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096 穴子もどきの蒲焼き

 フェンサリル島に向けての航海は順調に進む。

 港町アトゥーンとフェンサリル島との間の海域は、南向きに寒流が流れているので、少し北に弧を描く航路を採って、所要日数は3日とのことである。

 ガルズ大陸の東側のエーリ海には、恐ろしいほど巨大な蛇の魔物やら、渦潮を発生し続ける巨大なイカ・タコの魔物やらがいるとのことで、航路の設定どころか沿岸での操業も困難らしく、海運・水産ともに未発達な状況である。

 ガルズ大陸の西側の大西洋は沿岸を南下する寒流・暖流があり、それに乗った航路が開かれている。また、フェンサリル島の南に3、4日の場所が寒流と暖流が交わる場所になっており、良質な漁場となっている。但し、脅威となる海の魔物も存在し、体長20mもある肉食のクジラの魔物“バシロホエール”、それを襲う体長12mの巨大鮫“メガロシャーク”、巨大な亀の魔物“アスピドケロン”がこの付近の海の危険生物のトップ3となっている。


 彼方に若干だが、島影が見えてきた。


 幸いにも、危険生物のトップ3には遭わなかったが、途中、“ファントムメデューサ”と言う魔物に襲われた。と言っても、森の都タナイスで退治したゴルゴンが幽霊(ファントム)となって襲ってきたという事ではない。突然、太さ10cmほどの触手に海中から襲われたのだ。刃物のようになった触手の先端部は乗組員に創傷を与え、自由自在にうねる伸縮性を持った触腕部(触手)の刺胞からは触れたものに自動的に毒針が発射された。触手は、いくら切り飛ばしても、別の触手が絶えることなく襲ってきた。しかし、その本体は姿を見せることがない。

 シュウジたちの乗る船は、魔物の本体である傘の直径は3mほどだが、触手の長さが数十メートルにもなる“クラゲの魔物(ファントムメデューサ)”の生息域(テリトリー)に入ってしまったのである。ファントムメデューサを討伐することは難しい。本体をさらして襲い掛かることがそもそも無いからである。海中に落ちた獲物を口腕(こうわん)で自らの元に運んで捕食するというのが彼らの狩りの手法なのである。海面に浮遊している状態であれば、目視でなんとか確認し迎撃する場合もあるようだが、その時は海中に身を潜めての襲撃だったので、取った方法は逃げの一手である。ファントムメデューサは、傘を収縮させたり、漏斗管(ろうとかん)と呼ばれる器官から水を噴出したりすることで移動手段とするのだが、その移動速度は極めて遅い。故に振り切ってしまえば、追って来れないという訳である。

 触手が集中している場所とは、反対側に船首を向け魔物からの離脱には成功したのだが、後始末がかなり大変だった。切れ端の触手でも、触れると毒針が発射される。しつこい機能である。触れないように得物で突き刺して、海に落としていく。

 後は創傷の治療と毒針の解毒である。傷を負った竜人たちは、皆、(うれ)わし顔だった。ファントムメデューサは、竜人たちに恐れられていた。傷をつけられると治療及び解毒をしても、後で倒れる者がいたからである。それは“呪い”であると考えられていた。ファントムの名前の由来は波に漂う姿からだけではなく、そのあたりのこともあるようだ。

 シュウジたちも、創傷や毒針を受けたので治療にかかる。しかし、甲板に残った毒針を見て、ある事に気付く。毒針に“かえし”が付いていた。針先の向いている方向と逆の方向にとがった部分が付いていた。毒針が容易に抜けないようにである。しかし、長さ3cmほどの毒針はもろく、引っ張ると“かえし”の部分を残して抜けてしまう。シュウジたちは毒針の刺さった箇所を一度、切開し毒針を完全に除去した後に治療を施すことにした。この毒針の組織が治療したと思った後も、体内に残ることによって起こる不具合が、“呪い”の原因だと推察したのである。

 そのことを、タジマ氏にも伝える。そして、そのためか、今回の襲撃によって、呪いを受ける者はいなかった。竜人及びアトゥーンの漁師にもファントムメデューサの呪いを受けるものは年間にして相当数いた。“天火明命(アメノホアカリ)”さまから伝えられたとするその治療手段により、呪いの被害は皆無になったのである。


      ◆◆◆


 フェンサリル島が目前に迫り宰府に続く湾口に近づくと、先ず目に入るのは標高2000m級の雄大な懸垂曲線を裾野まで拡げた霊峰“天香具山(あまのかぐやま)”。標高がそれ程でもないため、シュウジたちの故郷の霊峰のように冠雪はないが、その佇まいは凛として美しい。湾口を見て、左側の火蜥蜴の額と呼ばれる香具半島と右側の槍先半島の間を抜けて湾内に入っていく。槍先半島のさらに先には鷲のくちばしと呼ばれる宰前半島が有り、宰前半島の右奥に軍港があり、乗っている船の所属はそちらになるのだが、より宰府に近い左奥の港に向かって進路をとる。

 漁を行う小早船を横目に港に近づくと、帆柱を直立させた船が船着き場に着岸している。俺たちは賑わう河岸(かし)を見ながら、一廻り大きな船着き場で降りるとお館さまやタジマ氏と一緒に小早船に乗り換えて、運河を上る。まさるが抵抗したが、馬車(ハルカたち)は陸路で竜人さんたちに運んでもらった。

 運河にかかる橋は木造、街並みを造る店舗や住居は白壁に格子窓そして煤色の屋根、川面にかかる木立は柳に似ている。情緒感じるその街並みは昔を今に伝える倉敷の街並みといった感じだろうか。そして、驚くことに街行く竜人の服装は着流しに草履だった。確かに彼らの足指を想えば、鼻緒のついた草履は最適(ベストマッチ)かも知れない。俺らが寝間着にしている衣服がここで作られているのは情報としては知っていたが、それと実際に目にするまでは想像が一致しなかったのである。他には作務衣を着ている者がおり、刀剣は落とし差し(帯に刀を差す形。鞘尻が下に柄が胸元に近づく差し方)にしている。帯には根付らしき物も見える。

 但し、その柄については、日本人の俺らからすると疑問が残る。剣や槍の図柄だったり、夜の街道を爆走する人たちが来ていそうな炎が舞う構図だったり、観光の外国人にそれはどこで買ったのさと尋ねたくなるようなのと似た感じのものだったり、と違う違うそうじゃないと謳いたくなる。

 まさるが「うっひゃぁ~、ここは江戸ッスか」と素っ頓狂な声を上げている。ちょっと違うと思うが、感覚的にそう感じる者もいるかも知れない。……いるかな。

大学の同期で自主製作映画を撮り続けているヤツがいて、ロケハンは撮影交渉が…と良く言っているが、この場所は喜ぶかも知れない。いや、その前にこの世界全体が彼らには垂涎の的そのものだったかな。

 ちなみに竜人は頭部に2本の角が生え、2列の刺状鱗(クレスト)が首裏から背面にたてがみのように並んでいるが、髪の毛は無いので“マゲ”は結っていない。ああ、編み笠を被っている者なんかもいるな。

 竜人の女性の角は、男性が濃い黒色で形状も鋭いのに対し、色は肌色に近く先端も丸みを帯びている。

 時折、喧噪の中に混じるチリンチリンという風鈴の音だろうか、軽やかな音が混じるのか、また、心地いい。

 それと川面からの観光を気持ち良くさせてくれる理由は運河そのものにもある。生活廃棄物が浮かんでいたり、し尿などの下水の臭いがしたりしないのだ。聞いてみると、し尿は汲み取り方式で、家庭雑排水と雨水のみが下水路(暗渠)に流れる。区画毎に枡が取り付けられ、ごみが除かれた上で最終的に海に排出されている。この辺りの水は海水なのか、それとも淡水と混じりあっているのかは不明だが、潮の香りが最も強い。そこに時折、河岸の屋台の煮炊きの匂いなのか、醤油の香りが混じる。

 シュウジたちが盛り上がるさまを眺めながら、お館さまは平然とした素振りを保ちつつも、鼻の穴の開閉と、船べりを叩く指先の音頭(リズム)は軽快である。

 視覚だけではなく、いろいろな感覚を刺激されながらの運河の旅は、距離も時間もほとんど感じさせることなく、目的地に到着する。


 運河から上がり、堀(取水用の溝は確保されており魚類の出入りはあるが、船の乗り入れはできない)に架けられた橋に向かう。途中、お館さまに気付いた街の人々は会釈をし、お館さまは笑顔と軽く手を挙げてそれに応える。お館さまが通り過ぎるまで、道端で土下座とかにはならないようだ。

「お館さま、府内(宰府前の湾の呼び名)で“モアサーペント”を仕留めましたんで、(くりや)(料理をこしらえる所)にお届けしておきました。今の宰府の流行の味を召し上がってくだせえ!」

「おお、マタゴ、すまんな。夕餉を楽しみにさせてもらおう」

 捩り鉢巻きの威勢のいい若衆にお館さまが快げに応える。その様子から、市井と施政者の距離は思ったよりも近いように思える。

 堀に架かる橋を渡りながら、明け放たれた大手門を望みつつ、シュウジがタジマ氏に尋ねる。

「モアサーペントは、海に住まう“蛇の魔物(パイソン)”と言ったところでしょうか。沖で出合う成体は、大きいもので体長18mほど有り、遭遇するとなかなかやっかいなのですが、湾内や沿岸に住まう子供のモアサーペントは体長3mほどで最近、宰府ではそれを輪切りにして、溜まり醤油に潜らせた後、ハジカミの粉を振って食すのが流行っているようなのですよ」

 シュウジたち皆の顔には、「体長3mの子供って…」と浮かんでいたが、声に出したのは「海ヘビかぁ~、どんな味なんだろうね」だった。


 大手門を入ると、お(ヤマト)さまがお館さまと呼ばれる理由が目の前に拡がる。眼前の建物は、シュウジが修学旅行で行った京都市街の二条城のような感じの建物が連なっていた。そこで、シュウジたちはお館さまとは別れて、タジマ氏に連れられて客殿に向かう。彼らが宰府に滞在中にお世話になる館である。“宰府”という名称のこの館(市井には、ただ“御館”と呼ばれる)は、東西500m、南北400mの敷地を内堀と外堀の二重の堀で区画され、内堀の中の庭園に囲まれた御殿が、ヤマトさまが寝起きする場所となる。施政は外殻の建物群で行われている。


 客殿に着くと、玄関には土間に続いて上がり(がまち)があり、足を(そそ)ぐためのタライが用意されていた。そう、この館は土足厳禁、いや、フェンサリルでは家屋には靴を脱いで上がるのである。と言っても、竜人族は外でも基本的に素足なので靴を脱ぐのは主に客人となるが…。タジマ氏が気持ち良さ気に作務衣姿の女中さんに足を洗ってもらっている。

 内庭に面した回廊を通り部屋に案内されると床には草茎を編み込んだ茣蓙(ござ)のようなものが敷かれていた。竜人族は足の短・・・いや身体の造りから、椅子の生活よりも床でゴロゴロの生活に馴染んでいるようだ。シュウジたちは旅装をとき、市井に倣って、普段は寝間着使いをしているので違和感が有々(ありあり)だったが、着流しと作務衣に着替え、刀を落とし差しにする。裕樹は、それとは別に刀袋に収まられた“布都(ふつ)雷神”を背負う。

 そして、タジマ氏と一緒に厨に向かう。夕食には、まだ時間があったし、モアサーペントにも興味はあったが、その他の食材や調味料が気になって仕方がなかったのである。


 厨に着くと、ちょうど2匹のモアサーペントが搬入されてきたところだった。

 体長200cmと230cmで背中が茶褐色で腹部は銀色、体表には鱗がない。頭部は細長い2等辺三角形で口が目の後ろまで大きく裂けている。蛇のような牙は無い代わりにびっしりと鋭い歯が並んでいる。

「アナゴかな」「ハモじゃない」

 アナゴにしてもハモにしても、元の世界のそれとはサイズが違うが、少なくとも、カラフルな海ヘビの印象(イメージ)じゃないことは確かだ。タジマ氏によると成長すると頭部がかなり大きくなるようだ。

「これをぶつ切りにして焼くんだよね」

「開いて、かば焼きのほうが印象(イメージ)だよね」

「アナゴでもかば焼きにするのはマアナゴで、その倍くらいになるクロアナゴは練り物にされることが多いんだよ」

 なんて、ごちゃごちゃと話していたら、モアサーペントの搬入を聞いた厨頭(くりやかしら)がやってきた。

「何、うまいから食うんじゃないんでさ。襲ってくる魔物を逆に食ってやるという、市井のシャレみたいなもんなんでさ」

「小骨とかって…」

「小骨はそれほどでもないと聞いておりやすが…。兄さんたち、これに詳しいんで」

「いや、これよりもだいぶ小さいんだけど、似たようなのを故郷で食べてたから、ちょっと気になった程度かな」

「へぇ~、その故郷の料理というやつが気になりますね。どうです、2匹ありやすんで、1匹さばいて見ますか」

 さすがに誰もアナゴもウナギもさばいたことはない。目の前でさばいているのを見たことある程度…。

 でも、さ・し・す・せ・そ、の調味料が揃っていることだし、やってみた。

 ただ、厨に木炭がなかった。館内の鍛冶場で調達する。

 まず、塩でヌメリをとって。デカすぎるので、背開き、腹開きに悩むことなく、半身にして、さらに鮭の切り身のような状態にして、肉厚なので蒸し焼きにしていく。

 醤油・砂糖・酒のタレに、照りが欲しいよね~の一言でハチミツが加えられたものに蒸された切り身が漬け置きされる。

 生活摩法のモールディング(造形)で作られた長方形の七輪を使って焼く。串打ちなんてできないから、そのままのせる。焼けてきたら、匙でタレをかけたり、ひっくり返したりしながらいい感じになるのを待つ。匂いと照りは、なんとなくいい感じに仕上がっているが…。

 もちろん、薄く敷いたご飯の上に甘辛のタレとともにのせて食卓へ。

 厨頭も味見をして、流行りのぶつ切り調理の方を焼き物として、俺らの蒲焼き?は食事として出された。椀物として、肝吸いが好ましかったが、良くわからなかったので厨頭がエビの吸い物をつけてくれた。

 お館さまには、好評だった…炭火の“燻し”が。う~ん、味がウナギでもアナゴでもなかった。やっぱ、ヘビなのか…でも、それは食べたことないし。

 これによって、市井にも炭火焼が広まり、炭焼き小屋も増設され、七輪が出回ることになる。


 …と、お茶を濁してきた訳ではないが、タナイスから先、ずっと船の上で、目をそらしていたことと翌朝、向き合うことになる。

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