外伝② あの頃の二人③
目を開けると、辺りはすでに真っ暗になっていた。
薄ぼんやりとした視界に焚き火の灯りが飛び込んでくる。
気怠い身体を起こしたウルが寝ぼけながら辺りを見渡す。
「やぁ、起きたのかい。ウル」
すると、すぐ隣から声が聞こえた。
隣を見ると、ケインが木に背を預けて座っていた。
「ケイン......。わたし、どのくらいの間寝てた?」
「うーん、日が暮れる前からだから四半日ぐらいかな」
四半日...。
日が暮れる前からずいぶん長く眠ってしまった。
ウルはどうしてだか今回のように度々、長く眠ってしまうことがある。
その度に旅の進行を妨げてしまうので、自分のことは気にせず先に進んでほしいとアシュにお願いしたことがあった。
しかし、物凄い形相で睨まれた挙句、そんなことは絶対にしないと吐き捨てられてしまった。
もしウルが自力で歩けなくなるとしたら、アシュがそんなウルをおぶる羽目になる。
無駄に労力をかけたくないんだなとウルは察した。
何も出来ない上に、足手まとい。
やはりこんな自分が魔王討伐隊に選ばれたのは何かの間違いなのだろう。
「ごめんね...、ケイン」
申し訳なさを感じたウルは、自分の身体に掛けられていた毛布をぎゅっと握り締めた。
ケインはきょとんとする。
「なんのことだい?」
「わたしのせいで、面倒ごとに巻き込まれた上に野宿になっちゃって...」
「なんだ、そんなことかい」
しゅんと肩を落とすウルとは裏腹に、ケインは何でもないことのように笑っていた。
「聖壁で守られている帝都周辺ならまだしも、魔族なんてそこら中ウヨウヨいるだろ。それに、今日ウルがあの魔族の罠にかからなかったら他の誰かが餌として食べられていたかもしれない」
「そう、かもしれないけど...」
「それに......」
ケインが上を向く。
それに釣られてウルも上を向くと、夜空には無数の小さな光が瞬いていた。
「こんな綺麗な星空が見れるんだ。野宿だって悪くはないさ」
夜空を見上げたまま、ケインが柔らかく目を細めた。
焚き火の灯りに照らされるケインの横顔をウルは眺める。
不思議なことにさっきまで胸の中につっかえていた何かがふわっと解かれていく。
なんだか息がしやすくなった気がした。
「だから...」
ケインの口角がにやりと上がる。
すると、突然ケインが両手でウルの頭をがしっと鷲掴みする。
唐突過ぎて何が起こったのか理解する前に、頭をわしゃーっと撫で回された。
「ちょっ、ちょっとケイン!!」
容赦ないケインの手つきに咄嗟に声を張り上げる。
抵抗しようと手を伸ばすも、前が見えず、上手くケインの手を掴むことが出来なかった。
ひとしきり撫でられた末、ようやく解放された頃には、ウルの髪は寝起き以上にボサボサになっていた。
恨みがましくケインを見ると、まったく悪気が見られない屈託のない笑顔をしていた。
「そんなしょうもないこと考えてないでさ、もっとこの旅を楽しもうよ」
ケインの言いたいことはなんとなくわかる。
きっとケインなりにウルを励ましてくれているのだろう。
しかしそれで何故、頭を撫で回す必要があったのか意味がわからなかったウルは思わず吹き出してしまった。
「えー、なんで笑うのさ」
「だって...意味わかんないんだもん..!!」
笑いが止まらないウルにケインは唇を尖らせるも、すぐに元の笑顔に戻っていった。
こうやってケインと穏やかな時間を過ごしながら夜が更けていくと思った矢先。
「交代の時間だ」
淡々とした低い声が背後から聞こえたので、振り向くと、そこにはアシュが立っていた。
感情の読めない真紅の瞳がじっと二人を見下ろしている。
「もうそんな時間?ちょっと早くない?」
「そんなことはない。とっとと休め」
「はいはーい。わかったよー」
ケインはよいしょっと立ち上がる。
「それじゃあ、二人ともおやすみー」
背中を向けてひらひらと手を振るケインの姿に、気付けばウルも自然と手を振っていた。
ウルの左隣にアシュが座る。
焚き火に照らされる端正な横顔は相変わらず何を考えているのかよくわからない。
若干不機嫌そうにも見えたが、ウルは気にすることなく問いかけた。
「傷はもう大丈夫?」
セシリアが治癒の力を施している間に眠ってしまったため、傷が癒えたところをウルはまだ確認していない。
その問いかけにアシュはちらりとウルを一瞥し、またすぐに焚き火の方に視線を戻す。
「問題ない。すでに完治している」
「そっか...、よかった」
ウルはほっとしたように口元を小さく緩めた。
その後は暫く、アシュと二人、横並びで焚き火の灯りを静かに眺めていた。
先に沈黙を破ったのはウルの方だった。
「ねぇー、アシュ」
「......なんだ」
「わたし、なんで魔王の討伐隊に選ばれたんだろうねー」
独り言のような呟きだった。
討伐の旅に出てからの数カ月間、ずっと誰にも言えなかった言葉をつい口にしてしまった。
別に慰めてほしいわけではなかった。
他のメンバーに言うと、たぶんウルに気を遣ってそんなことないと言ってくれるのはわかっている。
すごく有難いけど、ウルにはそれが若干息苦しくもあったのかもしれない。
だからウルの存在で一番迷惑を被っているであろうアシュにこんなことを呟いてしまったのだろう。
本当に、いい迷惑である。
「......確かにお前はちょこまかと勝手に動いて、目を離した隙にいなくなる」
アシュが重々しく口を開く。
そして返ってきた言葉は想像した通り慰めの言葉ではないことにウルは密かに胸を撫で下ろした。
「人の言うことは聞かない上に、覚える気がないのかすぐ忘れる」
「.......」
「あからさまに罠だとわかるものに自分から突っ込んでいくし、無防備なことこの上ない」
止めどなく出てくるウルへの不満を口にするアシュの眉間の皺が段々と深くなっていく。
なんだか雲行きが怪しくなってきた。
このままだと朝までお説教時間に入りかねない。
自分から話を振っておいて身勝手だが、そうなったら嫌だなとウルは思った。
「ーーーだが、それと討伐隊に不要かどうかとは別の話だ」
一瞬だけちらりと真紅の瞳がウルに向けられる。
「俺を除いて、今回の討伐隊のメンバーはあの引きこもり...、選定の賢者に選ばれたやつらだ。さすがにあいつも何の役にも立たない人間を選ぶほど馬鹿ではない」
選定の賢者。
度々話には聞いていたが、アシュの口ぶりからして本当に実在する人物だったのかとちょっと驚く。
「......旅を続けてたらいずれお前でもわかる。何故、お前が選ばれたのか」
「えっ?」
「こんなこと気にする暇があったらとっとと寝ろ」
「わっ!!」
毛布を無理やり頭から被せられる。
最後のほうは声が小さくてよく聞こえなかった。
「朝になったらまた長距離を歩くことになる。体力切れになったら迷惑だから早く寝ろ」
随分と乱暴に話を打ち切られた気がする。
まだまだ聞きたいことがたくさんある。
しかし、これ以上はきっと何を聞いても「寝ろ」としか返ってこなさそうだ。
大人しく眠ることにしたウルは地面に横になる。
さっきまで寝ていたはずなのに、横になった途端にまた眠くなってきたのか欠伸が出てきた。
毛布を胸元まで引き寄せたウルはちらっとアシュを横目で見る。
仏頂面な横顔のまま焚き火を眺めている。
やっぱりアシュに話してよかった。
結局根本的なことは何一つ解決してないけど、ウルの小さな悩みでアシュの態度が変わらないことがなんだか心地よかった。
頭の中がふわふわと霞み始める。
「ねぇー、アシュ...」
重たくなっていく瞼を閉じかけながら、ウルの口が無意識に動く。
「わたし...、アシュが一緒にいてくれて、本当に、よかったと思ってるよ...」
閉じていく視界でアシュがどんな表情をしているかわからない。
だけど、ずっと横を向いていた顔がウルの方を向いた気がした。
アシュが見ているか分からないが、ウルは口元を緩める。
「いつも、守ってくれて、ありがとー...」
瞼が完全に瞳を覆い、そしてウルは再度眠りについた。
・
・
「まさか、ウルとアシュが結婚するなんて......」
ミレーユは信じられないものでも見るかのように正面を見つめ、持っていたワイングラスに口をつけた。
その言葉に釣られるようにセシリアはミレーユの視線の先に目を向ける。
純白のウェディングドレスに身を包んだウルがドレスの裾を引きずりながら、笑い声を上げ芝生の上を駆け回っている。
途中、ドレスの裾を踏んで何度も転びそうになるが、その度にウルを追いかけているアシュフォードに抱き止められていた。
相変わらずな二人に、セシリアは自然と目元が緩む。
「やっすいよ!!!新鮮だよ!!」
結婚式に似つかわしくない掛け声が聞こえてくる。
声のするほうを見ると、赤褐色の髪の青年が地面いっぱいの野菜を広げていた。
「なに、やってんのよ...あいつ」
ミレーユも彼の存在に気付いたのか言葉を失っている。
こんなところで商売をやろうとする非常識な人間がいる。
そして、信じられないことに結婚式で野菜を売っている青年が魔王討伐の功労者、元勇者ケインであった。
物珍しいのか、意外と人が集まっている。
「......わたし、てっきりウルはケインと一緒になるものだと思ってたわ。だって、あの二人いつもじゃれ合ってたじゃない」
そんな奇妙な光景に唖然とした表情を浮かべているミレーユがまたワイングラスを口元に傾ける。
すでに何杯目かわからないが、近くのテーブルにはミレーユが飲み干したであろうワイン瓶がいくつも転がっていた。
「男女の仲は目に見えるものばかりではありませんからね。まぁ常に酩酊状態の貴方には目に見えるものも全て幻覚の可能性はありますが」
「あんたも、相変わらずね...セシリア」
呆れ気味にため息を吐いたミレーユは、流れるような動作で再びワインを口に含む。
ミレーユも相変わらずである。
野菜を売っているケインのさらに奥では、花嫁姿のウルが幼い子供たちに花冠をのせてもらい、楽しそうに笑っていた。
さらにその奥には、そんなウルを見下ろしているアシュフォードがいる。
遠くて表情までははっきり見えないが、きっとあの時と同じような眼差しをウルに向けているのだろう。
あの、焚き火のときのようなーー。
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誰かの話し声で眠りから覚めてしまったセシリアは目を擦り、焚き火の灯りを頼りに視線を彷徨わせる。
焚き火のすぐ近くにアシュフォードが腰掛けているのが見えた。
その横では小さなウルが丸まって眠っており、更に小さくなっている。
まだ覚めきっていない頭でぼーっとしていると、アシュフォードの右腕が微かに動いた。
普段の機敏な動きとは違い、ひどくゆっくりな動作でアシュフォードの右手がウルに近付いていく。
あとほんの少しでウルの頬に指が触れそうになった、そのとき。
「んんー」
ウルが寝苦しそうに毛布の中でもぞもぞと動き出す。
アシュフォードの動きが止まった。
そして、我に返ったようにすぐに手を引っ込め、何事もなかったかのように焚き火へ目を戻す。
しかし、暫くしてもウルが起きてこないと気付くと、またすぐにアシュフォードの視線はウルへと向けられる。
魔王討伐の旅が始まる前から、セシリアはアシュフォードを知っていたが、こんなふうに誰かを見つめる姿には覚えがなかった。
他の誰にも見せたことのないような眼差しをウルに向けるアシュフォードの姿から、セシリアは何故か目を逸らせなかった。
そうして、静かに時間だけが過ぎていった。
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「しっかし、あの二人が結婚だなんて...やっぱり信じ難いわ...」
ワインを舐めながら納得いかなそうにぶつぶつとぼやくミレーユにセシリアは冷ややかな視線を浴びせる。
「あなたは、他人のことよりもっと自分のことに意識を向けたほうがよろしいんじゃないですか」
「..........どういう意味よ、それ」
ミレーユがジト目でセシリアを睨む。
しらばっくれているようなので、素知らぬ素振りで話を進めた。
「あちらにいる殿方、随分と女性に人気があるようじゃないですか」
特定の人物の名前を出したわけでもないのに、ミレーユがわずかに肩を揺らす。
そして、面白くなさそうにある方向に身体を向けた。
そこには何人もの女性に囲まれて、少し困ったように眉尻を下げるも、満更でもなさそうにはにかむダンの姿があった。
「子爵家の三男でパッと見、目立たないですけど、魔王討伐隊の元メンバーで将来の有望性は見込める。頼りなくはありますが、話してみると案外人当たりがよく、元勇者ほど常識離れもしていない」
「...別に、わたしには関係ないし」
不満げに唇を尖らせたミレーユはグラスに残っていたワインを一気に飲み干す。
「そうですね。わたしも彼が誰と添い遂げようと心底どうでもよいです。しかしあの様子だとそう遠くない未来、彼の結婚式に招かれるかもしれませんね。まぁあなたには関係のないことですけど」
「..............」
ミレーユは持っていたグラスをテーブルの上に力強く置いた。
「...ちょっと行ってくる」
そう言って、女性に取り囲まれているダンのほうにミレーユが足を向ける。
「あら、関係ないのでは?」
「昔のよしみでちょっと挨拶してくるだけよ!!」
噛みつくように言い訳してくるミレーユはそのまま威勢良くずんずんと歩き出す。
全く世話が焼ける。
ふぅと小さく息を吐いたセシリアは空を見上げる。
雲ひとつない澄み切った青空が広がり、太陽の光が眩しい。
「セシリアーーー!!!」
聞き馴染みのある声が聞こえてくる。
ドレス姿のウルが腕をめいっぱいに広げ、満面の笑みでセシリアに駆け寄ってくる。
「それ以上走るな、また転ぶ」
その後ろで気苦労がまだまだ絶えないアシュフォードが追いかけてきている。
どうか、この二人の未来に限りない幸があらんことを。
久しぶりに人のために祈りを捧げたセシリアはウルを受け止めるために手を広げた。




