第一話 不満だらけのデート
「こんなものかな、と...」
鏡の前で前髪を整えて、全身を確認する。
淡い水色の髪をした少女が、白色のブラウスの上に紺色のチュニックワンピースを着ている姿が映っている。
左耳に赤色のピアスが光っている。
ヒラヒラとしたワンピースの裾が可愛くて気に入っているのだが、今から会う人物に子供っぽいと思われないかと心配になる。
「ウルー、お迎えが来ましたよー」
「はーい」
しかし、着替える間もなく、約束の時間が訪れてしまったため、ウルは鏡の前でもう一度だけ前髪を触り、急いで部屋を出た。
木造の建物の廊下を駆け、正面玄関へと向かう。
扉の向こう側にいるであろう人を思い、浮き立つ気持ちでドアノブに手をかける。
「アシュ、おまたーーぶっ!!」
満面の笑みで迎えようと扉を開けると、目の前が一面真っ赤になった。
むせ返るような花の香りに、鼻がひん曲がりそうになり、後ろへと一歩下がる。
むず痒くなった鼻を手で押さえると、不機嫌そうにウルを見下ろす男性と目が合った。
斜めに流れた紺色の前髪の奥から、真紅の瞳がじろりとこちらを睨んでいる。
眉間にはうっすらと皺が寄り、形のよい唇は何か文句を言いたそうに引き結ばれていた。
右耳に青色のピアスが光っている。
「遅い」
感情の読めない低く威圧的な声に、まるで責められているような感覚に陥るも、ウルにはもう慣れっこだった。
今日もアシュフォードは不機嫌そうだ。
「えー、そんなことないよ。ちゃんと走ってきたもん!アシュったら本当にせっかちだね」
「うるさい。言い訳を口にするな。俺の時間は限られている」
「はいはい」
相変わらずなアシュの小言を軽く受け流すと、目の前に薔薇の花束を差し出される。
「くれるの?」
「...店主に押し売りされた。俺は不要だが、欲しかったら勝手に受け取れ」
なんだそれはとツッコみそうになるも、真紅の瞳が、余計なことを言うなとばかりに細められたのでウルは開きかけた口を閉ざす。
「ありがとう」
薔薇に罪はないので、ウルが笑顔で受け取ると、アシュの瞳が微かに揺れた。
両手いっぱいの薔薇を抱えながら、ウルは改めて目の前のアシュを見上げる。
視線が合うと、苦虫を噛み潰したような表情をぶつけられ、すぐに顔を背けられる。
果たして本当にそれが数週間ぶりに会った恋人への正しい表情なのだろうかと疑いたくなる。
いつもデートに誘ってくるのはアシュだというのに、当の本人がウルとのデートを楽しみにしているとは到底思えなかった。
しかし、それでも不本意ながら花束を持って迎えに来てくれたので、ウルはそれだけで満足だった。
「ウルー」
ワンピースの裾を引っ張られたので、見下ろすと幼い顔の少女が不思議そうに花束を見上げていた。
「お花、きれー。いいなー」
舌足らずなその言葉に、ウルは口角を上げて、その場にしゃがみ込む。
「どうぞ」
花束から薔薇を一輪抜き出し、少女に差し出す。
「いいの?」
「うん、いいよ」
すると、戸惑い気味だった少女の顔が花開くように明るくなった。
「ありがとー!!!」
薔薇を受け取ると、少女はぴょこぴょことその場で跳ね、元気よくそれを掲げながらウルの横を通り過ぎた。
その可愛らしい姿を眺め、立ち上がろうとすると、目の前にはいつの間にか子供たちの列が出来ていた。
どうやらみんな、薔薇の花が目当てらしい。
苦笑いを浮かべたウルはまた一輪花束から抜き出す。
「はい、どうぞ」
「おい」
子供たちに一本一本手渡していると、背後からアシュの不服そうな声が落ちてくる。
「何故、他人に渡す」
「えー、別にいいじゃん。それに、他人じゃなくてわたしにとっては家族だよ」
同じ孤児院に住む子供たちは、血の繋がりがなくたって立派な家族だ。
今はウルが一番の年長者になってしまったが、昔はもう施設から離れていった血の繋がらない姉や兄たちに色々なことをしてもらった。
だから、ウルも下の兄妹たちを見ると、つい何かしてあげたくなってしまう。
子供たちの列もなくなり、すでに数輪しか残っていない花束を片手にウルは立ち上がる。
腕を組んでその様子を眺めていたアシュは、すっかり小さくなってしまった花束を凝視していた。
どうやらウルの行動はお気に召さなかったらしい。
ウルは気にせず、数輪しか残っていない花束を大事に抱きしめた。
「たとえ、大きな花束じゃなくたって、アシュから貰えるのならなんでも嬉しいよ」
素直な気持ちを言葉にすると、アシュは唇をきつく引き結び、ウルから視線を逸らす。
「..........もう、行くぞ」
「うん!」
くるりと大きな背中を向けて、大股で先へ行くアシュにウルは置いていかれないように小さな歩幅でぴょこぴょことついていく。
こうして、傍から見れば恋人には見えない二人のデートが、ようやく始まった。
・
簡単な食事を終えると、ウルはアシュとともに目的もなく城下町を歩いていた。
アシュと恋人になってから何回もデートを重ねているが、このような場面で手を繋いだことなんて一度もない。
ウルが前を歩き、アシュがその後ろをついてくる。
魔王討伐の旅の間、アシュはずっとウルの護衛だった。
だからこの距離は、あの頃から何も変わっていなくて、本当に恋人同士なのかと、アシュに問いただしたくなる。
魔王が討伐されてから半年が過ぎようとしている城下町は、活気に満ちていた。
広い大通りに多くの人が行き交い、露店の店主が大声で客を呼び込む声が聞こえてくる。
子供達が元気よく走り去っていく姿をウルは微笑ましく見つめていた。
「おわっ!?」
おかげで足元がおろそかになり、段差を踏み外してしまう。
地面に叩きつけられると覚悟し、目を瞑る。
しかし、強い力で引っ張られ、温かな腕に包まれた。
耳元で舌打ちする音が聞こえたので顔を上げると、険しく細められた真紅の瞳と目が合った。
「ご、ごめんなさい...」
危うく転びそうになったところを持ち上げられたウルが小さく足をばたつかせると、アシュは足元を注意深く観察した後にゆっくりと地面に下ろした。
小柄とはいえウルを軽々と持ち上げるとはさすがである。
魔王討伐時代もよくこんな風にアシュに持ち上げられたことを思い出して、ウルの口角が上がる。
そんなウルを、アシュが怪訝な表情で見下ろす。
「...なんだ」
「ううん、アシュ、変わらないなーって」
「それはお前もだろう」
「えー、そんなことないよ」
苛立ちの声を上げるアシュをよそにウルはまた歩き出す。
アシュがまだ何か言いたそうな顔でついてきた。
「前を見て歩け。次はない」
「でも、それだとアシュの顔が見えないよ」
「見えんでいい」
討伐時代と変わらない軽口を叩きながら歩いていると、やっぱり恋人同士という感じではないよなあ、とウルは改めて今の関係を不思議に思った。
そこから少し歩くと、高級店が立ち並ぶ通りが見えてきた。
この通りは煌びやかで見るのは楽しいのだが、ウルには敷居が高すぎるため店に入ったことは一度もない。
今日も素通りするつもりで、アシュの言いつけ通り前だけを見て歩く。
「おい」
すると、不機嫌そうな声に呼び止められ、振り向くと後ろを歩いていたはずのアシュがある店の前で立ち止まっていた。
駆け寄って戻ると、そこは宝石店だった。
磨き上げられた飾り窓の向こうには、色とりどりの宝石が並んでおり、その美しさに、ウルは思わず息を呑む。
「欲しいものを買ってやろう」
「えっ!?」
「どれでもいい。好きにしろ」
ぶっきらぼうに言い放つアシュに、ウルは開いた口が塞がらなかった。
そういえば以前のデートでもアシュはやたらとウルに何かを買い与えようとしていた。
その度にいらないと突っぱねているはずなのに、まったくアシュに響いていないことにウルはため息をつきたくなる。
「いらない」
「なっ...!?」
今回も答えは同じなので、宝石から顔を背け、ウルは困惑気味に声を上げるアシュを無視して歩き出す。
「何故、拒否する。どれでもいいと言っただろ」
「いらないったら、いらない!!」
「遠慮するな。金ならある」
「もぉぉーーー、そういう問題じゃない!!」
毎回同じ押し問答にうんざりしてきたウルは立ち止まり、思わず声を荒げる。
振り向くと、アシュは眉を寄せたまま、理解できないものを見るようにウルを見ていた。
「わたしは、別に宝石や、高価なものが欲しくてアシュの恋人になったわけじゃないの!!」
侯爵家の子息であるアシュがお金に不自由していないことはわかるが、そんなのウルにはどうでもよかった。
それなのに毎度高価なものを買い与えられそうになり、まるで金目当てでアシュと恋人になったと思われているのならウルとしては大変不服だ。
威嚇するように睨み上げると、言葉を詰まらせたアシュが顔を顰める。
「だ、だが...」
まだ納得しないのか口をもごもごさせ、何か言っている。
聞く耳を持ち合わせていないウルは高級店通りを歩き抜ける。
通りを抜けると、今度は小さな露店が転々と並ぶ細い道へと入った。
そこであるものに目が留まったウルは一つの露店の前で立ち止まる。
無愛想な顔でついてきていたアシュが後ろから覗き見る。
「...どうしても贈り物がしたいなら、わたし、これがいいな」
露店にはたくさんのアクセサリー類が並んでおり、その中でウルはガラス細工が施された小さなピアスを指差した。
アシュが眉間に皺を寄せる。
「そんな粗悪なものでいいのか」
「いいの!!だって...」
振り向いたウルの左耳の赤いピアスが光る。
「ピアスだったらアシュとお揃いにできるでしょ?」
真紅の瞳を見開かせたアシュの右耳には対になる青色のピアスが光っている。
お互いの耳には、討伐時代に護衛とその対象だった証ともいえるピアスが、今も残っていた。
この対のピアスでももちろんいいのだが、どうせなら恋人になった証しとしてお揃いのものを身に着けたい。
でも高級品だとウルには少し重たすぎる。
だから、露店で売ってるピアスで十分だった。
お揃いで身につける姿を想像してにこにこと微笑むウルに反し、アシュはピアスを見つめたまま、動かなかった。
珍しく反論しないアシュは自身の右耳のピアスに触れる。
そして、暫くその場で考え込んだ後、ウルが指差したピアスを購入し、ぶっきらぼうに手渡してきた。
ウルは一つだけ受け取ると、左耳につけていた赤色のピアスを外し、新しく贈られたものを付ける。
残った一つをアシュに差し出し、ウルは自分の右耳を指差した。
硬い面持ちのまま青色のピアスを外したアシュがお揃いのものを身に着ける。
嬉しさを抑えきれず、その場でウルが小さく跳ねる。
アシュは黙ってウルを見つめていた。
「......何?」
「別に」
そう言って顔を背けたアシュは、なぜかまた右耳のピアスに触れたのであった。




