ……!」
(よ、良かった……落ちなくて……)
(……やっぱり……美しい……)
(いつも遠くから見るだけだったけど……今日は……なんだ、歩き方が……艶……っ)
レイラ
「……助かった……すまない……不注意だ……。
重かったろう?ありがとう……」
宦官
「いっ、いえっ……!」
(軽い……!長身なのに……羽みたいだ……)
(……やっぱり……近くで見ると…余計に……)
レイラが宦官の横を通り過ぎる。
ふわり――。
淡く甘い香りが、宦官の鼻先を掠めた。
宦官
(っ……な、なんだ……
この香り……あ、甘い……)
歩き出すレイラを見送りながら、
足取りがわずかにふらついて見える。
宦官
「む、向かわれるのは……執務室でございますか?」
レイラ
「……?あぁ……」
宦官
「では、執務室までお送りします!」
宦官はそっとレイラの手を取った。
その指先は緊張していながらも、真面目で優しい。
レイラ
「……ありがとう。やさしいな……」
宦官
「い、いえ!!
か、家臣として当然の務めです!」
(こんな言葉をいただけるとは……)
(…遠くからお姿を見るだけで十分だと思っていたのに……)
レイラ
「ふふ……」
宦官
「……っ」
(こんなに自然に笑う方だったか……?
儚いのに……可愛らしい……)
(髪も……こんなに柔らかそうで……)
(今なら……少しだけ……触れても――)
伸びかけた指先。
――その瞬間。
「……何をしておる?」
「……おい。その手を離せ。」
背後から、二つの影が落ちた。
シャガルは冷気をまとい、
テュエルは無表情のまま殺気だけを放つ。
宦官
(ひっ……!!!)
(し、しまっ……!!姫様に……触れようとして……!)
シャガル
「余の妻に触れるとは……いい度胸だな。」
テュエル
「ボクの奥さんに勝手に触るな。死にたいのか?」
レイラ
「……やめろ……。ただ支えてもらっただけだ……」
二人
「「それでもダメだ(です)!!」」
宦官
びくっっ
レイラはこめかみを押さえる。
シャガル
「しかし……そなたの不注意だ。
歩き方でわかる。昨夜無理をさせたのであろう?」
レイラ
「っ……!」
頬が一気に真っ赤になる。
テュエル
「うるさい。責任は感じている。」
「だから今日はボクが全てレイラ様を支える。」
シャガル
「支えるのは余だと申しておる。」
テュエルは何か思い出したように、
ゆっくり目を見開き、にやり。
テュエル
「……そうか。」
「……お前、一昨夜……満足させられなかったのだな?」
シャガル
「な……!?何を言う!」
「一昨夜、レイラは世の腕の中で――ピーーー!!!
ピーーーーーーーーー!! だったぞ!!」
テュエル
「なんだと?!」
「俺なんか!!ピーーーッ!!
ピーーーーーーーッ!! だったんだからな!!」
バチッッッ!!
宦官
(な……っ)
(そ、そんな……姫様が……)
(……あぁ……胸が……痛い……)
(知らなければよかった……)
テュエル&シャガル
「……で?!真相はどうなのだ(んです)?!」
レイラを振り返ったその瞬間――
いなかった。
恥ずかしさのあまり、すでに逃げ出していた。
二人
「なっ……!!!」
「レイラ(様)?!」
◆◆◆
――レイラは執務室へ向かって歩いていた。
レイラ
「まったく…人前であんなこと言わなくたっていいだろうに…」
先ほどの “自主規制案件” の余熱を冷ますように胸元を押さえながら。
そんな時――
角を曲がった先で、
小柄な女官が大きな洗濯籠を抱えてよろよろしていた。
女官
「あっ……っ、きゃ――!」
よろめき、バランスを崩す。
レイラ
「っと……!」
反射的に腕を伸ばし、籠を支え、
女官の身体もそっと抱き留めた。
ふわり。
小柄な身体がすっぽりレイラの腕の中に収まる。
女官
「ひゃ……っ、ひ、姫……さま……?!
す、すみません……っ!」
(抱きとめられた……っ
か…かっこいぃぃぃ……)
レイラ
「大丈夫か……?
重そうだ……全部持つのは大変だったろう……」
女官
「ひ……っ」
(や、優しい……声が近い……いい匂い……
ああ、だめ……好き……)
レイラ
「……」
(好意の匂い…、まぁいいか…)
レイラは籠を軽々と持ち上げた。
レイラ
「…どこへ運ぶ?
執務室へ行く途中だ……ついでに運ぶ」
女官
「えっ……そ、そんなっ!!
姫様に……そんなこと、させられません!」
レイラ
「なぜだ……?
お前のような小柄な娘が怪我でもしたら困る……。
通り道だ、任せろ」
にこり、と微笑む
女官
(むり……好き……っ!!
やばい……とどめ…刺された……♡)
レイラの髪がふわりと揺れ、
女官の頬をかすめた。
女官
「ぁっ……!」
(甘い……香り……っ)
レイラ
「……?
顔が赤いぞ……熱でも……?」
女官
「い、いえ……っ!違うんです……!!」
(ちがうの……あなたが原因なの……)
歩きながら、女官が勇気を出して口を開いた。
女官
「ひ、姫様は……いつも……
こんなふうに、家臣を助けてくださるのですか……?」
レイラ
「ん……困っていたら当然だろう……」
女官
(だめ……ほんと落ちる……!!!
いや、もう落ちてる……!!!)
レイラ
「髪飾り……よく似合ってる。かわいらしいな……」
女官
「えっ……/// そ、そんな……!」
(うそ……見てくれてたの……?!
好き……今日だけで三回好きになった……)
思わずレイラの服を掴む。
女官
「……あ、の……っ
姫さま……! もし……よろしければ……」
そこまで言った、まさにその時。
「……レイラ」
「……レイラ様」
背後から低く重い声が二つ。
シャガルとテュエルが、
氷のような気配をまとって立っていた。
シャガル
「……また妙な者を連れ歩いておるな」
テュエル
「……ボクを置いてどこへ行くつもりだったんです?」
女官にビッと殺気が飛ぶ。
女官
「ひっ……!」
レイラはすぐに女官を背後にかばった。
レイラ
「待て……怖がってる。殺気を向けるな。
ただ運んでいただけだ……」
女官
(ひぃぃ……!
……でも、守ってくれてる……
ああ、もう……抱いてほしい……♡)
シャガル
「余が運ぶ。レイラは休め」
テュエル
「いや、ボクが運びます」
バチィッ!
再び空気が割れる。
レイラ
(あぁ……まただ……)
レイラはこめかみを押さえた
シャガル
「これくらいの量など、片手で十分だ」
テュエル
「老人は黙っててください?
ボクは片指で運べます^^」
シャガル
「なんだと?! 余にかかれば――
指一本で――!!」
だが。
ようやく二人は気づく。
……女官もレイラも、
目の前から消えていた。
シャガル&テュエル
「……ん?」
「レイラ(様)?」
(二人の殺気から全力逃走した&させた)
◆◆◆
執務室には、窓から差し込む光が静かに揺れていた。
広げられた文書の山、その前に座るレイラ。
机の向かいには、背筋を伸ばしたヤヒロが控える。
レイラは、筆を滑らせながら、
時に指先で文書の要点を示し、
時に印を押す角度や、文言の選び方を手本として見せた。
ヤヒロは真剣そのものだ。
目元は幼さの残る十五歳の少年。
だが視線は鋭く、揺るぎない。
レイラがわずかに身を寄せたときの柔らかな香りにも、
艶めく横顔にも、反応はしつつも眉一つ動かさない。
ただ、食い入るように手元の動きを見つめ、
時折うなずきながら、
皇務を学ぶ者としての姿を崩さなかった。
やがて太陽が傾き始める頃。
机上の文書はすべて片付き、静寂が訪れた。
レイラは筆を置き、息をひとつ吐いた。
その瞬間――
昨夜の“乱れた余韻”がひそやかに腰へ戻り、
今日の皇務でこり固まった肩の重みがじわりと広がる。
そっと立ち上がり、肩を軽く回す。
「ヤヒロ、今日はここまでにしよう」
レイラがそう告げると、
ヤヒロは顔を上げ、きっぱりと首を振った。
「…いえ! まだ色々と調べたいことがありますので…!」
「レイラ様はもうお下がりになって大丈夫です!
本日は教えてくださって、本当にありがとうございました!」
ぱっと明るく微笑み、手を振る。
レイラは思わず肩の力を抜き、柔らかく片手を上げる。
「ふ……わかった。無理はするなよ」
気取らぬ調子でそう返し、軽く手を振り返した。
そのまま執務室を出て、静かな廊下へ歩み出る。
――ちょうどその時。
二人の高位宦官が、書簡を抱えて曲がり角から現れた。
「……姫様?」
「肩を……凝らしておられるのですか?」
声をかけられ、レイラはほんの一瞬だけ目を逸らし、
気まずそうに肩へ手を添えた。
その様子を見た宦官二人は、
なぜか同時に――目をきらりと輝かせた。
「もし、我らでよろしければ……」
「ささやかではございますが、揉みほぐしを……致しましょう」
その口調は丁寧だが、どこか期待を含む湿り気があった。
レイラ
「えぇ……と……」
(うーん……
あいつら二人に知られたら……
いろんな意味で危険なのでは…………)
一瞬のためらい。
しかし宦官たちは、畳みかけるように身を乗り出した。
「ちょうど先日の交易で、極上の香油を手に入れておりまして!」
「姫様のお好みの“淡く甘い香り”でございます!」
「どうか……お受け取りくださいませ」
「ご出立の前に、双国での――
心残りなき思い出のひとつとして……!」
その“押し気味の懇願”に、
レイラはさすがに観念せざるを得なかった。
小さく息を吐き、肩の力を解く。
「……そうだな。
せっかくだ……頼む」
その言葉が落ちた瞬間、
宦官二人の顔が、ぱぁっと花が咲いたように明るくなる。
「ありがたき幸せ……!」
「では、こちらへ――」
恭しく先導しながら、
どこか足取りが軽い。
レイラは肩を押さえ、軽く首を傾けながらその後へ続いた。
(……まぁ、いいか。
辛いのは確かだ。少しくらい……楽にしてもらっても……)
静かな廊下に、三人の影が重なりながら
ゆっくり奥へと伸びていった。
◆◆◆
湯殿の扉が静かに閉じられる。
薄い蒸気がゆらめき、湯面が静かに揺れている。
宦官
「姫様。
香油の間の準備が整うまで……
少し、お湯でお身体を温めてくださいませ」
レイラ
「……わかった。では、少しだけ」
衣を脱ぎ、湯に身を沈める。
湯がふわりと肌を包み、
昨夜の名残と今日の疲れがゆっくり溶けていく。
レイラ
「……はぁ……温まる……」
少し赤らんだ肩が湯面からのぞく。
髪はゆるくほどけて流れ、
湯気の中で淡く揺れた。
――――
やがて宦官が静かに告げる。
「姫様。香油の間の準備が整いました」
レイラは湯から上がり、
布を一枚だけ体に巻いて香油の間へ向かった。
香炉から淡い香りが漂い、
温められた香油が小さく“とろ…”と光を帯びて揺れていた。
レイラ
「確かに……強くなくていい香りだな……」
宦官たちは緊張で喉を鳴らし、
それでも笑みを作って深く頭を下げた。
「姫様のために仕入れた甲斐がございます……!」
「では……姫様。こちらへ……」
レイラは言われた通りにうつ伏せになり、
湯気の残る白い背を静かに晒した。
薄い肌がまだ温かく、
肩の曲線はしっとりと濡れて柔らかい輝きを放つ。
宦官二人の呼吸が止まった。
(………………っ…………)
(なんて…きれいな背中……線が…繊細で……///)
(腰……細い……のに……)
(曲線が……反則級に……色っぽ……っ)
宦官二人
((………こ、これは……耐えられない……!!))
レイラの体格は華奢なのに、
ところどころに目を奪われる丸みがあり、
“女として完成されすぎた形”がそこにあった。
宦官はごくりと喉を鳴らし、
震える指先で香油をすくう。
そして――
レイラの背にそっと触れようと手を伸ばした、その瞬間。
ガガッ―――!!
――――――バタッ……!
宦官二人
(瞬 間 昇 天)
白目をむいて膝から崩れ落ち、
魂だけ天井へ吸い込まれていった。
レイラ
「……?……どうした……?」
背中を出したまま振り返れない。
ただ空気が一瞬で静かになったことに首を傾げる。
「………………」
「………………」
香油の間に、いつのまにか
無言の影が二つ 落ちていた。
シャガルとテュエル。
だが、香油の濃い香りが漂っているせいで――
うつ伏せになったレイラには、
それが 誰 なのかまるで分からない。
二人は気配を押し殺し、
倒れた宦官たちを一瞥すると……
まるで最初から担当者だったかのように、
平然と香油を手に取った。
【すっ……】
温かい指先がレイラの肩に置かれる。
レイラ
「……っ…………あ……」
とろりと滑る香油。
深く、正確で、絶妙な角度から入る圧。
湯で温まった肌に、心地よく沈み込んでいく。
シャガルは――
無言で、力強すぎない絶妙な圧。
テュエルは――
日頃からレイラの体を知り尽くした、
熟した手つきで緊張を探り、流し、滑らせる。
(※普段の揉みほぐし担当)
レイラ
(……この手つき……まるで……)
(テュエルみたいだ……)
(※テュエルがやっています)
だが二人は、声を発さない。
あくまで 「宦官としての淡々とした施術」 を装い、
レイラに気づかれぬよう徹底していた。
その内側では――
シャガル
(こやつら……レイラの素肌に触れようと……?)
テュエル
(この背中に手を伸ばした時点で……死罪ものだ……)
テュエル&シャガル
((絶対に許さん))
(あとで必ず詰問する)
だが顔には出さない。
むしろ驚くほど涼しい顔で、淡々と施術を進める。
レイラ
「……ん……気持ち……いい……」
呼吸が少しずつ緩んでいく。
香油の音。
指が肌を滑る微かな気配。
湯で温まった体がさらに解けていく。
とくん……
とくん……
呼吸が深く、静かになっていき――
レイラ
「…………すぅ………………」
完全に寝落ちした。
シャガル
「……寝たな」
テュエル
「あぁ、ぐっすりだ」
二人はレイラの髪をそっとかき上げ、
その安らかな寝顔を確かめ――
ほんの一瞬だけ、微笑を落とした。
そして黙々と、
“夫としての奉仕” を続ける。
その足元では――
宦官二人が、白目をむいたまま
「ピクリ」とも動かず 倒れている。
(※後日、この二人は
“死罪寸前まで問い詰められる事件” として記録される)
香油の間には、
甘い香りとレイラの静かな寝息だけが
穏やかに流れていた。




