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双国ノ巫女 〜九尾の力を持つ雪女の姫は、戦場でその力を解き放つ〜  作者: Su
出会いと誓い――護衛テュエルとレイラの軌跡
16/67

罠だと分かっていて飛び込んだら捕まったけど――処刑される“猿の将軍”の正体が探していた人だった件


月光が、鋭く地を裂くように差し込んでいた。


 木々の隙間を縫う獣道。

 枝葉をかき分ける音だけが、夜の静寂を引き裂く。


 レイラの足元を、風が滑るように走る。


 踏み込むたびに、大気が押し出され、

 その反動で身体が前へと“運ばれていく”。


 纏っている。


 目には見えないが、

 確かにそこにある――“疾風”。


 最短。


 最速。


 迷いは、一切ない。


 地を蹴り、

 幹を踏み、

 崖の縁すら躊躇なく踏み越える。


 ――そのまま、落下。


 常人ならば、即死。


 だが、


 空中で、わずかに身体を捻る。


 次の瞬間、


 下から吹き上げた風が、

 落下の勢いを“受け流した”。


 衝撃は、消える。


 そのまま、着地と同時に加速。


 止まらない。


 いや――止まれない。


 裾が裂けるのも構わず、

 呼吸が乱れるのも構わず、


 ただ――前へ。


 (百日紅の花……)


 脳裏に、あの光景が焼きついて離れない。


 あの場所。

 あの状況で。


 ――あれは、偶然などではない。


 (……気づいてくれ、と……)


 胸の奥が、強く軋む。


 思考が、一気に繋がっていく。


 対峙した、あの瞬間。


 違和感は、最初からあった。


 ――匂い。


 血でも、殺気でもない。


 どこか……“嬉しそうな”気配。


 そして、


 明らかに急所を外した攻撃。


 殺すための刃ではなかった。


 さらに――


 カーカスの気配に気づいた、あの瞬間。


 “あれ”は、明確に動いた。


 まるで――


 守るように。


 (……戦闘に入ったのは……)


 息が、わずかに詰まる。


 (……気づかせないため……か……)


 戦っている“ふり”。


 そう考えれば――全て辻褄が合う。


 (……私のため……?)


 あり得ないはずの考えが、

 否定できないまま、形を成していく。


 (……お前……なのか……?)


 ――その時。


 脳裏に、声が走る。


 


 ダイン

『目に見えるものだけを、信じるな』


 


 ――――っ!!


 


 雷のように、全身を打ち抜いた。


 踏み込みが、さらに深くなる。


 風が、強く巻く。


 視界が、研ぎ澄まされていく。


 そうだ。


 今なら分かる。


 これまで、いくらでも――


 気づける瞬間はあった。


 西の草原。


 何度も感じていた、あの気配。


 猿の仮面。


 あの異様な存在。


 (……匂いが……)


 心臓が、大きく跳ねる。


 (……同じ……だった……)


 確信へと変わる。


 全てが、一本に繋がる。


 (…………お前だったのか……)


 喉が焼ける。


 息が荒くなる。


 それでも、思考は止まらない。


 (……気づけなかった……)


 歯を食いしばる。


 (……気配が違うと……決めつけていた……)


 疑うことすら、しなかった。


 ――見ようとしなかった。


 (……死んだと……思い込んでいた……)


 自分自身への苛立ちが、

 静かに、しかし確実に募っていく。


 


 「……くそ……」


 


 かすれた声が、零れる。


 風が、わずかに荒れる。


 足に、さらに力が入る。


 胸が、焼けるように痛む。


 


 ――間に合え。


 


 ただ一つの思考。


 


 夜を裂くように、駆ける。


 


 ――間に合え。


 


 枝が腕を裂く。


 血が滲む。


 それでも、速度は落ちない。


 


 ――間に合え。


 


 その言葉だけが、

 静かに、繰り返される。


  ――――――――

   夜が薄れ、

   日の出が迫る

  ――――――――


 東の空が、わずかに白み始めていた。


 闇が、ゆっくりと後退していく。


 その中を――


 レイラは、なおも駆けていた。


 風を纏い、

 地を滑るように。


 視界の先。


 ようやく――砦の輪郭が浮かび上がる。


 (……見えた……)


 距離は、もう僅か。


 だが――


 空は、確実に明るくなっている。


 (……間に合うか……)


 胸の奥が、わずかに軋む。


 それでも、速度は緩めない。


 むしろ――


 さらに、踏み込む。


 風が、強く唸る。


 木々を抜け、

 地を蹴り、


 最後の斜面を、一気に駆け上がる。


 ――――――――――――――――――――――――


 門番が、いない。


 ……不自然だ。


 その異様さに、

 思考より先に、身体が反応する。


 だが――


(……罠だな)


 すでに、理解していた。


「………………」



 レイラは迷いなく、砦の外壁を蹴り上がる。


 指先が、石の隙間を捉え、

 風が、その身体を押し上げる。


 軽い。


 音もなく、壁を越える。


 そのまま――


 視線を、内側へと落とした。


 


 ――あった。


 


 高台。


 組まれた首切り台。


 鼻を刺す、異様に濃い火薬の匂い。


 そして――


 すでに、首をはめられている“人物”。


 


 その頭には、粗い布袋が被せられていた。


 


 顔は見えない。


 声も、発することはない。


 


 ただ――


 その輪郭だけが、


 かすかに人の形を残している。


 息が、止まる。


 


 ……わかる。



 理屈ではない。


 


 ――“お前”の匂いだ。


 


 同時に、違和感も浮かぶ。


 警備が――少なすぎる。


 高台の周囲も、妙に間が空いている。


 


 (……やはり、罠か)

 


 確信する。



 だが――


 (……関係ない)


 


 次の瞬間には、もう動いていた。


 


 レイラの身体が、風とともに跳ぶ。


 


 一直線に、高台へ。


 


 侵入と同時に、空気がわずかに揺れる。


 


 ――気配。


 


 複数。


 


 兵たちが、反応するよりも早く。


 


 レイラの足が、最も近い兵の懐へ滑り込む。


 


 ――蹴り上げる。


 


 鈍い衝撃音。


 


 一人目の身体が宙を舞い、

 そのまま高台の下へと叩き落とされる。


 


 だが、


 


 その動作の“余波”で、


 周囲の兵たちが一斉に動き出す。


 


「っ――!」


 


 槍が振り下ろされる。


 


 ――が。


 


 レイラはすでにそこにはいない。


 


 踏み込み、半歩。


 死角へ滑り込む。


 


 ――肘打ち。


 


 骨の軋む音。


 


 二人目が、体勢を崩す。


 


 さらに、


 


 その背後に回り込み、


 


 ――膝蹴り。


 


 三人目が、くぐもった声を上げて崩れ落ちる。


 


 


 止まらない。


 


 視界に映る敵を、順番ではなく


 “同時に処理していく”ように


 


 距離を潰し、


 間合いを殺し、


 


 呼吸の隙すら与えない。


 


 ――そして。




 一歩踏み込み、


 首切り台へ手を伸ばす。




 拘束具に、指がかかる。


 


 外す――


 


 その瞬間。


 


 違和感。


 


 軽い。


 


 あまりにも、軽すぎる。


 


 人の重さではない。


 


 「……これは……」


 


 一瞬で、理解が走る。


 


 ――人形。


 


 火薬の匂いが強すぎた理由。


 警備が甘すぎた理由。


 


 すべてが、繋がる。


 


 (……最初から……)


 


 静かに、結論へ至る。


 


 (……狙いは、私か……)


 


 ――次の瞬間。


 


 火矢が、足元へ突き刺さる。


――狙っていた。


最初から、この位置に。


 


 ドォォォォォォォンッ――――!!!!


 



 爆風が、地を抉る。


 


 足元から、衝撃が突き上げる。


 視界が、白く弾ける。


 


 身体が、浮く。


 


 叩きつけられる寸前、


 わずかに風を纏う――


 だが、


 

 ――間に合わない。


そう、判断した瞬間にはもう。


 


 鈍い音とともに、

 後頭部に衝撃が走る。


 


意識が――途切れる。


 


 ――闇。


 


 カーカス

「……やはり、来たか」


 


 煙の向こうで、影が揺れる。


 


「――氷霧の剣士」


 


 一歩、近づく。


 


「匂いに反応し、

 違和を覚えても――踏み込む」


 


 わずかに、口元が歪む。


 


 「……読み通りだ」


 


 視線が、足元の“人形”へと落ちる。


 


 「猿は、ここにいる」


 


 淡々と。


 


 「――だが」


 


 声が、低く沈む。


 


 「お前が本命だ」



 一拍。



 「麻痺薬を」


 

 短く、兵に命じる。


 

 「足だ」


 


 静かに。


 


 「……逃がすな」


 


 にたり、と。


 


 笑う気配だけが、濃く残る。


 

――――――――――――


 その約九時間前


 砦・謁見の間


――――――――――――


 


 ………………………………


 


 ソンゴル

「…来たか、エール将軍」


 


 エール

「………………」


 


 鎖に繋がれたまま、エール将軍は立っていた。


 ――ソンゴルと対面する際は、鎖で拘束する。


 暴れるからではない。

 何を考えているのか、掴めない。


 ――それが、何より厄介だった。


 ――危害を加えれば即処刑。


 この場においては、立場は完全に逆転している。

 


 ソンゴル

「“無事でなによりだな”」



 わずかに、嘲るような間。



「で?」


 

 一歩、踏み出す。



「――あのバケモノ一行と藤の目の女を逃し」



 足音が、ゆっくりと近づく。


 

「挙句の果てに」



 ――止まる。



「氷霧の剣士まで取り逃がした」


 

 一拍。


 

 ――静寂。

 


 エール将軍は、何も言わず、


 膝をつき、拳を床につける。


 


 そして――


 


 深く、頭を下げた。


 


 次の瞬間。


 


 ガッ――


 


 鈍い音とともに、


 エール将軍の頭が床に押し付けられる。


 


 ソンゴル

「謝罪など腹の足しにもならん」


 


 足元に力を込める。


 


「……お前は使えると思っていたがな」


 


 ゆっくりと圧をかけながら、


 


「このまま死ぬか?」



 エール

「………………」



 ソンゴル

「それと――」


 


 視線が、鋭くなる。


 


「何か、隠していることがあるな?」




 エールの指先が、わずかに動く。



 

 ソンゴル

「氷霧の剣士と……繋がりがあるな……?」


 

 ――沈黙。



 ソンゴル

「あいつはな」 



 声が、低く沈む。



「ことごとく俺の計画を潰してきた」



 ――静かな怒りと、拭いきれない憎しみが混じる声だった。

 


 一歩、踏み込む。


 


「……貴様、密偵として情報を流していた、というわけではあるまいな?」


 


 ――答えはない。


 


 次の瞬間。


 


 鈍い衝撃音が、連続して響く。


 


 蹴り。


 蹴り。


 さらに蹴り。


 


 エール

「……っ…………」


 


 呼吸が乱れる。


 それでも――


 声は出さない。


 


 ソンゴル

「相変わらず口の堅い男だ」


 


 足を引く。


 


 ふっと、口元が緩む。


 


「……まぁいい」



 一拍。



 そして――


 

「こいつを牢へ」



 冷ややかに命じる。


 

「いい策を思いついた」



 その瞳に、


 計算された光が宿る。


――――――――――――――――

     地下牢

――――――――――――――――


 エール

「………………」


 ――どれほど経ったのか。

 半日か……それとも、まだ数刻か。


 好機を待つか。

 それとも、力ずくで抜け出すか。


 …………


 ドゴゴォォォン……!


 遠くで、爆発音、そして地鳴り。


 ――嫌な予感。


 階段を下りてくる、複数の足音。


――――


 リア

「あっ……!」


 シュシャ

「ぐっ……!」


 シアン

「……っ!」


 ドサッ


 隣の牢へ、

 真珠色の髪と藤色の瞳をした少女と男二人が乱暴に放り込まれる。


 看守

「中で大人しくしていろ。

 じきに“殿下”がお出ましだ」


 シュシャ

「人質だろう!

 もう少し丁重に扱わんか!!」


 リアは身を起こしかけ――

 その瞬間、背筋を刺す“殺気”に気づく。


 リア

「……!

 エール将軍……?」


 シュシャ&シアン

「!」


 エール

「…………」

 ――なぜ戻ってきた。

 せっかく助けてもらった命を、粗末にしやがって。


 言葉はない。

 それでも、その場の温度が一段落ちるのが分かる。


 猿の仮面の奥から漏れる殺気は、視線でも、声でもない。

 ただ“そこにいる”だけで、触れてはいけないと理解させる圧。


 全員 

「………………」

(――こわっ)



 ――その瞬間


 「もきゅ」


 小さな影がエールのもとへ跳ね、

 その膝の上にすとんと収まる。


 ……静かに身を預けるその様子に、

 わずかな“揺らぎ”が生まれる。


 確かに、殺意は向けられている。

 だが――以前のような圧倒的な恐怖はない。


 この小さな存在が、怯えていないからか。


 ……それだけだろうか。



 リア

「……あなた……

 もしかして、レインと関係が?」


 エール

「………………?」


 ――レイン。


 エール

(……偽名、か……?)



 シュシャ

「そなた!

 リア様が声を――」


 リア

「いいの」


「ごめんなさい。

 口数が少ない人だし……人違いかしら」


 柔らかく、だが鋭く。


 リア

「レインが言っていた“あの人”では、ないのかな?」


 エール

「……?」


 わずかに、身を乗り出す。


 リア

「……気になるの?

  レインのこと」


 エール

「…………」


 俯く。


 リア

「レインの幸せを、

  一番に考えてる人――」


「それって……あなたじゃない?」


 ドクン、と胸が鳴る。


 エール

「………………」


 ――話したい。

 あの方のことを。

 俺の、唯一の光を。



 シアン

「…リア…来る」


 リア

「えっ…?」


 エール

「……!」



 ソンゴル

「……ふ」


 威圧を伴う気配が、空間を支配する。


 ソンゴル

「お前が藤色の目の女か」


 その視線が、リアを射抜く。


 ソンゴル

「一度は逃げ切ったものを、

 わざわざ戻るとは――愚かだな」


 シュシャ

「…………っ」


 一歩踏み出しかけるも、

 その場で踏み止まる。


 リア

「シュシャ、何も言わないで」


 ソンゴル

「……エール将軍よ」


 ソンゴル

「お前のおかげで、大漁だ」


 ソンゴル

「そこでだ。

 お前が“潔白”を示せば――

 また将軍に戻してやってもいい」


 エール

「……?」


 理解できない。

 その言葉の意味を測ろうと、視線が僅かに揺れる。


 ソンゴル

「先ほど釣れた“餌”を、持ってこい」


 その一声で、

 背後の従者たちが動く。


 ガラガラガラ……


 重い音と共に、拷問台が運び込まれる。


 ――――


 爆発で焼け焦げた衣。

 意識を失い、拘束された身体。


 レイン。


 リア

「レイ――!!」


 言葉が途切れる。


 その瞬間――


  ガァァァァァン……!!


 鎖が、牢獄全体を震わせる。


 その瞬間――空気が歪む。


 猿の仮面の奥から、

 殺意が剥き出しになるように漏れ出した。


 喉の奥から絞り出すような、低い呼吸。

 指先が軋み、鎖を握る腕に力が籠もる。


 “何かを壊す”衝動だけが、はっきりと伝わる。


 ――見えないはずの表情が、

 まるで目の前にあるかのように分かる。


 ソンゴル

「……その反応。

 ずいぶん分かりやすいな」


 静かな声に、冷たい愉悦が混じる。


 ソンゴル

「……選べ」


「お前の首か。

 それとも――こいつの首か」


 エールは鎖を引きちぎらんばかりにもがく。


 ガチャリ、と鎖が悲鳴を上げる。

 その必死の抵抗に――


 ソンゴルの表情が、わずかに歪んだ。


 ソンゴル

「射かけよ」


 標的はエール。


 ソンゴルの合図と同時に、カーカスから矢が放たれる。


 ヒュンッ――


 空気を裂く鋭い音。


 次の瞬間、鈍い衝撃音が響いた。


 エール

「っ!」


 リア

「なんて酷い……!」


 ソンゴル

「五月蝿い」


 冷ややかな視線がリアを捉える。


 ソンゴル

「……お前も欲しいか」


 カーカスは弓をリアへと向ける。


 ソンゴルが、静かに手を掲げる。


 放つ合図を出そうとした、その瞬間―


 ――――


 レイン

「……何事だ。

 うるさくて、かなわんな」


 ソンゴルの手が止まる。


 レイン

「久々に……

 気持ちよく眠っていたというのに」


 


 エール

「――!」


 


 ソンゴル

「……起きたか。

 氷霧の剣士」


 


 ――ふわり、と空気が変わる。


 


 かすかな甘さが、静かに広がっていく。

 意識の奥を、ゆっくりと侵すような気配。


 


 踏み込めば、足を取られると分かっていながら――

 どうしても意識を向けてしまう、危うい引力。


 


 ――その刹那。


 


 (……おかしい)


 


 足が、応えない。


 


 命じても――反応が、繋がらない。


 


 (……毒か)


 


 あるいは――


 


 (……薬か)


 


 ソンゴル

「……罠にかかるとは、

 随分と焦っていたようだな?」


 レイン

「罠にかかった?

 違うな」


 レイン

「罠に――

 かかりに来た」


 ソンゴル

「わかっていて飛び込んだと?

 ――ここは、ずいぶんと間抜け揃いのようだな」


 エールが、低く唸る。


 ガァァァァァン!!


 鎖が悲鳴を上げ、空間に衝撃が走る。


 ソンゴル

「……懲りぬ男よ。射かけよ」


 命令と同時に、

 カーカスの弓から矢が放たれる。


 ――ヒュンッ。


 レイン

「――!」


 リア

「エール将軍!!」


  ――ドスッ。


 先ほどと同じ軌道。


 ――“二度目”。



 鎖に縛られた身体が揺れ、

 鈍い衝撃が全身を駆け抜ける。


 エール

「……っ……!」



  ――バタバタと足音。


 上階からさらに二人のカーカスが駆け込む。


 カーカスA

「陛下!

 残りの二体も捕らえて参りました」


 カーカスB

「持ち場、交代します」


 その声に、一人が去り、

 新たに来た者たちが配置につく。


 レインは何も言わない。


 ただ静かに、

 新たに現れた二人の気配に意識を向ける。


 微かに――ほんの一瞬だけ。


 空気の“匂い”を確かめるように。



 ――捕らえられたのは、二体。


 その事実を、ただ静かに受け取る。


 そして、その沈黙の裏で――


 ソンゴルの口元が、ゆっくりと吊り上がった。


 ソンゴル

「……ははっ……今日は最高の日だ!!

 早く連れてこい!!」


 歓喜が、そのまま言葉になる。


 抑えきれない高揚が、声に滲む。


 ソンゴル

「――あと酒もな……!

 拷問している最中、こやつらの顔を見ながら

 うまい酒でも飲んでやる」



 リア

「……下衆が……」


 その声には、迷いがない。


 嫌悪も、怒りも、隠さない。


 その瞳に宿るものは――

 王ですら隠しきれぬ、覇の気配。


 真正面から、臆することなく見返してくるその瞳。


 ――気に入らない。


 ソンゴル

「……随分と生意気な女よ」


 ソンゴルの視線がリアに突き刺さる。

 


 ソンゴル

「カーカス……」


 弓が、リアへと向けられる。


 レイン

「…話はまだ終わっていないぞ……

 まさかソンゴル……」

「お前がここにいるとは思わなかったがな。

 捕まるのが手っ取り早いから捕まったまでだ」


 ソンゴル

「…ふ……

 俺に会いに来たとでも言うのか?」


 レイン

「……そうだな」


 間を置く。


 レイン

「……会いたくて……な」


 ドクン。


 エールの胸が跳ねる。


 エール

「………………」


 空気には、わずかな甘さが満ちていた。


 拒むことも、逃れることもできない。


 ただ、そこへ向かうしかないと錯覚するほどに。


 ソンゴルの視線が、自然とレインへと吸い寄せられる。


 ――そして。


 その姿を、まっすぐに捉えた瞬間。


 思考が、一瞬だけ止まった。


 ――銀糸の髪。

 ――遊色の瞳。

 ――長身。


 ソンゴルはハッとし、

 レインの着物の胸元を乱暴に掴み、引き寄せる。


 掴んだ瞬間、

 明らかに違うと分かる体の感触。


 ソンゴル

「…………お前……

 女……か?」


 ――ガァァァァァン!!


 エールの鎖が、怒りに震えて軋む。


その反応に、ソンゴルの目が鋭く細められる。


エール将軍は双国において、

銀糸の髪、遊色の瞳を持つ“大女の専属護衛”として記録されている。


姫は宮内で自害した――そう報告されていた。


宮内は炎に包まれ、

その姿を直接確認することは叶わなかった。


だが、現場には長身の女の遺体と、

簪、そして腹を切ったであろう小刃が残されていたという。


さらに――

関門はすべて封鎖され、誰一人として外へは出ていない。


その上で、関門には姫の姿は現れなかった。


幾重にも確認された結果――

“姫は死んだ”と断定されている。


――だが。


その報告と、目の前の女が――重なる。


 違うはずの断片が、ひとつに繋がっていく。


 ――間違いない。


 目の前のこの女は。


 ……間違いなく、“それ”だ


 レインは静かに目を閉じ、

 一度だけ呼吸を整える。


 そして――


 微笑んだ。


 レイン

「……ふ」


「…ソンゴルよ」


「…縁談の続きでも……

 するか?」


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